残影山吹 4
「どうした。不味いか、賞味期限は切れていないはずだが」
コバルトが顔色を変えた。
「ごめん、不味くない。姐を思い出したの」
「姐」
「死に際をね。夜桜の綺麗な夜でね、桜が亡霊のように姐を連れ去ったみたいで」
「亡霊か」
「そう。そう見えた。亡霊が伸ばした手を握り返したのかも知れない。誰が落としたか知らないけど」
「一緒に出撃しなかったのか」
「命令は出されなかった。滑走路から見送って終わり」
「それは分かる。大好きだった人が死んだ出撃に俺は飛べなかった。見送って戦士したって聞いて泣いた。あの人が死ぬなんて思ってもいなくて、」
ぽつぽつ話して、はっと気付いたように顔を上げる。
敵に何を話しているのだろうという顔。
少し顔を見合わせて、ふっと笑む。
「故人の話なんかしないのにな。いつも自分の中だけで反芻して。あの時どうしたらよかったか、どう守ればよかったか」
「それは同じ。敵も同じなのね」
「人だからな。敵といえど。姐も兄も、身内が死ぬようなものだろう。突然ぽつ、といなくなったら。何の前振りもなしに、ずっと一緒だと思っていたのに」
コバルトは毛布を握った。
天蓋を透過する月光が操縦席をぼんやりと浮かび上がらせる。
計器の類が見えた。
「死別、その覚悟はあっても、辛いよ」
「妹たちがどうなるか、不安ね。独り立ちできても、まだ未熟で」
ヤマブキの妹パイロットはコスモス。
それを残して死ぬのは辛い。
まだ教えることは山程あっても、教える時間は少ない。
姐は実戦では教えてくれなかったが、手記のページが真っ黒になるほど飛行術を書いてくれた。
おかげで今、チフル基地のエースだ。
姐のように教えようか。
ヤマブキは悩んだ末、1つ1つを綿密に教え込む。
そのほうが実戦で使えると信じて。
「コバルトに弟はいるの」
「いないよ。俺が落ちた時に悲しまれても仕方ないし。ヤマブキにはいるんだろう」
「まあ。ぽいっと渡されたような感じ。渡されたとき、まだ姐のもとにいたから。私もその子もびっくりよ」
「一緒にいて長いのか」
「うん。まあまあ」
「大事にしてやれ。死ぬまでな」
嫌ね。
短く返答した。
漣が聞こえて、また機体が揺れる。
暫く黙った後に口を開く。
「パイロットはみんな落ちるのよね?」
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