残影山吹 3

「何、チフルにスパイでもいるわけ?」

「さあ。俺は知らないけど。でも散華って凄い言葉だよな。戦死って意味に、女を華って形容して2つの意味で使ってるんだから」

「確かに」

「君たち絶対戦死するから、言い得て妙だ」


 自分はライチ基地について何も知らないのに。

 この男は妙にチフル基地について知っている。

 昔、会議と言ってこちらへ来た人達がいたが、それか。


「チフルでも兄弟筋があるそうだな」

「ライチにもあるの。そういうの」

「あるよ」

「兄はいるの?」

「いるよ」

「誰?」

「それは秘密。ただ、まだ生きてる」


 聞けば案外するすると教えてくれる。

 こちらの手の内を知っているんだ、隠しても無駄だろう。


「ヤマブキの姐は」

「死んだ。パッと。パッとなのか不明だけど」

「どうして」

「死期を悟っていたもの。どういう了見か」

「そうか」

「いずれ私も死ぬんだろうね。年季明けしないで」

「年季、な」

「あと何年だろうね。この間、上層部のゴミ共に年季が変更になったって言われたよ」

「うちのバルキリーたちもそうだな」

「そうなんだ。コバルトはどうなの」

「うーん。俺たち男どもは年季ないから。身体の限界まで」


 限界まで。

 うちの基地と同じ。

 散華には年季があれど、男性搭乗員にはない。

 散華は30歳ほどで皆落ちるが、男性搭乗員は人によって40歳を越えても乗っている。


「大体は40歳のあたりで降りる。俺もそうだろう」

「年季がないのも嫌なものね。そもそも年季明けなんてしないのに。姐たちはみんな死んでしまって」

「君たちは死ぬから仕方ないね」

「私もそろそろか」


 脚を伸ばす。


「嫌ね。敵なのに喋っちゃった。忘れて」

「忘れるも何も、知ってるから」

「ほんと、スパイでもいたのかね。酷いな」


 コバルトが首を傾げた。

 何の意味かは分からない。

 機体が揺れるり


「はい」


 コバルトが小さな紙袋を渡してくる。


「何これ」

「砂糖菓子。腹減ってるかなって。毒は入ってない」


 袋を開けると小さな色とりどりの砂糖菓子。

 1つ食べる。

 あ、懐かしい。


「懐かしい。これ知ってる。姐さんに買ってもらったことある。これ何て言うの」

「確か、金平糖」

「コンペイトウ。可愛い名前ね」


 甘い。

 その甘さが懐かしくて涙が滲んだ。

 桜の下で微笑む姐の姿がフラッシュバックする。

 そして出撃前の顔―――。


 あの場面はいつまで経っても痛い。


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