残影山吹 2

 基地に戻ったらサトウに直してもらおう。

 凹みならすぐに直るはずだ。 


 またうとうとしていると、コンコンと天蓋が鳴る。

 何だと目をやるとそこに男がいる。


「お前寒くないのか。その薄着で」


 機体の中でも吐く息は白くなっている。

 だいぶ冷えてきた。

 寒さでうとうとしていたんだ、これでは凍死する。


「こっち来いよ。ここよりは幾分広いだろうし、温かいから」

「敵なのに?ナイフでざっくり刺されるって警戒しないのか」

「機銃では殺せるだろうが、ナイフでは殺せないだろう。そんな顔してる。直接手に他人の血が付くのは嫌だろう」


 ご尤も。

 ナイフでは殺せない。

 機銃ならいくらでも殺せるのに。


「このクソ寒いのに敵も味方もないだろ。助かりたくないのか」

「死んでもいいけどね。でも、凍死は嫌かな」


 肚を括る。

 凍死か、敵と救助を待つか。

 立って天蓋を開けると冷たい風が肺を刺した。風が目にあたって涙が出る。

 機体の上に出ると、自機と敵機がロープで繋がっている。


「あんたいつの間に」

「さっき。すぐ流されて面倒だから」


 男の機体に乗ると、自機よりずっと暖かい。

 2人乗りで広い。


「何でこんなに暖かいの」

「この機体は冬季に作られたもので、不時着したときに冷えないよう断熱材が埋め込まれているんだよ。作られた当初、不具合で落ちやすかったらしいから」


 へえ、と壁を撫でる。

 男が座席を畳んで前へ押しやる。

 機体の後ろのほうに広いスペース。


「広いし暖かい。いいね、この機体」

「ボロだがな。夏はクソ暑い」


 丸められた毛布を広げた。

 1枚ヤマブキへ渡す。

 何でそんなのあるの、問うと、不測の事態に備えてと毛布を羽織ってヤマブキの隣に座る。

 不思議と殺意も何も感じない。

 ヤマブキも毛布を羽織る。


「なんていうのは嘘で、時々ここで昼寝するのに常備してる」


 飛行服の襟元を緩めると、銀色の鎖が見えた。

 認識票だ。


「名前は」

「ああ。コバルト。ライチ基地の」

「そう。私はチフルのヤマブキ」

「チフルか。さっき交戦したのは」


 納得したように頷く。

 膝を抱えて、顎を乗せた。


「呉越同舟って知ってるか」

「なにそれ」

「海の向こうの国の言葉だ。敵同士でも危機的状況下では同じ船に乗るって意味」

「へえ、初耳。物知りだね」

「ライチにはいろんな本があるからな。そこで見たんだ」


 ライチ基地はチフル基地より物の揃えがいいのか。

 確かに最新鋭機はライチ基地のほうが先だ。

 ずるい。


「ヤマブキは、あの機体に乗るってことなら、やっぱり選ばれたパイロットなのか」

「まあ」

「それって、散華って言うんだろ。俺たちの基地ではバルキリーっていう編隊があるんだ。同じようなものなんだろうな」

「何で知ってるの」

「向こうでは普通に知ってるよ。みんな」


 情報に偏りがある。

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