残影山吹

 数年前、姐は死期を悟っていた、そしてその出撃で散った。

 虚ろに過ごす日々はどんなに辛かったろう。

 最期に操縦席で手を振った姐はもう死んでいたのだろう。

 排気炎を見て泣いた、桜の花弁だけが弔うように光っていた。






 季節は冬。

 本来冬には出撃命令はない。

 しかし異例の出撃命令で空に飛び立ったのはいいが、帰還する燃料を使い果たした。

 ヤマブキは海に不時着する。

 基地へ救助要請したが、他にも何機か不時着したようでそちらを先に回収しているようだ。

 回収は、機体に穴が開いているものを優先しているそうで、ヤマブキには穴1つあいていない。

 ヤマブキの回収予定は明日の朝。


「あーあ。冬に出撃するもんじゃないねぇ」


 ただでさえ冷える機体を暖めるのにいつもより燃料を食う。

 夏のスタンスで飛んではいけない。


 操縦席でベルトを外して伸びる。

 まだ機内は暖かいが、そのうち底冷えするだろう。

 もっと厚着すればよかったなぁと後悔は先に役立たない。

 天蓋から空を見ると冬の星座が綺麗に見えている。

 北極星が遠くに。

 そのまま辺りを見渡す。

 暗い海、冷たい海水に機体が浮かぶ。

 波で上下に揺れては流される。


 この海に何人散った、何人散らせただろうか。

 この空戦がいつから始まったのか、ほとんど教わっていないから分からない。

 特に何もすることがなく、目を閉じて波に揺られる。

 いつ入るか分からない無線は点けっぱなし。

 聞こえるのは漣。

 シミュレータでもよく聞いていた。


 海に落ちたら鱶の心配がある、でも今は機体の中。

 安心して睡魔に捕まってゆっくり眠る。




 眠ってどれくらいも経っていない。

 ゴツン、と何かが機体に当たった。

 左後方。

 何だと飛び起きてそちらを見ると、戦闘機がいた。

 はあ、素っ頓狂な声を上げてヤマブキの眠気は消し飛んだ。

 ちょっと私の愛機凹むじゃん、そんな心配。


 ぶつかってきた戦闘機はどこからどう見ても敵機。

 向こうも天蓋の中で驚いた顔をしている。

 そして溜息。

 溜息はこっちのものじゃん、ヤマブキも溜息を吐く。

 やがて無線に入ってくる声。


『なんだ、あんたも燃料切れか』


 あんたも、ということはこいつもか。

 いつもなら哀れだなと思うばかりだが、こちらも切らしているため何も言えない。


「そうだけど。機体凹ませないで。迷惑」

『俺だって当てたくて当てたわけじゃない。流されたんだ仕方ないだろ』

「ああ、そう。なら仕方ない」


 ヤマブキは席に座りなおす。

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