夜桜散華 14

 雲量、0。

 視界、良好。

 上限の月は三日月よりも少し太っている。

 計器は全て正常値。

 方向舵、上昇舵、その他問題なし。

 どこに細工したのか分からない。

 飛行するのは7機。

 全て戦闘機で、散華はサクラだけ。

 他の機体の飛び立つ風で桜が揺れては花弁を飛ばす。

 ゆっくりと加速する。

 もう後戻りはできない。

 機体を空へ、振り向かずに上空へ。

 特に考えることはない、手記はヤマブキにやった。

 飛行術と撃墜数しか書いてない手記に、姐の考えは書かなかった。

 姐の考えは海の底、鱶の肚の中まで持っていく。


 遠くの空でキラッと光る、月明かりを反射した敵機。

 スロットルを押し込んで加速。

 機銃を撃つ。

 向こうは10機、飛ぶ様子を見る限り、半分は手練れ。

 面倒だ。

 動きの鈍いものから落とすと、桜の花弁のようにハラハラと機体の残骸が燃えながら落ちていく。 

 切っていない無線に入る無数の叫び。

 絶叫、指示、怒声、罵声。

 これを聞くのは嫌いではない。

 無数の周波数を変えれば聞こえなくなるが、このまま。


『フィクション、援護』


 聞き慣れないコードネームは向こうのもの。

 直後、直上から恐ろしい速度で突っ込んでくる敵機。

 翼端すれすれで躱しても風圧で機体が揺れる。

 機速を上げながらその機体を目で追う。

 誰だ。

 不思議な花が描かれている。

 乱暴な操縦をする。


 さらに真下、死角からまた戦闘機。

 花が描かれているも、それも認識できない。

 2機に周りを固められ、尚且つサクラの機体は劣速である。


 仕方ない。

 機首を真上へ、Gを考えず垂直に急上昇。

 高度を保つと右へ。

 月明かりのおかげでよく見える。

 ザ、ザッと無線にノイズ。


『堕ちろ』


 穏やかな声。

 ああ。


「落される気なんてない」

『そうか。残念だな。でも俺たちはお前を落とす。仇だよ』


 急降下、マイナスGが身体にかかる。

 場合によってはレッドアウトするだろう。

 気にしない。

 後ろから放たれる機銃の弾が海面で水飛沫を上げる。


「誰の仇。恨みを買うのは慣れてる」


 声の主がすぐ後ろにいる。

 何とか逃げるが、向こうの機体は最新鋭機。

 早い。


『お前が落としたのは、お前の姐だよ』


 え。

 一瞬の迷いを突いて弾丸が機体に撃ち込まれる。

 胴体も容赦なく。


 姐。


 射出しようも、操縦席の中まで撃ってくる。

 胸に弾を受けた。

 血を吐く。

 焼ける、痛い。

 海面に突っ込む寸前に思う。


 落としたあの梅の機体は、姐によく似た動きをしていた。

 それと、



 海面に激突。

 血を嗅ぎつけた鱶が、集まってきた。

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