夜桜散華 13

 不安気に俯き加減なリンドウ。

 この子も、姐の考えの通りになってしまうかも知れない。


 それでも。


「分かった。上官と取り合ってみるね」


 エースであるサクラには上官に散華編成について物申す特権がある。

 今まで使って来なかったから、これくらい聞いてくれるだろう。


「リンドウは戦闘機乗りになるのかな」


 まだ年齢的にシミュレータか教官との訓練機乗りだろう。

 まだ何に乗るか決めていないはずだ。

 サクラが手を差し出すと、その手にモールス信号を打つ。


「戦闘機だけ、か。私と一緒ね」


 わずかにリンドウが笑む。

 リンドウの教官らしき男がリンドウを呼んだ。

 訓練の時間だろう。

 サクラは立ち上がってリンドウとその教官のもとへ歩む。

 教官が敬礼するも、サクラはしなくていいと合図する。

 敬礼されるのは好きじゃない。


「この子、散華にしてやってください。喋れないけどモールスは誰よりも早く的確。私の姉妹筋にいれたら化けます。どうか」


 頭を下げると教官が血相を変える。

 教官よりも高い階級、なおかつ散華のエースであるサクラが頭を下げるのはとんでもないこと。

 リンドウを散華にすると教官が言った。


「よかったね。しっかり学んで散華になって。年季明けようね」


 教官の後を追うリンドウを見送る。

 年季明けなんて嘘だろうに、姐のように振る舞う。


「姐さんありがとう」


 ヤマブキがサクラの手を握る。

 ぎょっとしたが気付かないふりをして上下に振ったヤマブキ。

 サクラの手が凍ったように冷たい。





 暖機済みの戦闘機が並ぶ滑走路の隣の、格納庫の朧な光で浮き上がる夜桜。

 花吹雪、もう明日にはきっとほとんどの花弁はなくなっている。

 あまり乗り気でない妹を連れて見に来た。

 ぼうっと浮かび上がって亡霊のよう。

 死んだ搭乗員たちがそこにいるよう。

 ヤマブキは不気味に思えて、同時にその亡霊に姐が連れて行かれる気がしてならない。

 サクラは出撃前で、薄桃色のラインが入った飛行服を着ている。

 風が吹く度に散る桜、頬を撫でる。

 亡霊が伸ばす手のよう。


「フジ姐さんやテツが、夜桜が好きだと言っていた…悪くないね」


 飛行服についた桜の花弁を、ふう、と吹いて飛ばした。

 そろそろ乗り込む時間だろう。


 乗ったら最期だ。

 昼間にサトウが機体をいじっていた。

 いつもなら整備が終わると必ず報告に来ていたが、今日はその報告がなかった。

 どこをいじっていたのだろう。

 分からないが、分かるのはこれから愛機という名の棺桶に乗ること。

 サクラさん、声がかかった。


 操縦席に座り、天蓋を閉め、ベルトを締め。

 離陸許可を取ってゆっくり機体を動かして滑走位置へ。

 妙に落ち着いている。

 死にに行くのに。

 風防の向こう、ヤマブキとリンドウがこちらを見ている。

 小さく手を振ると、向こうも手を振る。


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