夜桜散華 11

 遅咲きの桜が三分咲きを迎えた。

 サクラの様子がおかしい、とよく言われるようになった。

 上官や上層部がいつも目の届くところにいて、それはサクラが何かに勘付いたようだから監視しようという事だと分かる。

 別に反乱を起こそうとも、この島から脱走しようとも思わない。

 あるのは、あとどれだけ空を飛べるかということだけ。

 どんな細工をされて、誰に落とされるか。

 指先の火傷はもう治っている。

 なのに時々引き攣るように痛みが走っては、神経を苛む。

 灰になった手記はもう未練もないのに、指先は残る。

 機銃を撃つ指示をする指は、何人殺しただろう。


「サクラ姐さん」


 格納庫でヤマブキがサクラを呼び止める。


「どうしたの」


 背の高いヤマブキを見上げると、顔は硬い。


「姐さんやっぱり変だよ」

「ちょっと体調がね…。大丈夫だから気にしないで」


 眠れていないのは一目瞭然、頬筋をうまく使えない。


「今日の飛行、わたしが飛ぼうか。そんなんじゃ会戦前に落ちちゃう」

「いいよ。飛べるから」

「でも」

「空のほうが頭が冴えるから、ね」


 耐Gスーツ仕様の飛行服、滑走路脇に待機している愛機。

 まだ出撃命令の時間ではないが、サクラは愛機の操縦席に入る。

 だらりと背もたれに背をやり、空を眺める。

 まだ天蓋は開けたまま。

 操縦席から桜を見ると、薄紅の花弁がきらきらと眩しい。


「サクラさん、この頃元気がありませんが、どうかしましたか」


 しわがれた声、これはサトウだ。

 しばらく見ていなかった気がする。

 以前は大好きなサトウだったが、あの日記からは―――。

 この年寄りが、機体に細工をして散華を殺している?


「サトウのじいちゃん。機体に細工したって本当?」


 サトウは嘘を付けない。

 顔が歪んだ。

 苦しげに俯いた顔は、罪悪感に苛まれ続けたのだろう。

 シワが深い。


「どこでそれを」


 聞き取れないほどか細い。

 否定しなかった、それは細工をしていた証。


「スイレン姐さんの手帳に。…あの人、退廃思想を持っていたみたい」


 大好きだった姐はもういない。

 どうして生きている間に教えてくれなかった。

 サクラは機体を降りて、サトウの正面に立った。

 腰の曲がった老人が震えている。


「何人殺したの」

「…分かりません。ただ、上官命令に従ったまでです」


 それきり閉口する。


「私の機体にも細工するの」


 サトウが首を縦に振って、この場から離れる。

 その背中の小さいこと。


 周りとの亀裂に塞ぎ込んだ。

 それでも出撃命令は出る。

 滑走路に出るたび横目に桜、日に日に満開に近付く。

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