夜桜散華 10

 手帳を拾い上げると、下にもう1冊手帳が。

 姐のもの、姐の手記。

 表紙が開いている。


 飛べるよ、何を知っても。飛ぶ義務があるから。


 テツが言っていたから。

 手帳を拾い上げて中身を読む。

 久しく見る、大好きな姐の文字。

 戦争、空子、散華、この国と、海の向こうの国。

 つらつらと綴られる文字。



 ―――姐は仕組まれて死んだ。

 散華は年季明けすることはない。

 菖蒲機を落としたとき、機体には異常があった。

 菖蒲機の鬼才な腕の搭乗員がそれに気付かないわけがない。



 ―――過去の散華を見ると、30歳近くになった珠玉搭乗員は必ず死ぬ。

 姐も、その姐も、そのその姐も。

 上手くなれば、殺されるように仕組まれているようだ。



 ―――向こうの基地と、こちらの基地で強さの均衡を保つように、珠玉搭乗員たちが間引きされている。

 上層部の話を聞いてしまった。

 道理でエースが定期的に死ぬんだ。



 ―――空子と呼ばれる私たちは、ここで死ぬ。

 死んでも死んでもどこからか補充される。

 どこから来ているのだろうか?

 きっとあの海の向こうの国だろう。

 向こうの国で間引かれて、ここで戦争を強いられて死ぬ。

 どうして間引かれる?



 ―――もっと知りたい。

 でもきっとすぐに私の順番が来る。

 きっと機体に細工されるだろう。



 ―――死にたくない。

 そうは思わない、墜ちる覚悟は出来ている。

 サトウに殺されるのか。



 ―――恨み辛みの連鎖から、どうか妹たちを開放してほしい。

 私が墜ちる姿を見てほしくない。

 今日、サクラの機体を撃った。

 ごめんね。

 それと、私を撃ったパイロットを撃たないで。



 モクレンの弔い合戦で被弾している。

 撃ち込まれた弾丸は、姐のもの。

 サトウが細工をする?

 均衡のために間引き?


 血が引ける。


 嘘だよ、これは。


 これは姐の憶測、でも今までの基地の歴史を見るとそれらは当てはまる。

 読んでしまった今、飛べるか?



 飛べるわ。


 自問自答して即答する。

 短く溜息を吐いて、姐の柔らかな笑みを思い出した。

 サクラ、そう呼ぶあの声。

 久しく姐の声を忘れていた。


「スイレン姐さん」


 手帳を閉じて、ぎゅっと抱きしめた。

 姐もきっと思い悩んでいたんだろう。

 何も悟らせず、出撃して私を育てて。

 姐の偉大さを知る。


 最後のページに読んだら燃やせの走り書き。

 食堂でグラスに酒をもらう。

 基地の裏にある焼却炉へ。

 酒を染み込ませて、燃え盛る焔の中へと放った。


「姐さん、どうして私を撃ったの。恨み辛みの連鎖って何なの」


 見せたくないから、だからといって味方を撃つのは違反。

 始末書、3日の収監ののち散華から雑魚へ降格。

 散華に選抜されなかったものを雑魚と呼ぶこの基地で、散華から降格するのは恥辱以外の何物でもない。


 焼却炉の扉を閉めるとき、天板に触れてしまった、

 熱さを通り越して冷たさを感じて、火傷する。

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