夜桜散華 9

「汚い世界だよ、この世界は。どうする、手記にこの言葉があったら」

「どうって、分からない」

「肯定すればいい。そうだねって。汚いんだから。とても、とても」

「どこが汚いの」

「調べるといい。教本以外で」


 残葩の花弁をまた1つもいだ。

 わずかな音が、まるで首を絞めるように息を詰まらせる。


「君は素直だから」

「何が汚いの、チフルのどこが、」

「基地の問題じゃないよ」


 テツが遮った。


「あの海の向こうの本国、そこが諸悪の根源」


 コーヒーを飲み干して、テーブルの上に代金を置いた。

 2人ぶんの金額。


「ゆっくりしていくといい。俺はもう時間だから」


 また空で会おうね、テツが手を振った。

 リンゴジュースが甘くない。




 テツがライチ基地へ戻り、2日していつも通りの出撃。

 いつも通り飛行服を着て操縦席に座った。

 操縦桿を握る。

 加速、離陸、上昇、加速。


 やがて空に黒点が3つ、視界に捉えて速度を上げて射程圏内へ。

 敵機が機銃を撃つ、回避してロール。

 上昇、高度を上げて速度を保つ。

 追尾してくる敵機を急旋回して振り切る。


 ドン、と大きな音。

 味方の機体が爆発した。

 誰が落ちたか分からないが、翼に描かれたマークはチフル基地のもの。


 仕方ない。

 そういう世界だもの。


 サクラの機体の周りに2機。

 ぴったりとマークされ、あまりの鬱陶しさに辟易する。

 敵機の後ろをとって撃てば、火を噴いて失速、藻屑になる。


『帰還せよ』


 無線に入ってくる。

 ちらりと燃料計を見ると、まだ半分以上残っている。

 ケリをつけたいが、燃料が勿体ない。

 自機の機速のほうが有利だ、さてどうしよう。

 基地へ頭を向けて音速で振り切るか。


 機体を垂直に起こして速度を下げ、方向舵で翼端を軸に180度ターン。

 ロールを補助翼で打ち消して、体勢を整える。

 そしてスロットルを押し込んだ。

 バーナーが吹ける。

 音速の世界へ。

 敵機の追撃がはるか彼方へなったころ、巡航速度に下げて基地へ。

 滑走路の脇にヤマブキが見えた。


 緊急発進に等しい出撃命令で、控室に投げ捨てて行った手帳が開けて中身が開けっ広げだ。

 幸い誰もいない、読まれて困ることもないが。


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