夜桜散華 5

 肌寒くなり、サクラは起き上がる。

 同時に誰かが格納庫に入ってきた。

 サトウのじいちゃん、声が出そうになったのを堪える。

 歩き方がサトウではない、誰か他のもの。

 上官だと面倒だから姿勢を低くして操縦席に滑り込んで息を殺す。


「ファイターか」


 ファイター。

 どこかで聞いたことあるが、記憶に靄がかかって出てこない。

 それに普段聞かない声、この基地の人間の声はみんな知っていて聞き分けができる。

 知らない声、これはライチ基地の人間、何故ここにいる。


「ライチ基地の人、ですよね」


 サクラは操縦席の中で立ち上がる。

 こちらを振り向いた男は少し驚いた顔をしている。

 まさか戦闘機に乗っているとは思わなかっただろう。


「ああ。そうだ」

「何故ここへ。敵にやすやす機を見せるほど仲良しだとは思いませんが」

「そうだな。それは失礼。別に敵情視察とかそういうものではないんだ」

「だったら何故」

「好奇心」


 男から全く敵意や殺意は感じない。

 静かに並ぶ飛行機たちを、ただ見つめるだけ。


「エースの機体を見たかった。君だろう」

「いずれ私を落とすから見たかったの?」

「うーん、俺はカバーだから。直接は落とさないよ」

「あなたが落とさなくても誰かが落としに来るんでしょう」

「だろうね」


 あっさりと肯定されてサクラは次の言葉を迷う。

 男は腕を組んで、機体の胴体に描かれた花を眺める。


「綺麗に描くんだな、ここの整備員は。向こうで山吹や鈴蘭を見てきたが」

「ライチでも描くでしょう」

「描くけど、ここまで綺麗ではないよ。剥げても描き直ししないから」


 苦笑いする。

 サクラは男を警戒しつつ、隠し持つ刃物の場所を確認して操縦席から出る。


「俺はライチ基地のテツ。名前は」

「サクラ」

「やはり、絵と同じか」

「そうね。あなたの機体にも何か花が?」

「描かれてるよ」


 翼から降りるとテツが、あ、と声を上げた。


「小さいな」

「悪いの」

「いや、戦闘機に乗るなら小さいほうが有利だと本で読んでな。道理でエースなわけだ」


 テツは長身で、長い髪を1つに束ねている。

 自分よりずっと背が高い。

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