夜桜散華
―――綺麗に咲いた睡蓮を見て、姐は散った。
姐の手記は何故だが私のもとにきた、でも読めてない。
もし姐の吐露したもので、自分の考えが変わってしまったら。
季節は飛行場の端っこに植えられた遅咲きの桜の枝先が淡桃になろうかという頃。
「サトウのじいちゃんお願い、もう少しだけ、もうちょっとでいいから、あと100グラムだけ、できれば120グラムだけお願い」
格納庫でサクラはサトウを拝み倒していた。
「燃料を減らすか、サクラさんが減量なさったらどうです」
「これ以上減量したら散華から外されちゃう。医務官が煩くって」
「弾を減らすか、飛行服を変えるか」
「弾は減らせないし、服はこれが1番軽いの」
サトウは苦笑して、唸る。
目の前にいるのはこの基地の精鋭部隊・散華の珠玉搭乗員。
それに孫のようなサクラの頼みだ、聞けないわけがない。
サトウは折れた。
「少し鉄板を削りましょうか。100グラムまでは軽くしてみせますよ」
「ありがとう!」
「全く、負けましたよ」
サトウの手が戦闘機に触れる。
数日前に新しく支給された戦闘機で、まだ桜の絵も描かれていない。
最新鋭機だ。
サクラの元々の機体は先月大破した。
朝焼けの空で、梅の花が描かれた戦闘機を落とした。
落ちるのを見ていたら、火を吹く機体が海面の直上で機首を持ち上げ機銃を撃ってきた。
機体後方に中たり、方向舵や昇降舵が壊れた。
基地までなんとか帰還できたが、着陸はできなかった。
長年乗り込んだ愛機から緊急脱出してサクラは擦り傷で済んだ。
愛機は鉄塊となって飛行場の隅に墜ちた。
新しく支給された戦闘機にテスト飛行で乗り込んだサクラは、着陸早々にサトウに文句を言う。
重すぎる、と。
そこからとにかく削って軽くしたが、まだ重いと文句ばかり。
「ごめんね、サトウのじいちゃん。ここ何日か全然寝れてないでしょう」
「お陰様でな。まあ、散華のエースに言われたらやるしかないよ」
「じいちゃんの腕がいいからあれこれ言っちゃうんだよね。あと、桜の花描いてね」
「はいはい」
腰の曲がったサトウは、姐が生きていたころよりもシワが増えた。
サトウは工具を一式取り出して、戦闘機をいじる。
昔、戦闘機に乗っていたサトウだ、きっとうまく調整してくれる。
サクラはサトウの邪魔をしないように格納庫を出た。
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