鬼籍睡蓮 7

 日がとっぷり暮れて基地で夕食を取る頃にはもう、サクラの顔色は戻っていた。

 サトウが青ざめたサクラを心底心配していたらしく、機体の具合を見に来たサクラに飴玉を私ていた。

 孫のように可愛がっている。


「スイレンさんの機体には、弾と潤滑油入れておきましたよ。補助翼のほうに」

「ありがとう」


 サクラの機体の様子を聞くと、当面飛べないようだ。

 身体の小さなサクラに特注で作ってやった機体だ、身体に合わないと飛行時に支障が出る。

 しばらく空をお預けになったサクラは、裏山で植物観察をして、シミュレータ訓練に勤しむ。




 睡蓮が枯れた。

 サクラの機体はまだ修理から戻らない。

 その間、スイレンは何度か出撃しては敵機を迎撃、撃墜し、反吐の出る生活を送る。

 また手記を綴っては、昔を振り返る。


 自分の年齢はもう30を超えている、年季明けは33。

 あと3年は確実に戦闘機に乗る義務がある。

 いつ墜落するか、それは分からずともそろそろか。

 散華が撃墜される年齢は、大体30のあたりだ。


 仕組まれて、墜ちる。

 それに気付いている。



「ご武運を、」


 整備士のサトウが頭を下げた。

 スイレンは手を振る。

 朝靄が視界を僅かに妨げる晩夏、スイレンは飛んだ。

 空の視界は良好、機体も悪くない。

 昨晩、出撃命令が下され、何か嫌な違和にスイレンは肚を括った。

 40海里ほど飛んで、敵機と遭遇したときにその違和を知った。


 海に触れるぎりぎりの低空飛行、速度をどんどんあげる。

 後方にぴったりとくっついてくる敵機、梅が描かれている。

 照準を合わせられないようにこまめに方向を変えて上昇、操縦桿を倒す。


『フート、援護』


 敵機の無線が入った。

 援護、その言葉にスイレンは舌打ちをする。

 右の上空から増槽を落下、急降下してくる機体が見えた。

 これがフートか。

 機体を捻り込みながら機銃を撃つ、見事な技に敵ながら称賛した。

 梅の戦闘機から逃れ、フートから逃れ。


 計測器を見て絶句した。

 全ての計器が振り切って異常値、なのに警報器は鳴っていない。

 既定値まで下げなくては。

 さっきまで既定値だったのにどうして。


 違う。

 最初から異常値だったんだ、それを計測器だけは正常値に見せかけていて。

 あの整備士ならできる、確実に。


 機体が爆発する。

 2機の敵機の、どちらかの弾が燃料タンクを撃ち抜いたらしい。

 脱出装置に手を伸ばそうも、変形した鉄板に腕を挟まれ動けない。

 スイレンは怖くなった。

 空と反比例して海が猛烈な速さで近付く。



 何も機能しなくなった鉄の塊が、業火とともに海へ自由落下する。

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