鬼籍睡蓮 2

 正直な話、戦争はあまり好きではない。

 敵といえど、生きている人間なのだから。

 時々、戦闘機に乗って敵を落とすと無線に叫びが入ってくる。

 断末魔のような。

 耳を塞ぎたくても手は操縦桿を握っているから塞げない。

 鼓膜を破ろうかとも思っているが、上層部がそれを許さない。

 黙って敵機を落とす、それしか生きる道はないんだと何度も言い聞かせられた。


 ―――お前らの使い道はこれしかない、空子は飛んでいろ、と。



 夜には雨が上がり、ちらほらと星が見えている。

 湿度がねっとりと肌に纏わりついては離れない。

 スイレンは部屋に閉じこもり、また外を眺めると数機の飛行機が離陸していく。

 戦闘機と爆撃機。

 緊急発進だろうか、かなりの速度で衝撃波が遅れてきた。


「明日は飛べるかな?」


 向かいのベッドの上で、身を乗り出して窓の外を眺めるサクラ。


「低気圧も前線もないし、飛べるんじゃないかな。晴れの予報よ」


 昼頃までのっぺりと島の周りに居座っていた低気圧は、高気圧に押されていなくなっている。


「ようやくシミュレータから開放だぁ」


 雨のせいで暫く飛行訓練はシミュレータだった。

 本物の戦闘機に乗りたいとサクラは駄々をこね、不満をあらわにしていた。


「散華は暫く待機ー、とか言わないよね。前はそう言って飛べなかったけど」

「さあ。散華が必要なら呼ぶんじゃないのかな。待機は嫌ね」

「スイレン姐さん、あと少しで年季明けでしょう?いいなぁ、年季明け」

「まだ散華になったばかりで何言ってるの。サクラにはあと15年残ってるわ」

「長いなぁ。スイレン姐さんは明けたらどうするの?」

「どうしようね。年季明けしたら、散華じゃなくてただの年増の空子だからね」

「散華制度って不思議だよね」


 優秀なパイロットのみで構成される、散華隊。

 年季という名の任期制度。

 その中でスイレンとサクラは空を飛んでいた。


「そういえば、スイレン姐さんが年季明けしたらあの戦闘機どうするの?」

「研究機なると思うよ。或は譲渡か」


 スイレンはベッドに寝転び、布団を手繰った。


「もう寝よう。少しでも寝ないと」

「うん。お休み、スイレン姐さん」


 サクラが灯りを消すと、音もなく外の薄い光が窓を透過した。

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