終章

 三人が屋敷でのお仕置きを終えた頃、屋敷のあるじが帰ってきた。


「おい! 戻ったぞ!」


 主は、戻ってきたことを執事に告げる。

 だが、執事は出迎えて来ない。

 今まで執事が出迎えて来なかった事はない。

 だが、特に用があるという訳でもない。

 真っ先にキッチンへ向かい冷蔵庫から缶ビールを取り出した。


 ビールを片手に大広間に向かうと、そこに執事の姿があった。

 その奥で、怯え泣いている三人の少女らの姿も目に入った。

 執事は隠しても無駄だと思い、主に少女らの話を報告した。


「旦那様、おかえりなさいませ。あの……旦那様にお伝えしたいことがありまして……」

「あの子たちの事か?」

「はい。左様でございます」


 主は取り敢えず、少女らが座るソファーまで行った。

 三人は、またお仕置きをされるのではと思い怯える。


 主は、その少女らの怯えている顔が濃くなると同時に、三人の顔に付いているドロッとしたものにも気がついた。


「この子の口に付いている物は何だ?」


 執事が何をしたか知りながら、あえて聞いた。

 だが、執事は「お仕置き」と答え、詳しくは語らない。


 主は困っている人や嫌われている人達にも優しい性格だった。

 ただ、弱い者や困っている者を痛ぶるような行動、言動には、はらわた煮えくり返ることもあり、よく問題を起こし警察にもお世話になっていた。


 周辺地域の人達からも恐れられ、いつしか居場所がなくなり、人があまり寄りつかない所に屋敷を構えて、ひっそりと暮らしていたのだった。


 執事とはいえ、我慢ならない主。

 どこの誰かも知らず、手を出した執事に怒りを覚えていた。


 主は敢えて何をしたかを知り、詳しく答えない執事に苛立ちを覚え、さらにキツく問いただし、テーブルを蹴り圧ををかけた。


「なぁー、この子達の口に付いているものは、何かって聞いたんだろ。俺の質問に答えてねえだろうが!!!」


 主の威圧に耐えられなくなった執事は、正直に話すことにした。


「申し訳ございません。この子たちが勝手に屋敷に入っていて、お仕置きのつもりでやってしまいました………」


 主は執事の話に理解ができず、さらに圧をかけた。


「勝手に屋敷に入ってきたら、こんな事が許されるとでも言うのか? 面白い話だねぇー!!!」

「——— 返すお言葉もございません。申し訳ございませんでした」


 怯えている少女らを落ち着かせるため、話をすることにした。


「キミ達はなんで屋敷に忍び込んだのかな? 教えてくれるかな?」

「———」


 しかし、少女らは怯えて何も話そうとしない。

 何も話してくれない少女らに、口を拭くためのティッシュとジュース、お菓子をあげた。


 執事に酷い事をされたサクラは、優しくしてくれた主に、少し心を許した。


 そして、主はまた聞くことにした。


「キミ達はなんで屋敷に忍び込んだのかな?どこの子なの?」

「おしっこが我慢できなかったからです……ごめんなさい……」


 ジュースを貰い落ち着いたサクラが、また怯えてしまった。


 また怯えてしまったサクラに、優しく頭を撫でて謝った。


「怯えないで。怖くないよ。執事が嫌なことしちゃって、ごめんね。もう大丈夫だよ」


 執事は恐れながら主に伝えた。


「あの……すいません……。その子たちの来た場所ですが……『エンジェルハウス』という所から来たみたいで……」

「エンジェルハウス!?」

「——— ご存知でしょうか?」


 主は心当たりがあった。



 主は職員に会ったことを告げる。


「屋敷に入る前に、帽子を深く被った男がいた。数人の少女を知っているか聞かれて、これを渡してきた」


 執事に男から渡された紙を渡した。


 その男から受け取った紙には『この子達を探しています。お心当たりの方はこちらまでご連絡ください』と書かれ、八人の写真が載せられていた。


「それと、『見かけたら連絡をください』って、言ってたっけ」

「それでは、すぐにでもここに連絡をしますか?」


 執事がそう言うと、主はさらに『エンジェルハウス』についての噂を話した。


「孤児院は親に預けられた子たちが、育てられている場所だ。だが、それは表向きの話。エンジェルハウスの職員はその子どもに対して、人として接していないと言われている」

「そのエンジェルハウスから逃げてきたってことでしょうか?」

「恐らくな。この三人は孤児院での生活が嫌になって、逃げていた時にトイレに行きたくなって、この屋敷に入ったんだろう。それを……」


 話し終えた主は、鬼の形相で執事を睨みつけた。

 執事は、蛇に睨まれた蛙のように、動けず血の気が引いていた。


 主は、少女らに聞いてみることにした。


「キミ達は、エンジェルハウスから来たんだよね? 戻りたいかな? そこに」


 三人の少女は大きく顔を横に振り「戻りたくない!!!」、「お家に帰りたい!!!」と言った。


 少女らの反応から、噂は噂ではないことを確信した。


 一口ビールを飲む。

 残酷だが、主は少女らに孤児院の真実を告げた。


「孤児院はね……親が居なかったり、親に捨てられた子達がいる所なんだよ。だから、家に帰りたくても帰れないんだ。お父さんやお母さんが、どこにいるか分からないよね?」


 三人は顔を見合わせて頷いた。


「それだと、お家に帰ることもできないし、お父さんやお母さんに会うことはできないよ」


 ユウナとアイリ人は下を向いて落ち込んだ。

 サクラは、主に「じゃあ、どうしたらいいの?」と聞いた。


 主は、三人の目を見た後、少女らに伝えた。


「——— ここで暮らしてもいいよ!」


 お仕置きをされた屋敷に住むことに、少女らは不安そうに顔を見せ躊躇った。


 そんな少女らを見て、もっと友達がいれば安心できるかもと思い、主は他の少女の居場所を聞くことにした。


「ここに載っている他の子たちも一緒に逃げたんだよね。他の子たちはどうしたのかな?」


 主が聞くとアイリとユウナは首を傾げ、サクラが逃げていた時のことを話してくれた。


「最初は一緒に逃げていたけど……途中でわたしがトイレに行きたくなって……。それで列から外れてここに来たの。だから、他の子が今どこで何をしているか分からない」


 主は呟いた。


「今さっき、職員がこの紙を渡したということは……。今もこの子たちを探しているかもなぁ……。もしかしたら、もう………捕まって連れ戻されているかも……しれないな………」


 そう、呟くと少女らは、不安で体を寄せ合った。


『ピーンポーン』


 ドアチャイムが鳴り、執事が確認した。


「旦那様、エンジェルハウスの職員です。如何なさいましょうか?」

「俺が出る。キミ達はソファーの後ろに、隠れてるんだ」


 そう言うと、主はエンジェルハウスの職員と話すことにした。


「どうかしました?」

「エンジェルハウスという孤児院の者なんですが、この子達を探しておりまして、見かけたりされていませんか?」


「ん? ああ、さっきも他の方が来ましたよ。それで、この紙も渡されましたけど」

「あっ、そうでしたか。職員全員で探しておりまして同じお宅に……失礼いたしました。その後、見かけたりはされていないですか?」


「残念ながら、家から出てないので見ていませんね」


 主は三人を匿うため嘘をついた。

 職員はそれ以上、疑うとこなく帰って行った。


 厄介払いを済ませた主は屋敷に戻り、三人に職員が帰ったことを伝えた。


 少女らはホッと安心して、ソファーに座り直した。


 執事が少女らにしたお仕置きのせいで、この屋敷で暮らすことが不安になっていると思った主は、少女らに提案をした。


「この執事を辞めさせる。だから皆で、ここに住んだらどうかな? 私が面倒を見るからさ」


 主は警察に言っても別の保護施設に、送るだけで何も変わらない。また、他の施設でも同じような扱いをされてしまう事を恐れ、必死に少女らを保護しようとした。


 すると、不安そうにサクラが口を開いた。


「本当に……助けてくれるの……?」

「もちろん! 約束する。他の子達も、すぐに私のお友達に助けに行かせるから。それで私を信用してくれないかな?」


 アイリとユウナは、また顔を見合わせた。


 だが、サクラだけは職員に引き渡さなかった事で、自分たちの味方だと思っていた。


 三人は小さく頷き、主の言うことを信じて助けてもらうことにした。



 約束通りすぐに執事をクビにした。


 執事も自身がしてしまった過ちに対して、言い返せる言葉がなかった。荷物をまとめて静かに出て行った。


 そして、執事を追い出した主は、お菓子を食べていた少女らに、お風呂に入ってくるように伝えた。


「疲れたでしょ。服も汚れてるし、お風呂に入って綺麗にしよか」


 サクラ達は主の優しい言葉に、少しニコッと微笑んで、主に連れられお風呂場へ向かった。


 そして、お風呂場を案内している間に、確認したい事を聞いた。


「そろそろ、名前を教えてもらってもいいかな?」

「サクラ」

「——— アイリ」

「——— ユウナ」


 徐々に慣れてきた三人は、素直に名前を教えた。


「そうか。サクラちゃん。アイリちゃん。ユウナちゃん。みんな良い名前だね!」


 褒めるられた三人は、初めて微笑みを見せた。


「皆は手ぶらで、ここまで来たの? 」

「——— リュックと水筒」

「リュックと水筒を持っていたんだね! そのリュックと水筒は向こうの広間にあるのかな?」

「——— うん」


 話の流れで核心を聞き出した。


「そのリュックと水筒って、エンジェルハウスで貰ったものかな?」

「——— うん」


 主は聞き終えて、お風呂場に着いた。


「分かった、ありがとう。服は皆が出るまでに綺麗にしておくから、ゆっくり浸かっておいでね」


 そう伝えた主は、大広間に戻った。

 そして、少女らの持ち物を確認する。

 リュックの中身を確認するが、タオルと着替えしかない。

 着替えをお風呂場に持って行き、主は何処かへと連絡をした。



 その頃、三人は大浴場で体を洗い終わり、湯船に浸かっていた。


 すると、ユウナが口を開いた。


「わたしたち本当に助かったのかな?」


 アイリも不安に駆られる。


「——— 分からないけど……」


 しかし、今までの孤児院では考えられないくらいの、主の優しい行動に少しだけ信用をしてみることにした。


「でも、良い人そうだし。他に行く所もないし。それに、みんな助けてくれるって……。信じるしかないよ」

「うん」

「そうだね」


 三人は、主を信じることにして、湯船から出ることにした。


 だが、大広間に向かうと主は、どこにもいなかった。



 ——— それから数時間後


 屋敷の外から爆音が鳴り響いた。

 恐る恐る三人は、ユウナとアイリが見つかった窓から庭を見た。


 カーテンをめくり、外を見ると目を突き刺すような明かりに、目がくらんだ。


 庭には、ものすごい数の車とバイクが止まり、続々と車からも人が降りてくる。

 

 その中に主の姿と、離れてしまっていた五人の姿もあった。


 ようやく地獄のような生活から逃れられた八人の少女らは、身を寄せ合いソファーをベットに、その日は仲良く寝た。


 この屋敷の主は、暴走族とヤクザを取り巻く、総長 兼 組長をしていた。ここから、八人の新しい生活がスタートしたのだった。


 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

孤児院からの生還 BB ミ・ラ・イ @bbmirai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ