第3話 傘は持たない
東屋のベンチに真也と麻衣は腰掛けて、子供達の遊ぶ姿を見ていた。
しばらくそうしていると、麻衣が口を開く。
「子供って可愛いですね」
その言葉に、真也は同意するように呟く。
「そうだね」
佳奈が亡くなってか らというもの、真也は毎日が虚無感に包まれていた。
日々のニュースは、どこか遠くの世界の出来事のように感じられ、自分が生きているのかすら分からない。
惰性で仕事をして、帰宅すれば寝るだけの生活。
もし、佳奈が生きていばどうだったろう。
玄関を開けて走り寄ってくる子供と、出迎えてくれる佳奈。
きっと、幸せな家庭になっていたに違いない。
そんな想像をする度に、真也は心が締め付けられるような思いがした。
「真也さんは、これからどうするんですか?」
麻衣の質問に、真也は少し考える。
そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。
真也に言った。
「佳奈を忘れることはできない。だから、せめて佳奈のことを思って生きるよ」
その声音は、どこか諦めを含んだものだった。
すると、麻衣は真也に詰め寄る。
そして、はっきりとした口調で言い放つ。
「いつまでも亡くなった人のことを想っていても、前に進めません。真也さんが逆の立場だったらどうですか? 悲しんだまま生きて欲しいですか? お姉ちゃんも、そんなことを望んでいないはずです」
真也は麻衣の剣幕に驚く。
佳奈の妹であり、真也は妹のように思っていた少女は、いつの間にか大人になっていた。
佳奈の死に責任を感じている真也を叱咤する。
その声音は、真也を責めるものではなかった。
むしろ、真也を気遣う優しさが含まれている。
しかし、真也はそんな麻衣の言葉に納得できなかった。
あの時、もっと自分に力があれば。
後悔は尽きず、自分を責め続ける。
そんな真也に、麻衣はさらに続けた。
その瞳には、涙が浮かぶ。
「お姉ちゃんは……お姉ちゃんは、真也さんのことが大好きでした。ずっと一緒に居たいって言ってました! 私だって、真也さんのことが好きです。……あ、お兄ちゃんみたいで」
麻衣の目からは涙が溢れ、頬を伝って流れていく。
自分のために泣いてくれる彼女に、真也は申し訳なさを感じる。
しかし、それでも真也は彼女の言葉に賛同できない。
なぜなら、真也は佳奈を愛していたからだ。
「でも、僕は……」
言いかけると麻衣は残念そうな顔をしてベンチから立ち上がる。
「そんな顔した真也さんなんて、私見たくありません」
麻衣は傘を手に真也に背を向けると、涙を拭いながら歩き出す。
そのまま歩いて行く麻衣に、真也は慌てて立ち上がるが、かける言葉が見つからず、そのままベンチに座り込む。
見れば隠ごっこをしていた子供達が、真也の方を見ていた。
大人の痴話喧嘩を初めて見た彼らは、ビックリしたように呆然とし、気まずくなったのか、公園を後にする。
真也は、子供達が去るのをただ眺めることしか出来なかった。
雨が、地の色を濃く染め上げる。
それはまるで、真也の心を表しているようだった。
「僕は、どう生きれば良いんだ……」
真也は東屋を出ていく。
傘は持っていないし、持っていたとしても傘を差す気にもならなかった。雨に濡れながら高台にある公園を下りていく。
すると、ふと視界の端に人影が映った。
それは、先ほど帰ったはず子供達だった。
だが、様子がおかしい。何かに怯えたようにキョロキョロと辺りを見回していた。
不審に思った真也は、その子供達に近づき話しかける。
真也は威圧しないように腰を落とし、子供の視線に合わせる。
すると、子供達は真也の顔を見て安心したのか、一人だけ居た女の子は泣き出してしまった。
「どうしたんだい?」
優しく問いかけると、男の子が真也の服を掴み、震える声で告げる。
その声は、恐怖に満ちていた。
脇道に指を指し示す。
そこに、水色のビニール傘が転がっていた。
「あれは……」
その傘に見覚えがあった。
ついさっきまで、真也と一緒に居た麻衣の持ち物だ。
嫌な予感がし、真也は子供達の方を向く。
「何があったんだい」
真也の問いに、2人の子供は答えない。
その代わりに、1人の子供が口を開いた。
「お……、に」
子供の言葉を真也は訊き返す。
「鬼?」
子供は、そう言ったのだろうか。
「見えない鬼が、お姉さんを
その言葉を聞いた瞬間、真也の身体は動き出した。
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