第2話 間違った鬼ごっこ
墓参りを終えた真也は、町を一望できる総合公園の山頂に居た。
高台からは、町の風景を見渡すことができる。
眼下に広がる町並みは、緑と川に囲まれており、非常に美しい。
この景色を見るたびに、真也は思うことがあった。
佳奈と彼女の実家を訪れた時は、佳奈はここから指を差して、あそこは自分が行った小学校だとか、あの山は遠足で登ったとか、楽しそうに語ってくれていた。
あの時、佳奈は笑っており、幸せそうな顔をしていた。
あの笑顔を奪ったのは、他でもない自分なのだと。
佳奈の両親に言われた通り、自分は佳奈を忘れるべきなのかもしれない。
それでも、真也は忘れられなかった。
だから真也は、ここに来る。
ここは、真也と佳奈の思い出の場所だ。
この場所に来ると、嫌でも佳奈を思い出す。
忘れようとする度に、彼女の笑顔が浮かんでくるのだ。
「真也さん」
ベンチに腰掛けたままでいた真也は、不意に背後から名前を呼ばれ振り返る。
水色のビニール傘を手にしたブレザー姿の少女が立っていた。
少女は肩まで伸びた黒髪を風に揺らし、おっとりとした目つきをしている。
背丈はやや低く、胸の大きさは平均的で、スレンダーな体形だ。
制服は、近くの高校のもの。
名前は、
真也の彼女であった佳奈の妹だ。
「麻衣ちゃん」
真也は立ち上がって、そう呼ぶと麻衣は少し怒った顔をする。
「もう。ちゃんは、止めて下さい。これでも高校2年生ですよ」
頬を膨らませながら抗議をする麻衣に、真也は謝る。
彼女と出会ったのは、まだ中学生だったが、今では高校生になっていた。
出会った頃と比べると、彼女は大人びた印象になった。
佳奈の面影を色濃く残しており、真也は複雑な気分になる。
佳奈が亡くなってから1年が経ち、真也は25歳になり、麻衣は17歳になった。
彼女は、真也よりも8つも年下の女の子だ。
しかし、そんな年齢差など気にならないほど、彼女はしっかりした女性だった。
麻衣は、真也の隣に立つと町並みを見下ろす。
そして、ぽつりと呟いた。
「お姉ちゃんに会いに来てくれたんですね」
その声音は、どこか悲しげなものを感じる。
麻衣は佳奈のことが大好きであり、真也のことも慕っている。
だからこそ、彼女は姉を守れなかった真也を責めたりはしなかった。
しかし、その悲しみは隠せず、時折こうして感情が漏れ出てしまう。
真也は、そんな麻衣を慰めるように、その頭を撫でた。彼女が、すすり泣いているのが真也に伝わった。
真也が何も言わずに、ただ頭を優しくさすってあげると、やがて落ち着きを取り戻したのか麻衣は顔を上げる。涙目になっており、その瞳には不安げな感情が宿っていた。
その表情を見て、真也は心配をかけてしまったことを反省した。
麻衣は、照れたように頬を染めながら真也の隣に立つ。
そして、真也と同じように街並みを見下ろす。
夕日に照らされた街並みはオレンジ色に染まり、まるで一枚の絵のようだ。
隣に居る真也の横顔を見ながら、麻衣は問いかける。
「真也さんは、まだ……」
彼女の問いに対して、真也は沈黙で答えた。
「帰ろうか」
真也は麻衣に呼びかけ家路につく。
道を少し下った所に、遊具のある広場があった。
そこで小学生くらいの子供4人が遊んでいた。
地面に大きく円を描いた中を3人の子供が、そろそろと慎重に動いていた。その3人の子供に対し、目隠しをした一人の子供が追うように動いている。
「鬼ごっこ? でも、鬼役の子が目隠しするなんて何かの間違いなのかな?」
真也は口にする。
鬼ごっこには、様々なルールがある。
定番としては、鬼が人を追いかけタッチをしたら交代をするものだが、他にも色鬼、高鬼、スイカ鬼など、30種類以上ものルールが存在する。
また、地域や学校によっても異なるため、ローカルルールというものもある。
「あれは、
真也の言葉に対して、麻衣が答える。
鬼は子供の姿が見えない設定で遊ぶ。円を描いた中で鬼役は目隠しをし、鬼が子供を追うのだ。
これでは人役が一方的有利だが、人が一度に一歩しか動けないのに対し、鬼は二歩動くことができる。
鬼は人の気配や声を頼りに動き、人は見えない鬼に気づかれないように声や息を殺してやり過ごすのだ。
鬼にタッチされれば、鬼を交代する。
これが隠ごっこだ。
説明を受けて、真也は佳奈から、そのような遊びがあったことを思い出す。
鬼に追いかけられている女の子が、間近に鬼が居ることで不安そうな声を上げる。
「食べちゃうぞ」
鬼役の子供が言うと、男の子が女の子の手を握って、僕が居るだろと言う。
それを見た真也は、微笑ましい気持ちになる。
ふと、佳奈との思い出を思い出し、真也の表情は暗くなる。
佳奈が死んでしまったのに、自分は笑ってはいけないと、そう思うのだ。
すると、真也の手を麻衣が握った。
驚いて真也は、麻衣を見る。
麻衣は、真也に笑いかけていた。
まるで、彼を励ますかのように。
麻衣の笑顔に、真也の心は軽くなった気がした。
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