#09

「最初に会った時からリリーのこと気に入ってたし」


太田は私に親切だった。確かに最初から気に入られてる実感はあったし、部屋を飛び出した時から今でも家に住まわせてくれて恋人らしい関係になってきた。


私の部屋はたまに荷物を取りに帰る程度で、あの時から時間が止まったままになっている。


私のことが好きなのか太田に聞いてみる。


「じゃなきゃ、ウチに住まわせないよ」

と、答える。


笑わせてくれたり、たまにささいなプレゼントをくれたりなんてことはないけど、私もまんざらではなく、彼の分の金銭的な心配はしなくて済むし自立してる男性と付き合うのはラクだった。

お店の関係者にバレないようにこっそりとではあるが、普通のカップルのように食事に行ったりデートするのも楽しかった。


不満があるとすれば、彼はギャンブルが好きだった。主にパチンコで、深夜に仕事が終わり仲のいい男性スタッフと朝まで飲んだり、店で仮眠したりして、早朝からそのままパチンコ屋に行く。そのまま昼まで家には帰ってこないという日が週に何日かある。本人はそれもストレス解消だというし、自分の稼ぎの範囲でやっていることなので口出しするつもりはなかった。


ただ殺風景な太田の家で1人でいるのが寂しかっただけだ。



 お店での私達は今までと変わらず、店長とそこで働く女の子という立場を演じた。太田は他の女性に今まで変わらず愛想よく接している。女性達が主力の商売、気持ちよく働いてもらうためには仕方ないことだとわかってはいたが、彼が自分以外の女性に笑顔を向けるのを見るのは決して気分のいいものではなかった。


それと同時に、彼と一緒に住んでいるのは自分なのだから私は特別なんだと心の中でマウントをとって優越感にも浸っていた。



 とある夜、仕事中の私に父から着信があった。仕事中に出られるわけもなく、寝ていることにして明日かければいいやと無視していた。何度も着信があった。何度も無視した。

すると兄からメッセージが来た。


<母さんが危篤です。電話ください。>


急な知らせで驚いた私はすぐさま兄に返信した。


<寝てた。ごめん。>


<病院にいるよ。もう電車ないから、しかたないね。>


父からの電話を無視している間に終電はなくなり、母の元に行く手段がなくなってしまった。

母の病状を兄が逐一メッセージで送ってくる。気が気じゃなかった私は太田に事情を話してお店を早退し、コンビニで数万円おろしてタクシーに飛び乗って母のいる病院に向かった。

実家のある地元では1番大きな総合病院で、深夜だから道は混んでないし1時間半くらいで着くだろう。

深夜料金でメーターがどんどん上がっていく中、セットされた髪をくずし1つにまとめ、化粧をナチュラルなものに戻した。


なんとか病院についたが、母の最期に間に合わなかった。予期せぬ心筋梗塞だった。



 2日間休みをもらい、通夜と葬儀を済ませた。

急に1人になってしまった父も心配だったし、自分もまだ笑ってお酒の相手をできる状態ではなかったので、休みを延長してもらいまだ実家にいようと考えていた。

取り急ぎ地元に戻ったので何も持ってきていなかった私は葬儀の後、1度太田の家に荷物を取りに帰った。彼はもう出勤していなかったが、そのように連絡すると


<オレがリリーを甘やかしてるように見えるから

休みは延長できないよ

明日から出勤よろしくね>


という思いやりのない返事が返ってきた。



 私は気づいた。


私はされてるだけだった。


きっとしている女性の中では“お気に入りの子”にすぎなかったのだろう。


今気づいたかのように感じているが、それは薄々気づいていた。



 そのまま太田の家にある私の荷物をすべてタクシーに押し込み、久しぶりに自分のワンルームの部屋に帰った。

気力を失った私はそのまま自分の部屋で休み、父も行ったり来たり疲れるからゆっくり帰っておいでと言ってくれたので、明日また実家に戻ることにした。


時間の止まっていた部屋にベッドと布団はなく、クッションやタオルを集めて簡易の布団を作り、ダウンジャケットを掛布団がわりにまるまって寝た。



そういえば、私がキャバクラで働きだした目的はとっくに失っていた。

もう太田の顔も見たくないし、辞めようと思った。

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