#08

 私は毎晩お店に出勤し、ほとんどを太田の家で過ごしていた。


「オレたちの関係バレたらまずいから、気を付けてね」


と、太田からは言われていた。お店内で恋愛は禁止だったからだ。

私はなんとなく太田の家にいることになったが、これは恋愛なのだろうか。



 たまに服などを取りに家に帰っていた。靖幸は多分アタシの働いている時間を見計らい着替えに帰ってきたりしてるのだろう。もしかしたら私とやり直すために一晩中家で待ってるかもしれない。あれから靖幸からは何度かメッセージや電話が来たが無視していた。家にもモノをとりに帰る数分しかいないので彼の様子はわからなかった。



 そしてしばらくたって、私は靖幸に会ってもいい覚悟を決めて家へ帰った。

とにかくあのベッドを粗大ごみに出したかった。


部屋に入ると様子が変わっていた。一瞬でわかった。


靖幸のものがすべてなくなっていた。


階段を走って駆け下り1階のポストを確認した。


鍵が入っていた。靖幸の持っていた合鍵だ。


ひんやりとした銀の塊を握りしめて実感した。


私と靖幸は完全に終わった。


あれだけ舞台上では饒舌に話す彼は最後何も言わずに去っていった。



 部屋に戻ると、テーブルの上にきっと鮮やかな赤だったろうバラが花瓶の中でしんなりとしているのが目に入った。

あの日にはなかったはずだ。

靖幸は前月より少し給料が上がると花を買ってきてプレゼントしてくれていたことを思い出した。

私はその花瓶を思い切り右手で叩き倒した。テーブルの上で横になった花瓶からバラは飛び出し、水がポタポタと床に落ちた。


アタシの代わりに泣いているようだった。



 粗大ごみセンターに電話し、ごみシールを指定金額分貼って1階に出しておけば予約した日に引き取りに来てくれる。しかしいざベッドを1階まで運ぶのは女1人では至難の業で、結局、割高にはなるがゴミ回収業者を呼べば作業員がきて部屋から運び出してくれる。

それをネットで調べて1日が終わった。


そこまでしてベッドを捨てる必要があったのかどうか私にもわからない。

だけど私の意地だった。このベッドだけはもう使えない。もっといいベッドを買おう。

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