#07
いつもと変わらぬ平日、私は午前5時前に帰宅した。常連さんとお店が終わった後飲みに行ったのでいつもより少し遅い。日が昇るのも遅くなってまだ外は暗い。いつもより余計に飲んでるせいかスムーズにドアの鍵が開けられなかった。
部屋を開けると暗かった。靖幸はもう帰ってるはずだった。
私がどこにいようが、何時であろうが、先輩に呼ばれたり後輩と飲みに行ったり帰りが遅くなる時は必ずメッセージをくれる。
今日はそれがなかった。だから劇場の出番があったとしても終電では家に帰ってるはずだ。
私は電気をつけた。
目を疑った。
靖幸は見知らぬ女性とアタシのベッドで寝ていた。
いつも私と寝ているベッドに。
突然の明るさに靖幸は目を覚まし私の姿を見つけた。
目が合った瞬間私の体が異常を訴えた。
慌ててトイレに駆け込み中のものを全部吐き出した。
苦しくて涙がボタボタと吐いたものの上に零れ落ちていく。
苦しくて苦しくて息もできない。
靖幸がトイレのドアを叩く音がうるさくて耳を塞いだ。
彼が私の名前を呼ぶたび、吐き気が襲う。
でも、もう胃の中は空っぽでなにも出てこない。
私の嗚咽だけがトイレに響いた。
吐くものもなくなり涙も出なくなった私はトイレの床に座ったまま動けずにいた。
気付いたら靖幸がドアを叩きアタシの名前を呼ぶのをやめていた。
トイレに籠ってから1時間以上経過しただろうか。小さな窓から日の昇る気配を感じる。
恐る恐るトイレから出ると、2人の姿はなかった。
私は洗面所で顔を洗い、部屋に戻ったが落ち着けるはずもない。
いつも一緒に寝ていたベッドは汚されてしまった。2人で作り上げてきた狭いワンルームには私と靖幸以外の匂いがして、すべてを焼き払いたいほどだった。
そんなところにいる気にはなれず、私はまた部屋を出た。
なんとなく駅に向かって歩いた。これから出勤のスーツの人もちらほら見かける。
ボロボロの私は道路わきの植え込みに腰をかけ化粧を直した。どこへ行こう。もう少ししたら駅前のコーヒーショップが開く。スマートフォンを眺めながらまた歩きだした。
今夜また仕事に行かなくてはならない現実を思い出した私は、どうにか休みたいということを太田にメッセージで送った。
<お店の近くまでおいで。話聞くから>
と、すぐさま返信が来た。駅に着いた私はタクシーに乗り込んだ。
お店の最寄り駅で太田と待ち合わせして、歩いて彼の家に行った。
今日あったあれこれを彼に話すはずだったが思うように話せなかった。思い出しただけでまた胃がムカついて、気が遠のく。
結局私は何も話さず、靖幸と同じ裏切りの行為をした。そのまま太田の家で寝た。
昼3時頃、太田は私にやさしい言葉をかけて先に店へと出かけていった。
靖幸からメッセージが来たけどアタシにはもう何も言う言葉がなかった。胃の中が空っぽで気力も体力も失った私は思考力が鈍っていた。
<鍵返してくれたら、それでもういい>
と、返事した。
夕方、私は重い体を持ち上げタクシーであの忌まわしい部屋に帰った。
今夜また出勤する準備をする為に。
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