後日


 一体の人形の破壊は、うわべの平和を保っていた二大国間に再び戦争をもたらした。二十二年の間に蓄えられた弾薬は世界を百年の間燃やし続け、山は丸裸になり、草原は砂漠になった。ようやく戦争が終わった時には二大国はほとんど国の体を為していなかった。ただ、残された僅かな人々が僅かな町で細々と生き長らえていた。

 そんな町の一角に、人々の叫び声が響く。待て、と老人の声。それを無視してきゃはきゃはと笑い走る子供たち。リーダー格の少年は、銀色に光る酷く壊れたアンドロイドらしきものを抱えている。

「待て……待ってくれ……!それは大事なものなんだ……」

 背後から微かに聞こえるゼイゼイ声を、リーダーは軽くあざ笑う。

「こんな百年前の鉄クズが大事なもんだとよ!聞いて呆れるぜ」

 大声で笑う少年達。彼らはさらに足を早め、アンドロイドの残骸を頭上でぽんぽん転がしながら角を曲がっていった。老人はよたよたと立ち止まる。膝に手を付き、荒い息。

「今日は……百年目……だったのに……」

 ぜいぜいという呼吸の中、悔しげな声が混ざる。執念で生きてきたのに、これで終わりか。やり切れない思いに空を仰いだ老人の目に飛び込んだのは宙を舞う真っ黒な――顔を半分吹き飛ばされ、捻れた左腕の肩に布をまかれて体のあちこちに穴を開けて、カーボンの人工筋肉が剥き出しになった――アンドロイド。降ってくるそれは勢い良く老人を押し倒し、砂埃をまきあげた。老人は咳き込み咳き込み、体の痛みに胸の動悸にまた咳き込み――首に走る鋭い痛みにハッと目を開けた。数十年来ぼやけていた視界が鮮明さを取り戻す。目の前にあるのは――目の前にあるのは――深い、青。

「ひさしぶり」

 フシミが笑った。

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百年後にまた 蛙鳴未明 @ttyy

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