ファンタジー化した日本で死んで、異世界人として生き返った話

香月燈火

1.男のち美少女

「……やっと、見つけました。私の、私の身体を受け入れるだけの容量を持つ魂。魂を」



 意識も朧げで、何処かを漂っているかのような現実感のない心地に陥っていた僕にもはっきりと、その声は聴こえてくる。

 スキルを持たない、というのは、きっと僕のことだろう。3日前のこと。突如、全世界に現れたダンジョンや魔物とともに人々が総じて使えるようになったスキルを、何故か僕は持っていなかった。

 段々と意識がはっきりしていく。そういえば、何故僕はこんなところに居るのだろうかと少しずつ記憶を遡る。



「……そ、くそ! けい、ごめん。ごめんな」



 何かを悔やむような、悲痛な声を漏らしながら、離れていく足音。しばらくしてから、離れていく足音が全く聴こえなくなったのが分かると、我ながら何がおかしいのか、はたまたすっかり逃げてくれたことの安堵からか、乾いた笑い声が漏れた。



「ははっ……どうだ、ゴブリン。こんなスキルも持たない雑魚に出し抜かれた気持ちは」



 壁に背中を預けるように寄りかかる僕の身体の至る所から流れ出る血の量。徐々に動かなくなっていく身体。間違いなく僕が助かることはもうないことくらいは、自分自身でもよく分かっていた。



「グギャギャギャ!」



 しかし煽りなんて意に介さないとばかりに無様に地に伏す僕を嘲笑うかのように奇怪な鳴き声をあげると、僕がこうなってしまった原因であるソイツ……中学生ほどの小柄なサイズではありながらも筋骨隆々としたら長い耳を持つ全身が緑色の肌をした生物は、手に持っていた少しみすぼらしい古びた剣を振り上げた。



 ──ゴブリン。

 魔物に類するソイツのことを、海外は知らないが日本ではそう呼称している。まだたった3日だというのに瞬く間にダンジョン内で増殖したゴブリンは一気に地上へと進出すると、全世界に大きな被害を齎した。

 現に、こうして僕も、ゴブリンに殺されかけている。いや、既に助からない怪我を負ってしまった上に、スキルを持たず起死回生の何かに期待することも出来ないことを考えると、もう死んだも同然だろう。



 でも、これで良かったんだ。だって、僕にとってのかけがえのない友達……あいつらを、少なくともこの場からは逃がすことが出来たのだから。

 スキルを持たない僕とは違って、あいつらは将来有望とも言えるスキルを持っている。僕が生き残るよりも、あいつらが生き残ってくれた方が、僕達の家族や仲のいい友達の生存率が上がる。

 それに、いくらスキルを持っているとはいえ、まだ3日しか経っていない現状じゃどれだけ強いスキルと言っても、このゴブリン相手では焼け石に水だった。将来性もなく、かつ趣味と銘打って中途半端に空手を嗜んでいた僕が最も殿しんがりに向いているのは明白。



 とはいえ、このままやられてたまるかよ。



「ふ、ふふ……く、らえ!」

「!? グ、ギ!?」


 

 最後っ屁とばかりに、僕はすぐそばに落ちていた石ころを、咄嗟にゴブリンへと投げつけてやった。狙いも曖昧だったが、奇跡的なことに小石はゴブリンの顔面へと飛んでいく。ゴブリンの方も、まさか死にかけの僕にまだこんな力があるとは思っていなかったのか、咄嗟な反応が出来ず、小石は見事にゴブリンの右目へと突き刺さった。あの様子だと、もう右目が治ることはないだろう。

 それでもやはり魔物は魔物。最初は痛みに悶える様子を見せていたが、すぐに冷静さを取り戻したのか、荒ぶる唸り声で僕を睨みつけてくる。

 結局、僕が最期に見た記憶は、修羅の如き形相で剣を振りかぶる、ゴブリンの姿だった。



 ……そう、か。



「僕は、死んだんだな」

「はい。そういうことになります」



 ようやく現状を理解した僕に、さっきの声が少し悲しげに、それでも現実を突きつけるように肯定する。



「君は……」

「ごめんなさい。説明してあげたい気持ちはやまやまですが、もう時間がなくて。これだけを、聞かせてください。貴方は、生きたいですか? 例え名前が変わって、姿が変わって、貴方の存在自体が例え、地球の者ではなくなったとしても、生まれ変わることになっても、それでも生きたいですか?」



 声が僕の次の句を封じると、緊張した様子で、中々に重めの質問が飛んでくる。

 正直、そこまでして生きたいかと言われると口を噤む。人間ならまだいい。でも、動物や植物、虫になってしまうのは、申し訳ないが人としての生活を知っている僕は嫌だ。それに、悔いがないと言えば、嘘にはなるものの、死に方にはそれなりに満足している。



 でも、でもだ……。



「生まれ変わっても、それでも家族が、あいつらが僕を僕だって分かってくれるのなら……また、一緒に過ごせるなら、そりゃ、まだ生きたい。生きたいに、決まってるじゃないか」

「……分かりました。では、その願い。



 声がそう告げた途端、急に僕のなかったはずの頭が重くなるような感覚に陥る。いや、それだけではない。次に首が、肩が、腕が、脚がと、次々と全身に重みを感じていく。

 それは、日本へと置いてきたはずの、身体の重みというものだった。



 だが、変化はそれだけに留まらない。僕の記憶、地球の日本に住む普通の男子高校生としての記憶以外にもうひとつ、全く見覚えのないの記憶までもが浮かび上がってくる。

 第三王女として過ごした日々。お転婆で、庭先で魔法を使いまくっていたのもあって、よく国王である父や第一王妃たる母に怒られていた。

 教育や、王族としての職務に悩まされながらも、まだ平和だったなんでもない日常。

 そんな日常は、突如目の前で……世界が壊れるような光景を見て、崩れ去った。

 こうして私は、亡国の元第三王女ソフィアは、死んでしまった。



 ……全ての記憶を僕は、目を開いて懐かしい風景にについ泣きそうになる。なにしろ、僕はたった今異世界での生活を記憶であるとはいえ、追体験させられたのである。体感で言うと、まるでもうひとつの人生を歩んでいるようなものだった。

 実際、こうして本当に別人として生まれ変わったわけだから、あながち間違いではないんだけども。



「……本当に、帰ってこれた。よしっ」



 今僕がいるここは、恐らく僕の住む街から少し離れたところにあるデパートの屋上駐車場ではないだろうか。車だったら家からでも絶妙な距離だし、そんなに規模が大きいわけではないけど何度か来たこともあったから、よく覚えている。

 見知った景色に、日本へと戻ってきたのだという実感がようやく湧いてくると共に、両手でガッツポーズをとる……が、僕にはひとつ不満点があった。

 それは、今の僕の容姿のことだった。元々の僕は、あくまで一般的でごく普通な男子高校生に過ぎない。



 翻って、今の僕はどうか?

 まず、身長は結構縮んだ。あくまで体感だが、頭一つ分くらいは縮んだのではないだろうか。それに、髪の色も変わっている。前は日本人らしい黒だが、今は銀髪だ。

 更に、黒地に幾分かの装飾のついたローブ……の内側に見える、少し膨らんだ胸元。そして、今までは存在していたはずの感覚がなくなっている。

 極めつけに、僕が追体験してしまった記憶の内容。



「女の子なんて……聞いてないんですけど……」



 現状を理解した僕は、その場に崩れ落ちるのだった。

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