第10話 失敗勇者と王都キザカオ

 シクラ様が剣の勇者と言うのは、とても喜ばしい事だ。

 あのコジーラの悔しそうな顔は久しぶりだな。

 まあ、今度酒でも飲みながらからかってやろう。

 それにしても、シクラ様は力はあるのに技が一切ないのが不思議だ。

 前の勇者様は力も技術もありる剣だけでも超一流だったのだが……。

 ショートソードを折る馬鹿力だが、刃筋を立てないと剣はすぐにダメになってしまう。

 今回は少々特殊なのは知っているが、流石にこのまま旅に出ては問題だろうから、最低限の技術を教え込まないといかんな。

 それにても今日の付き添いはアイリスか……ついて来るなら姪のダイアンちゃんが良かったな……。

 あの子は同年代では相手にならないので俺に稽古を頼んでくるが、負けん気の強さや容姿が妹によく似ていて可愛いんだよな。

 最近はシクラ様の専属をしているせいでこっちに来ない、シクラ様に言ったら連れ来てくれない者かな。



byクック=ヒューズ




 目の前に俺の手があり――周りも特に変化はない……やはり俺は魔法が使えない様と言う事なのだろう……はぁ。

 結果を見た周りの人の表情がバラバラだった。

 アイリス特に気にした様子のないのすまし顔、ヒューズさんはコジーラさんに対してしたり顔をしており、コジーラさんはヒューズさんのその表情にかなり悔しそうな顔をしていた。


「はっはっは! やはりシクラ殿は剣の勇者なのだな。魔法なぞ使えなくても剣が使えれば問題あるまい」


「ですけが――旅の間魔法が使えないと火も起こせないし、水の調達も大変だと思うが!」


「なに! シクラ殿が使わなくても一緒に旅をする者が使えれば問題あるまい。国王様にも進言しておいてやるから、まずは身を守る剣術を身に付けて頂きたいですな」


 ヒューズさんが言っていることは間違ってはいないが、俺自身魔法を使ってみたかったから暇な時間に練習しよう。

 とりあえずは、剣術の訓練をする事にしよう。

 自分自身を守れなければ旅なんて出来ない――事も無いが、周りに助けられてばかりじゃちょっとね。


「ヒューズさん。俺は剣自体扱ったことが今日が初めてなので、色々教えて頂きたいのですが」


「畏まりました。シクラ殿の命が掛かっていますので、厳しく指導しますので頑張って下され」


「あ、はい……お手柔らかにお願いします……」


 流石に死にたくはないから真面目にやろうと思うけど、剣術なんて本当に出来るようになるのかな。

 張り切り顔のヒューズさんを見ていると、なんだかすごく心配になって来てしまう。




「今日の所はこんなところでしょうな。」


「あ、ありがとうございました……」


 地獄の特訓が終了した。

 体力の確認の為に走り込みから始まり、剣の持ち方や切り方を教えてもらった。  

 その後ずっとヒューズさん監視の元、永遠と素振りをし続けた。

 剣の振りが少しでもおかしいと注意され、手にマメが出来ると潰してアイリスが治癒魔法で痛みと傷を取り除いてから素振り再開。

 剣術が一朝一夕で身につくことが無いのは分かっているが、初日からスパルタ過ぎないか!?

 結局日が暮れるまで素振りをして、城に戻ってすぐに風呂に向かい汗を流して部屋に戻ってきた。

 夕食を食べた後俺は疲れ切っており、柔らかなベットに倒れ伏したのち意識が遠のいて行った。


 翌日――全身に近い筋肉痛で動けない俺を、アイリスは治癒魔法で直され――練兵場に連れて行かれた。


 そして――この日から一か月間もの間地獄の様な特訓を行う事になる。

 最初の頃は基礎体力作りで走り込みや素振りメイン。

 体がボロボロになってもアイリスの魔法で立ち上がらされ、特訓を強要――復帰させられた。

 しかしまだこのころは甘い方で、一日中素振りや一日中型の練習もあったし、永遠と木刀で丸太の同じところを打ち続ける練習もあった。

 ヒューズさんと掛かり稽古もやり、全身にすり傷と打撲だらけの体にもなった。

 そして一番きつかったのは、騎士団員と一日中地稽古したことだ。


 掛かり稽古はヒューズさんに俺が打ち込みをする練習なので、転ばされたりはするが基本物凄く疲れるだけで済む。

 騎士団員との地稽古は、お互いに打ち合いをするので受けられなければかなり痛い。

 何度も意識がなくなり倒れたが、アイリスの魔法で強制的に回復させ起こされて再開する。

 魔法があるから後には残らないけど、なかったら全身が青あざだらけで見るに堪えない状態になっていただろう――と言うか、多分立ち上がる事すら出来なくなってたと思う。


 そんな地獄の特訓を一か月続けたおかげで、騎士団員との試合では勝てるようになってきた。

 まあ加護があるから、基本的な体力や力も常人よりも遥かにあるからね。

 未だにヒューズさんから一本もとれないけど、ひと月でかなり成長したとお誉めの言葉を頂いた。

 この一か月休みなしで特訓ばかりしていたが、ようやく今日は休みでご褒美に街に出かけることにした。

 国王に許可はもらったが、ちょっと色々と制約が付いた。

 まあ制約と言っても服装を一般人と同じ服にして、護衛としてアイリス達を連れて行くことを条件を出された。

 この国には、他種族も大勢いるそうで文化の違いで喧嘩などしないよう注意された。

 他種族か――ファンタジー定番の猫耳とか犬耳とかも居るかな?とか考えると楽しみで仕方がない。

 獣人種がそれにあたり、王都であるこの街にはかなりの人数住んでいるとの事だ。


 ただの街の散策であっても食事や買い物などに費用が掛かる。

 その費用は――一か月騎士団員と一緒に訓練したと言う事で、騎士団員扱いの給金が貰えたのだ。

 この国のお金の単位は、薄銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨、金貨、聖金貨となっている。

 薄銅貨、銅貨、鉄貨、銀貨は、十枚で上の貨幣と同じくらいの価値になるとの事だが、銀貨百枚で金貨、金貨百枚で聖金貨との事だ。

 聖金貨は金ではなく白金と呼ばれるもので(プラチナではないそうだ)、とれる量も少ない為かなり高価で出回る事はほとんどなく、国家間の取引しか使われないとの事だ。


 今回貰った給金は銀貨十枚で、下級騎士と同じ給金だそうだ。

 実際にどの程度の価値なのか分からないが、結構な大金になるのだそうだ。

 普通に考えて下級とは言え騎士団員の給料で、今の俺は衣食住全て国王に賄ってもらっているのだからかなり優遇されているだろう。

 まあそんな事より、今日は初めて街に行けるのでとても楽しみだ!

 起きてすぐ着替えをして、朝食を食べて準備万端だ。


「今日は、アイリスとダイアンの二人が一緒に行くんだっけ」


「そうです。シクラ様は本日、どのような所に向かわれたいですか」


「適当に見て回りたいけど、市場と食堂とかには行ってみたいね」


 どこでも良いんだけど、まずは異世界の街と言う所を体感したいのだ。


「かしこまりました。シクラ様一応ですが、剣をお持ちになってください。キザオカの街は治安は良いですが、持っているだけで変なのに絡まれることも減りますので」


 アイリスにそう言われ、訓練中にいつも使っている模擬刀を剣帯に刺して一応持っていくことにする。

 模擬刀は刃が潰された鉄製の剣だが、鉄で出来ているのでそれだけで十分鈍器としても役割がある。

 そして今日はアイリスもダイアンもいつものメイドのような服ではなく、普通の服っぽいものを着ている。

 しかし二人がそう言った服を着ると――どうしても良い所のお嬢さんに見えてしまって、どちらかと言うと俺が護衛に見えていそうなんだよね。

 因みに同行する二人とは騎士団の訓練で手合わせをしているのだが、俺は二人に対して全く歯が立たないレベルの実力さがあるんだよね。

 アイリスは技量がかなり高く受け流され、ダイアンはどちらかと言うとヒューズさんと似たタイプで、技量もさることながらかなり力もある。

 まあ、護衛対象以上に強く無ければ護衛としての意味が無いかもしれないが、女の子に護衛されるのは――ちょっと悲しかったりもする。


 移動についてだが、街に直接向かうと色々と問題があるとの事で、一旦馬車で教会へ向かい教会から徒歩で街に向かう事になった。


 教会は街の中心付近の丘に建っており、周りには高い塀で囲われているが中は木々が植えられているため、圧迫感はなくどこか神社の森を思わせる雰囲気になっている。

 立地的に貴族街と平民街の中間地点に建っていて、どちらの住民も行き来がしやすくなっている。

 教会の東西南北に門があるが、北が王城や貴族街、南が平民街、西が練兵場や騎士団それと鍛冶屋街があり、東側が今日のお目当ての市場と宿場町方面だ。


 一応教会に行ったので、シュレルさんに簡単に挨拶をして意気揚々と街に向かって歩きだす。

 朝も早い為か、教会にはシュレルさんとシスターしか居なかったけどね。

 挨拶を終え、市場方面へ向かうために東門をくぐるとそこには……大小さまざまな建物が立ち並び、雑多な感じはするがこれぞ異世界と冒険心をくすぐられる街並みが広がっている。

 家族や友人同士で買い物をする者、朝っぱらから酒を飲んで騒いでる者、多種多様な人種の人達が歩き回りこれぞ王道ファンタジーと言った町並みが広がっている。


 内心ウォオオオオ! 異世界だぁあああああ! と叫んでいたのは内緒だ。 


 内緒だが――俺は東門を出たばかりの所で立ち止まり、人々や街並みを見て感動して挙動不審にきょろきょろ見廻し、ウキウキしているのは二人にはばれていると思う。


「凄いねこの街並みに、この人々! やっぱり異世界と言ったからこうじゃなくっちゃ! 」


「あの、シクラ様」


「お、あそこに犬なのか猫なのかの耳が生えてる人が居るな、しっぽが細いから猫の獣人かな! 周りに他の獣人らしき人もいるし、向こうにはエルフっぽい人も居るね! あっちにはなんかでっかい建物があるな、何の建物だろう、後で寄ってみよう! 」


「ダイアンお願いします」


「はぁ……わかりました」


 俺が人々や建物に興味深々で騒いでいると、アイリスがダイアンに指示して俺を静かにさせようとして、結構鋭い一撃が俺の腹に命中する。

 この子、見た目に反してかなり一撃が重いから――かなりダメージがでかいんだよね。

 

「ガハッ!……ダイアンなにをするんだよ」


 俺はダイアンに非難の視線を向けるが、ダイアンは「アイリス様の指示ですので」と何食わぬ顔で言ってきた。


「シクラ様、落ち着かれましたか。街中で騒ぐのは他の方のご迷惑になりますのでお控えください」


「え、そんなに騒いでた? ごめんね、この街並みや人々を見ていたら感動して楽しくなってきちゃってさ」


「とりあえず、目的は市場の視察でよろしかったですよね。まずは食料が売っているあたりから周り、雑貨系と衣類系を周り、昼食に食堂に行きたいと思いますがよろしいでしょうか」


「あ、はい。大丈夫です。すみませんでした」


 アイリスの言葉遣いは丁寧だが、目が笑っていないし言葉端々にとげとげしい感じだったので、反射的に誤ってしまった。

 テンションが上がって騒いだのは悪かったとは思うけど、やっぱり現実世界では見たことがない町や人々を見ると、感情が高ぶってしまうのは仕方がないかと思う。


 まあ、元々異世界の人達にはわからないだろうから仕方がないのだろうな。

 ダイアンは俺がアイリスと話している間に、迷惑をかけた獣人たちに謝りに行っていた。

 

(いや、マジごめんなダイアン)


 でも、しかたないんやで……ビバ! 異世界! 


 東門から出た大通りには既に露店が立っており、俺がどこかへ行かない様にダイアンに手を繋がれ、後ろからアイリスに監視されながら市場を周ることになった。

 傍から見たら仲のいい兄弟に見えなくもない――いや、見えない気もする。

 通りは、道の真ん中は通路として開いており、両側に露店が居るがその裏もまた通りになっていた。

 露店の裏側の通路側には店舗が並んでいる。

 店舗は基本的に高額な商品や、大量に買う穀物関係を扱っているものが多かった。

 見慣れない食べ物を見ると立ち止まり、どんなものか聞いたり、値段の確認をしながら通りを歩いていく。


 ダイアン先導(リードで引かれる犬みたいに)され、おすすめの果物を三人分買い食いしながら歩いていくと、大きな十字路にでる。


 十字路の角には、衛兵詰所があった。


 衛兵詰所は主要な通りの端には必ずあり、暴力などの揉め事が起きた際に対応するため、騎士団員数名も交代で詰めているとの事。


 今食べている果物は、真っ白なリンゴの様なもので、甘味もあるが酸味が強く日本の果物より雑味もあるあまり美味しいものではなかったが、値段は三つで銅貨一枚と安いのである。


 この国では気性が安定しているらしく、しかも温暖なため比較的野菜や果物は安く、肉類は高めなのだと説明を受けた。

 十字路の三方向で売っているものが違うようで、まず左に曲がり雑貨が売っているエリアに向かう。

 雑貨系は、コップや皿など日本でもよく見る物から、用途不明の不思議な物体まであった。

 ダイアンに聞くと、それらは魔道具の一種との事だ。

 魔道具と言われるとロマンあふれる物を思い浮かべるが、この辺りで売っている者はそれ程凄い物は稀だそうだ。

 この辺りはそれ程高価なものは置いておらず、しかもリモコン位の大きさの金属の物体の突起を押すと先端の穴から火が出るライターの様なものだったり、押すと光が出る筒とか元の世界なら百円均一の様な店で売って居そうな物ばかりだ。

 魔法道具は一般的に普及しているが、値段は実際かなり高いと思う。

 ライターの様な物が銀貨三枚、ライトの様な物は銀貨十枚もする。

 魔道具は魔法が使えなくても使用できる道具だが、基本的に自分の体内の魔力を使用するので長時間使用できないデメリットもあるようだ。


 雑貨系が売っているエリアは村人みたいな人が多かったが、魔道具が売っているエリアでは小説などでよく居る冒険者風の者達が多く居た。

 そのまま歩いていくと露店が途切れ店舗だけの通りになり、先程の冒険者風の人々ではなく『俺たちは一流の冒険者です』みたいな装備が充実した人々や、商人や貴族の様な人々が歩いているエリアになった。


 この辺りはまで来ると高級な雑貨や魔道具が置いてあるエリアになるらしく、魔道具屋の前には門番の様な人が立っている店も多々あった。

 この辺りの魔道具屋で売っているものは、見た目小さめだが装飾が施されされており、一見して高価なものだとわかる。 


 効果も折り紙付きのようで、魔力を込めると半透明な板状な物が指輪から発生し、鉄と同程度の盾が出来る物や、多少の傷を治すネックレスなどいい物がそろっているが――金額が最低でも金貨二十枚以上と超が付くほどお高い。

 それだったら魔法が使える人を雇った方が安いんじゃないかと思うが、見た目からして護衛が連れて行けなかったりする所へ持って行くのかもしれない。


「おい、どうゆうことだよ! 何のために金をかき集めたと思っている! 」


 そんなことを考えながら歩いていると、高級店ばかり並んでいるこの辺りでは珍しい、罵声が聞こえてくる。

 罵声はちょうど向かいの店から聞こえてきており、店主と冒険者が揉めている様だ。


「そう言われましても、他の方がさらに高値で買い取って頂けるとの事で、今現在取り置きしている状態ですので、お売りすることが出ない無いのですよ」


「だが俺の方が先に取り置きしてもらって、期限内に金を払いに来たら物が売れないとはどういう事だ! 」


 なんとなく話が見えてきた。

 冒険者が前に取り置きしてもらっていたものを、別の人が更に高値で買うのでキャンセルしたと言う事か。


「なあアイリス、これって問題ないのか? 」


「そうですね……本当は問題になるかと思うのですが、売買契約を書面に残していなければ証拠はありません。ただこの時間帯に店で揉めていること自体が信用に関わる問題かと思うのですが」


「口約束は契約にはならないのか? 」


「一応はなりますが、証拠にならないので訴えてもどうしようもないですね」


 証拠がなければど訴えてもどうしようもないか、でも証拠があればいいのか。

 俺はポケットに入っていたスマホを取り出し、動画録画を起動して胸のポケットからカメラのレンズが出るようにして、録画しながら揉めている店へ近づいていく。


「シクラ様、何をなさるのでしょうか。一応揉め事に首を突っ込むのはやめておいた方がよろしいかと」


「いやなに、どんな問題が起きているか聞いておこうかと思って。それに俺なら何とかなると思うしね」


 護衛としては揉め事が起きている場所にわざわざ首を突っ込みたくない様だが、何となくアイリスが揉めている人を見た時にちょっと驚いていたのが気になったのだ。

 知人か友人か――はたまた友人の友人とかもあるかもしれないが、とりあえず全く知らない人と言う訳ではなさそうだったんだよね。

 

 店の前に付くと野次馬で人だかりができていた。

 店の中では相変わらず口論が続いており、どちらも引かない罵声合戦が続いている。

 俺は人混みをかき分けて進み、周りの野次馬達が奇異の目で見られるが無視して店の中へ入って行く。 

 アイリスは付いて来たが、ダイアンは店の外で待っている様だ。

 店の中には店主と店主の護衛、人間と獣人の冒険者二人が向かい合っていた。


「やあ、何か揉め事かな」


 しれっとした表情で声を掛けると、店主と冒険者がこちらを向く。

 店主は忌々しそうな顔をしており、冒険者たちは憤怒と――少し驚いた表情をした。


「いえ――既に買い手が付いた商品を売れとこの者たちが申しておりまして、こちらも商売ですので困ってしまって」


「なんだと!俺たちが先に予約しておいた物を、それよりも高く買う奴が居たから俺たちに売れないなんて、そんな馬鹿な話があるか!」


「ですが、正式にはまだ取引しておりませんの、こちらとしても高値で売れる方に売るのは常識かと」


「俺達冒険者とは正当に取引できねぇって事か! 」


 ヒートアップする冒険者の人の肩を叩いてにこやかな笑みを浮かべた後、店主に対して話しかける。


「まあまあ、抑えて。ここで言い争っても意味はないですよ。店主さんちょっといいですか。売る約束をしていたのに、更に高値で買う人が出てきたので物はそちらに売ると言う事が――店主さんの言い分で良かったですか?」


「……あなたには関係ない事です」


 冒険者の方を持つような発言をしたせいで警戒したのか、店主はすっぱりと俺の質問を拒否してしまった。


「ボウス、こいつは五日前に俺たちがこの魔道具を買う金を集めてくるから、十日間は取っておいてくれと言っておいたんだが、昨日俺達より高値で買う奴が出てきたからその金額では売れないって言いやがったんだ。しかも今さら、書面がないから正式な契約ではないので問題ないと言ってきやがってな。しかも取り置きの代金も払ったのに、正式な取引ではないと言いやがるんだよ」


 店主の代わりに冒険者が説明してくれるが、どう考えても店主側に非がありそうだ。

 俺はちらりとアイリスの方を見ると、アイリスは少し困った顔をしていたが頷いた。

 状況から察するに高く買うと言っている奴は貴族か他の商人で、冒険者との揉め事などどうにでも出来る相手なのだろうな。

 これだけ揉め事が起きて見せの評判が落ちているように思えるが、それでも儲けが出る様な相手って事で確定だろう。


 最悪俺が身分を明かせば何とでもなりそうだが、それをやらなくても今回はどうにかなりそうなんだよね。


「冒険者の方はこう言っていますが、間違っていませんね」


「ですから、取り置きの代金はさっき返却いたしましたのでお引き取り下さい」


 ……そうですか、俺の質問には答えたくないんですか。

 俺は店主に向き直り、何とか答えを引き出そうと考える。


「……俺の質問に答えてくれたら、この人達を解散させます。ですから、冒険者の方がさっき言っていたことは間違ってないですね」


 冒険者は俺が急に敵に回った為、殺意のこもった視線をこちらに向けてくる。

 アイリスが咄嗟に俺と冒険者の間に入ってこようとするが、手で制して待機させる。


「……まあそうですね、間違ってはいませんが。ただ、正式に書面にしていない為、証拠はありませんし高い方に売るのは商売としては間違っていませんので……」


 はいダウト!

 よし、言質をとったぞ。


「ダイアン、詰所で誰か暇そうな人を連れて来てくれ。とりあえず、店の前で集まっていたら他の店や人に迷惑だ」


 俺は大声で外に居るダイアンに指示を出し、店の前に居る冒険者達に解散するよう伝える。

 ダイアンは呆れた様な表情をした後――騎士団詰所の方へ走って行った。

 その様子に店の前の冒険者達は顔を見合わせて、一人二人と店の前から離れていく。

 店主は、ほっとした表情をしていたが、冒険者たちは俺を視線で射殺さんばかりの怒りを向けてくる。

 ただアイリスに対しては思う所があるのか、どうにかならんのかと言った表情で視線で問いかけている。

 まあアイリスは今護衛としているので特に対応する様子はなかった。


 しばらくして、ダイアンは衛兵と騎士団員数名連れてやってきた。

 騎士団員は、俺に一瞬視線を向けるが特に何も言わない――多分事情をダイアンからある程度聞いているのだろう。


 今の状況を説明するが、取り置き金は店主が無理やり冒険者に渡しており、店主は衛兵たちに「俺はそんな約束はしていない、こいつらが勝手に言ってるんだ」とさっきとは全く違うことを言っている。


 冒険者たちは俺に説明したことを衛兵に行っていたが、店主が約束していないと言っているし、契約書が無ければ証拠がないと言って聞く耳を持たない。

 流石に冒険者たちも騎士団員と衛兵相手に喧嘩を売るわけにはいかないので、顔を見合わせて表情を曇らせる。


「証拠さえあれば問題ないのか」


 俺は何食わぬ顔で、衛兵と騎士団員にあるブツを見せる。


「ああ……証拠があれば問題はないが、証拠なんてどこにあるんだ」


 衛兵は俺が差し出したものが何なのかわかっていない様だが、騎士団員は分かったようだ口元を少し上げている。

 騎士団での訓練の際に、俺はスマホでアイリスに動きを撮ってもらって確認したりしていたので、騎士達はそれがかを知っているのだ。


「では証拠を出しますので、見ててくださいね」


 先ほどまでのやり取りを録画していたスマホの動画を、衛兵と騎士団員に見せる。

 一通り聞き終わり、衛兵と騎士団員は頷きあった。

 店主の愕然とした表情で顔色は真っ青になっており、冒険者は俺のスマホと俺を交互に見て俺に対してニヤリと笑った。


「さて、これはどういう事ですかな。あなたは先ほど私たちに嘘を言っていたという事ですか」


「こ、これは。何かの間違いです」


 自白した動画を撮られていたら、どう言い訳しても言ったことは取り消せないからね。

 テンプレセリフの店主は衛兵に連行されて行き、この場は解散することになった。

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