第9話 失敗勇者と劣化勇者の加護

 シクラ様が無事セクメトリー様に拝謁されたみたいですね。

 シクラ様がこの世界に残った場合、セクメトリー様の支援でそれなりの暮らしが出来るらしいですが、その提案をけって元の世界に帰るには困難な道のりが待っているらしいです。

 私も騎士の家系に生まれて者として、シクラ様の選択を応援したいと思います。

 勇者が困難な道のりを踏破して行く物語は、昔から私も子供の頃から絵本で読んでいて好きなのです。 

 シクラ様はまずウグジマシカ神聖国に向かい、タケミカヅチ様に拝謁するとの事。

 神聖国までの道のりはかなり遠く、魔物や盗賊との遭遇が予想されます。

 だけどセクメトリー様の加護を頂いたとの事なので、加護を持った勇者に立ち向かう人はそうそう居ないでしょうね……魔物は別ですが。

 これから旅の準備の手伝いで忙しくなりそうですが、シクラ様が旅を万全に過ごせるように準備をするのが自分の仕事なのだから頑張らないと。

 後でシクラ様に元の世界に戻られる前に旅の話を聞かせて貰えるよう頼んでみましょう。

 そして、新しい勇者の物語を楽しみにしていますと。


 byダイアン




 セクメトリー様との拝謁が終わり、城に戻ってそのままアイリスと練兵場に向かう。

 大臣が話を通してくれていたようで、加護がどの様な物か確認するために今日は練兵場を貸し切っているとの事。

 練兵場には初めて国王様に会った時に国王の隣に立っていた二人が待っていた。


「シクラ様、先日は挨拶もせず申し訳ない。私はイオリゲン王国騎士団長クック=ヒューズと申します」


「私はイオリゲン王国魔導士団長のジャック=コジーラです。国王陛下に頼まれてきました」


 体格の良い厳つい人が騎士団長で、目つきの鋭い人が魔導騎士団長か。

 騎士団長は丁寧だけど、魔導騎士団長はなにかめんどくさそうだ。


「よろしくお願いします。ヒューズさんにコジーラさん、今日はよろしくお願いします」


「うむ。とりあえずシクラ殿がどの程度動けるのか見てみたいので、これで人形切りかかってくれ」


 ヒューズさんに渡されたのは、鉄製のショートソードだ。

 大きさ的には六十センチ程あるだが、それ程重さを感じなかった。


 剣を受け取りヒューズさんの横にある木を藁で包まれた十字の人形に向かう。

 剣なんて今まで一度も降ったことないし、授業で少し剣道をやった程度だ。

 片手のショートソードの振り方などまったくわからないが、確か西洋刀は日本刀と違い叩き切る感じだったはずなので、力いっぱい振り下ろしてみる。


 ショートソードが振り下ろされた人形は、バキっと音がして折れてしまった。

 こんな軽い剣で、この人形が壊れるなんて何か魔法的な物でも付与されているのかな。


「へー、ショートソードでも意外と威力があるんですね。でもちょっと剣が軽い気がしますね」


「ふむ――では次は人形ではなくこっちの丸太にしてくれ」


 素振りをしながら頭を傾げていると、ヒューズさんに人形の横の丸太を切るように言われた。

 まあ、切ると言うか、叩き潰してる感じだけど……。

 さっきと同じように切りかかると、ショートソードは丸太に三分の一程刺さりキッンと甲高い音がして折れてしまった。


「す、すみません。折れてしまいました。」


「流石は勇者だな、弾かれると思っていたのだが刺さって剣が折れるとは。それではこちらの剣ではどうだ、少し大きいがシクラ殿なら扱えるだろう」


 先ほどのショートソードより長さも厚みもある剣を、ヒューズさんから受け取りぶんぶん振ってみる。

 先ほどの剣より多少重さを感じるが、振り回すには問題なさそうな重さだ。

 剣を構え、先程とは別の丸太に切りかかる……今度は丸太を切り裂き、真横に真っ二つにした。


「流石は勇者様、その丸太を真っ二つとはお見事です」


「いえ、ヒューズさんの貸していただいた剣が良かったのだと思います」


 ヒューズさんは、にたにた笑いながらこちらを見ている。


「なにかおかしなこと言いましたか」


「シクラ殿はその剣が何か特別なものと思われているようですが、その剣は魔法が付与されているわけではなく、特殊な金属が使われているわけでもない只の鋼鉄製の剣ですよ」


「いや、でもこれ鋼鉄製の剣にしたら軽くないですか。只の鉄でも、この大きさなら結構な重さだと思うのですけど……」


 俺が片手で振れるような剣が、只の鋼鉄製の剣とは信じられない。

 振っている感じだと、剣道の授業をしたときに触った木刀を重くした程度の感じしかないんだよね。

 

「それはシクラ殿が、セクメトリー様の加護を受けたからでしょうな。セクメトリー様の加護を受けた勇者が、大規模な紛争や魔王の討伐が出来るのは加護のおかげですからな。ただ、シクラ殿の加護は過去の勇者様よりは少々弱い様に感じますな」


 そう言いながら、ヒューズさんは俺から剣を受け取り丸太に向かう。

 ヒューズさんが丸太に向かって剣を振るう……光が走ったと思ったら、丸太はバラバラに切り裂かれて地面に転がる。


「勇者様が正式な加護を受けると、この位初めから出来るようになるのですが。ただ、シクラ殿は加護だけでそれ程の力があるのですから、鍛錬したらこの程度の事は出来るようになると思います。まあ、魔王の討伐が目的ではないのですから、あまり強すぎる力は必要ないのかもしれないですが」


「いやいや、流石に無理でしょ。ヒューズさんの剣筋は、目で追う事も出来なくて光の筋が走ったと思ったら、木がバラバラだったんですよ」


「所詮剣術とは技術、シクラ殿は今技術無く力のみで丸太を真っ二つにしました。それだけでシクラ殿は我々とは次元が違うと言うことです。加護のあるシクラ殿が剣術を正式に学ばれれば、私などより更に先へ行けるでしょう。恐らく、妖精種の方々と戦っても勝つことは出来ると思います」


 何かすごく持ち上げてくれるが、俺自身そこまで加護が効いている実感がなかった。

 丸太を切った際も、手ごたえが無さ過ぎて剣がいい物の様な気がしてならない。


「これを見てください」


 納得できていない俺を見て、ヒューズさんは先ほどの剣の柄を目の高さまで上げて、切っ先を地面に向けたまま手を離した。

 ドスッと音をさせてた剣は、地面に十センチ程突き刺さっていた。


「これでお分かりですか。この高さから地面に落としただけで、突き刺さる程の重さをした剣なのですよ。それをシクラ殿は、木剣を振るうが如く振り回したのです。これこそが、セクメトリー様の加護なのです」


 地面に突き刺さった剣を抜き、ヒューズさんと同じように地面に落とす……同じように地面に剣が突き刺さっている……まじか……。


「凄いですね、セクメトリー様の加護は……何かちょっと怖いくらいですけど」


「怖いと思えるなら大丈夫ですな。勇者様がむやみに力を振るえば普通の人では大怪我してしまいますが、この力が怖いと思えるシクラ殿であればそのような事は無いでしょうからな。シクラ殿がどの程度の力を持っているか確認できたので、私の方は終わりにしましょう」


 ヒューズさんは満足げに頷き、コジーラさんの方を見る。


「ではシクラ様、今度はどの程度魔法が使用できるか確認させていただきます。シクラ様は、魔法に付いて知識はおありですか」


「ええと、アイリスから少し聞いただけですね。基礎魔法、応用魔法、超越魔法の三種類があると言う事と、簡単な種類分け位しかわからない無いですね」


「――ある程度の知識はお持ちのようですね。とりあえず基礎魔法の説明から致しましょう。基礎魔法とは、世界中どこにでもあるマナを使用する魔法になります。どこのマナを使用するかによって、使用できる魔法の種類や強さが変わってきます。火からのマナを使えば火の魔法、水からのマナを使えば水の魔法が使えます。そして、その力を使うためには自分のオド魔力を使用し、使いたいマナを寄せ集めて放つのが基礎魔法となります。まあ基礎魔法はそこまで難しい魔法ではないので、まずは地面から砂粒を集めて自分の掌の上に塊が出来るように念じてみてください、その時に地面から掌まで土を引っ張っていくイメージをするとやりやすいですね」


 な、なんだこのオッサン。

 さっきまで全然話さなかったのに、魔法の事になると物凄く饒舌になって話しまくるな……まあとりあえず、言われたことはやってみるけどさ……。

 まずは、地面から砂粒を掌に集めて塊を作るイメージをしてみるが、全く反応が無い。

 次は――地面から掌まで砂を引っ張ってくるイメージをしてみるが……集まってこない。


 はあああ!とか、うおおお!とか唸ってみるが、全く集まってくる様子が無い……俺って魔法の才能が無いのかな……。


「……シクラ殿は才能が無いのでしょうか」


 自分でそう思っていたとはいえ、他人にそう言われると少し傷つく。

 ファンタジーで魔法は憧れだし、つかえないと……なんだか辛いよ。


「まあ剣があれだけ出来るんだ、魔法なんて出来なくてもいいんじゃないか。あれじゃないか、シクラ殿は剣の勇者なんじゃないか。前の勇者様は両方とも出来たが、普通はどちらか一つしか出来ないのが当たり前だしな」


「だが、過去にも全く魔法が使えない勇者様は居ないのだから、何かしら使えたほうが便利だろう。旅をするにしても、水が出せたり火が起こせたりするのは必要だ」


 ヒューズさんとコジーラさんが、ごちゃごちゃ言い争いを始めていたので放置しよう。

 さて――恐らく俺は剣の勇者なんだろうな。

 剣が振り回せるけど、魔法が使えないのであれば普通に考えればそれしかないだろうしね……異世界なんだから魔法使ってみたかったな。

 でもまあ、今までの勇者が全く魔法が使えない人はいなかったようだから、練習次第で使えるようになりそうだからとりあえずは、ぼちぼち練習していこうかな。

 それにしても、魔法が使えないとなると食料だけじゃなくて、水とか火を起こす物とか準備するものが多くなりそうだな。

 体力には自信が無いから、やっぱり馬車とかで移動じゃないと大変そうだな……野宿とかしたくないし。


「そう言えば、アイリスも魔法がつかえるんだよね?」


「はい、応用魔法までは使うことが出来ます」


「アイリスって、基礎魔法はすぐに使えたの」


「私はあまり才能がなかったようで、基礎魔法が使えるようになるまでかなり時間が掛かりました。応用魔法は勇者様が色々と教えて頂いたおかげで習得できました」


 ほう、アイリスも基礎魔法では躓いていたのか。

 だけど、勇者に教えてもらって応用魔法まで使えるようになったのか。

 あれ、勇者って俺と同じ世界の人だよね?

 それなのに応用魔法を教えられるってなぜだろう?

 そもそも、魔法の勇者であれば魔法が直ぐに使えると言うのも何か引っかかるけど……その辺りは皆も良くわかっていない様だった。


「なあ、アイリス。勇者に魔法を教えてもらったって言ったけど、どんな風に教えてもらったのか聞いても良いかな」


 アイリスに勇者に教えてもらった方法を聞いてみた。

 この世界の魔法は、元の世界にある良くあるアニメや漫画に似ているそうだ。

 基礎魔法は魔法をイメージして、外部から力を集める感じに集まれと念じるそうだ。

 応用魔法は、始め基礎魔法で作った魔法を維持して、水を少し入れたコップに水差しから水を追加していくイメージだとの事。

 コップが基礎魔法のマナで作った魔法で、水差しが自分のオドを使用した応用魔法とオドの容量。

 一度でも応用魔法を使えるようになるとマナやオドの力の流れがわかり、後は修練して精度や威力の調整が出来るようになるんだそうだ。


 基礎魔法は漫画やアニメであるような、俺に力を貸してくれみたいなものかな。

 応用魔法は、基礎魔法で作った魔法に魔力を追加していくイメージかな。

 応用魔法以上には、基本的に魔法名を唱えるのだと言う。

 実際には魔法名と言うよりもどのような現象を起こしたいか口にして、魔法を実体化させやすくするとの事だ。

 なので、本来基礎魔法も応用魔法も魔法名を言わなくても出来るらしいが、イメージのずれを最小限にする為基本的には魔法名を唱えるらしい。


 アイリスは使えないが、超越魔法は基礎魔法と応用魔法の両方の力を制御出来ないと使用できないそうだ。

 基礎魔法は外の魔力マナを使い、応用魔法は内の魔力オドを使用する。

 超越魔法は一度マナで作った魔法にオドを注入し、再度マナを集め魔法にする三段階必要なため、制御する力と集中力が必要になり出来る人は少ないそうだ。

 ――まあ、この辺りは実際の所は分からないそうだ。

 それに勇者は一段階目と飛ばして膨大なオドを使用してマナをかき集めて使うため、一般の超越魔法とは違うそうだ。

 アイリスも超越魔法が使える訳ではないし、勇者も――実はこの辺りは結構勘で使えていたらしいからね。


「あれ? それだと基礎魔法使わなくても、応用魔法や超越魔法を俺が使うことが出来るんじゃないのか」


「どうなのでしょうか。シクラ様が剣の勇者様だとしたら基礎魔法が使えないと応用魔法は使えませんし。魔法の勇者様でしたら、始めから魔法が使える方ばかりでしたので……一度試されたら良いのではないでしょうか」


「良いのではないでしょうか、もし応用魔法が使えるようであれば超越魔法も使える可能性もありますし。基礎魔法より応用魔法が使えたほうが旅には便利ですよ」


「出来ても出来なくても、剣が使えるんだからどっちでもいいんじゃねえか」


 アイリスは、ダメもとでやってみたらいい派。

 コジーラさんは、何故か俺に魔法を使ってほしい派。

 ヒューズさんは、魔法なんてどうでもいい派。

 うん、コジーラさん以外はどちらでもいいみたいだな……。


「じゃあとりあえず、さっき聞いた感じで魔法を使ってみますね」


 俺は、目を閉じ手に意識を集中する。

 俺の手からよくわからない力を出して、土を集めていくイメージ。

 イメージするのは土の玉、地面から土を集めて圧縮するイメージ。


「うおおおおおおお!」


 俺は叫び声を上げ、手に土の玉が出来ているイメージをしながら目を開ける……そこには――。

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