モブなので思いっきり場外乱闘をしてみました

雪那由多

第1話

 映えあるリステン王国の貴族が通うリステン王国学園の卒業式を終える最後の学園行事の卒業記念パーティのできごとでした。


 私、クリスタ侯爵家はアズリールと申します。


 侯爵家の令嬢としてこの学園に通っていたのですが、大して裕福でもなく、そして領地であるクリスタ領は猫の額のように小さく、特産物すらない名前だけの侯爵家と言われる事もしばしばあります古き歴史だけが取り柄の侯爵家です。

爵位的には上位貴族の枠に入っていますが実際は裕福な伯爵家に鼻で笑われる程度の資産の家柄です。


 そんな家の娘である私ですが優秀な兄が二人おりまして、兄達は身内族贔屓とは言え誰もが振り返る美形かと思っております。その末っ子として私は生まれ育ったものの顔は百人並みの、よく言えば一般的な顔立ちの私は使用人の中でさえよく忘れがちな存在となっています。


 ですが両親、そして自慢の兄達にはこれ以上とないくらい溺愛されているのは学園の寮生活であの鬱陶しさを淋しいと思った所で認めなくてはいけない所です。

はい。

 長期休暇の度に帰った時はみんなの腕の中に飛び込むほど私も家族が大好きですがなにか?


 そんな三年間もあっという間に過ぎ、裕福でもなく茶色の髪に茶色の瞳の百人並みの私の存在は学年の成績が上位3位には常に入っていたという程度の知名度でしかありませんでした。


 ましてやこの国の王太子候補と言われるマスターク第一王子殿下やご婚約者のアガート公爵家令嬢のマリアーネ様が居らっしゃるのでもういくら勉強してもここまで来るにあたり事前のご実家での予習という専門の家庭教師と言う課金…… ではなく努力に入学後実習室で勉強漬けの私が勝てるはずもありません。


 まあ少しは奮闘したとは思っていますけど。


 そんな自己満足は置いておいて、学校生活は俗に出会いの場とも言われています。


 私のように百人並みの見た目と相続するものが何もない血統だけの貧乏侯爵家の末っ子は、いい男を見つけてそれに乗っかるのが貴族の令嬢としての生き方なのでしょう。

 しかしこの昨今。

 それなりに豊かな国なので商人達も張り切れば貴族並みの生活をえて、我が家のような零細貴族は労働に従事しなくては生活も成り立ちません。

 いまだに貴族の矜持として働かず借金を積み上げるご家庭もありますが、それでは国が成り立たないととある時代の国王様がこの学園を作り、貴族の女性も官吏として働ける様に約束をしてくださいました。


 女性の官吏ですよ?


 侍女や家庭教師でもなく官吏ですよ?


 お兄様と一緒に働く機会のある官吏ですよ?!


 そのシステムを聞いた瞬間結婚なんて放り投げて見目麗しいお兄様の顔を眺めながら仕事ができる職場の選択を選ぶに決まっているではありませんか!!


 何か問題ありまして?


 ましてや学園に三年間拘束されているうちに幼馴染のお隣の裕福な領主の娘と言う同じ学舎の同級生と言うお昼を一緒に食べる数少ない友人と次兄が結婚するイベントまで発生させて兄より先に婿養子に旅立つなんて、小さいころから仲がよろしいとは思っていましたがなるほど、そうですか……


 兄ながら良い仕事していましてね!


 程なくして生まれた可愛い甥っ子にもうメロメロですが何か?


 まあ、つまりです。

 それなりにモテるお兄様に変な虫がつかない様に監視をしながら可愛い甥っ子を甘やかすための資金を稼ぐと言う至上の命に燃えたわけですよ!


 おかげで無事目標達成をした私はその前の学園生活最後の無駄な時間を過ごすことになっているのです。


 パーティなんてお金ばかり掛かって貧乏貴族の地味な娘としてドレスの着回しのパターンに限界を覚えると言うのに目の前ではマスターク殿下とマリアーネ様、そして男爵家のココ・ラスター嬢のお三方による最終決戦が繰り広げられています。


 何でもふわふわ砂糖菓子のようなココ様は男性を射止めることに関しては凄腕のハンターとして婚約者や既に婚姻を果たした男性方を華麗なる手腕で射止め、見事王太子殿下(予定)さえハントを完了されました。


 まあ、王太子の婚約がどう言うことなのか随分軽んじられている様ですが、それでも




「マリアーネ!お前の悪行はもう調べ尽くされ日の目に晒されているのだ!ココの様な可憐な令嬢にした仕打ちをゆるされるとおもっているのか?!」

「私には殿下のおっしゃるような事は一切身に覚えがありませんわ!」

「マリアーネ様!今なら学生のうちの出来事と殿下も心のうちに留めてくれるとおっしゃっています!

 どうか今までの過ちを悔いて謝罪してください!」




 思わぬ三文芝居を見せられたからにはちょうど目の前を通った給仕からシャンパンを頂いて飲みながら見物させていただきましょう。あ、チョコレートも美味しいですわ。


 シーンと静まり返るダンスホールの中心に向けて次の展開を楽しみにもぐもぐしながら眺めていれば


「アズリール嬢、随分と楽しまれている様ですね


 こくん。

 思わず口にしたシャンパンが変なところに入っていきそうな手前で咳払いをして何事もなく過ごせば


「まあ、クレスト様。クレスト様も殿下の補佐役なのにこちらでのんびりしていらっしゃってよろしいのですか?」


 サンスーン公爵家の小公子様でもある良きクラスメイトだったクレスト様に早く何とかしなさい。ですがこの顛末が気になるのでもう少しお待ちになってと言う複雑な感情を視線で訴えればどこか疲れた様な顔で


「昨日のうちに父と一緒に陛下に嘆願したよ。もうあのバカ殿下のお守は無理だって。

 それでもって無事お役御免。卒業したらすぐに公爵家の後継教育に専念するって事で父上にもお許しをもらった」

「まあ、騎士の道は諦めたのですか?」

「剣を諦めるのは無念だがあのバカ王子を制御できない国を守る意義が分からない。

 バカにとられる時間を考えたら家を守る方を優先するよ」

 そんな剣一筋だったのにそれすら諦める事のできる悲しい選択。

「となると早急に探さなくてはいけませんね?

 確かまだ、でしたわよね」


 婚約者は……


 嫌な事を思い出させるなと言う顔を向けてくるものの財力権力顔面偏差値オールクリアな金髪と湖水を映す瞳をお持ちのクレスト様なら年頃が釣り合う娘様でなくてももう少し待てば掘り出し物も探したい放題なだけに大した問題ではありませんねなんて人の心配は止めておく。

「そう言うアズリール嬢もまだとか?」

「わたくしの場合は官吏になりたいと言う目標があるし、いずれ家を出る身。

 職場で程よい相手を探すなり、家に籍だけは残させていただいて一人街中で暮らすのも悪くないと考えています」

 せっかく学問はもちろん淑女教育も恙なく終了し、名前だけの家名と言う名の権力それらすべてを投げ捨ててどこぞの家に収まって子育てとお茶会を繰り広げる生涯なんて冗談じゃない。いや、それで納得できる結婚なら妥協するけど残念ながらそんな出会いはこの三年間の学校生活の中でかけらもなかった。

 まあ、官吏になる為に授業と授業の合間の時間は本を読む時間にあてたり、放課後は図書館で勉強をしたりと出会いの瞬間さえ隙を作らなかったのが原因だけど。

 うん。私が悪いね。

 でもすでに官吏の道を切り開けたので悔いはない!

 もちろん学年4位のクレスト様はこんな私の事情も理解してくれている。

 私の官吏への道の為に成績を調整してくれているふしも感じていたもののその程度でどうこうなるサンスーン公爵家ではない。

 学校生活でそれなりに友人が出来た中で数少ない男の子の友達だったけど、こうやっておしゃべりをする事ももうないのかと公爵家の後継ぎ様の煌びやかにかっこいい姿となんかいい香りがする空気を満喫しながら目の前の茶番劇を眺めていた。


 人の不幸は蜜の味とおっしゃいますが、正直何も今こんな所でしなくてももっと早い段階でいくらでもできたでしょうとシャンパンのお替わりを頂けばクレスト様がイチゴを食べる?と差し出していただいたのでありがたく頂戴します。

 シャンパンとイチゴの組み合わせってサイコー!!!

 これぞ至福、そしてクレスト様ナイスアシストありがとうございます!

 目の前のゲスなやり取りを観覧しながら傍観者でいられる、これも最高でしょう。

 そんなもぐもぐタイムを満喫していれば

「アズリール嬢はあの三人をどう見るかな?」

 呆れた視線のまま傍観者に徹するクレスト様に私は小首をかしげ

「まずこのような誤魔化しのないようない公的な場所でのマスターク様の言動は臣下として不信を抱かずにはいられません。

 マリアーネ様との婚約は王命とお伺いしました。

 王命も守られない方にこの国の未来を預ける事は不安でしかなりません。

 さらにこのような観衆の中でのこのやり取りは王家が否定するより噂が流れて明日には近隣諸国の耳に入るでしょう。こうなってしまえば婚約破棄をなかった事にはできません」

 思いっきり不敬罪の言葉ですがマスターク様はまだ王太子候補の段階。一つ下、三つ下、五つ下と候補の方々がちゃんとその座を狙っています。

 理解してらっしゃるのでしょうか?

 理解してないからこんなことになるのですよねとため息をこぼせば隣に立つクレスト様もうんうんと頷いてくれた。

「そしてマリアーネ様。すでに王太子妃教育は終了したとお伺いしましたが、このような日が来るのは判っていたはずなのに裏付け調査や実証、さらに誰かが仕組んだ悪事を擦り付けられているのに断罪しない方を国母とするには温すぎましょう。

 すでに婚約者として王家の仕事に携わる代わりにある程度の権限も与えられていると聞いています。それを有効に使わないなんてこれからの国政が不安でしかありません」

「なるほどなるほど」

 言いながら私同様クレスト様もシャンパンを傾けながら私の評価に耳を傾けてくれる。

 無駄にいい男ってこういうしぐさですら絵になるのねとシャンパングラスに移りこむ姿に少し見とれてしまうのは周囲でお声を掛けたがっている令嬢たちも同様のよう。

 もう少しお話が続きますのでお待ちくださいとその令嬢たちに目配せをすれば普段はあまりおしゃべりをしないクレスト様の珍しい様子を最後に目に刻み付けるのでどうぞごゆっくりと言う合図を受けてから話を続ける。

「さらにココ様。確かラスター家は一代限りの男爵家と聞いておりますが?」

 そうだと言うようにクレスト様は頷いてくれた。

「ご存じの通り男爵家令嬢が王家に嫁げるわけがありません。そのうえ成績は学年最下位を更新し続けた方が王妃なんて務まるわけがありません」

 言えば周囲から噴き出すような咽び声が響いていた。

 さすがにこの情報は知らなかったのかクレスト様の目が点になっていましたが、厄介者の調査をしないなんて公爵家の後取りとしてはいかがなものかと少しだけ睨んで訴えておく。

「面目ない」

「しっかりしてくださいまし」

 その程度の注意をした後にシャンパンで唇を湿らせて

「わたくしが王太子妃候補に挙がって最終候補まで残った事はご存じだと思います」

「最終的にはマリアーネ嬢が候補に残ったのだよね」

「ご存じ出来レースとしては無難な結果でしょう」

 最終候補に高位貴族の歴史ある令嬢が残り、そして彼女は王太子妃となった。

 まあ、誰もが知る話なので私は何の感情も乗せず目を伏せて

「その間やっぱり嫉妬を受けてかなり酷い目にあいました」

「おや?」

 それは気付かなかったと言う視線に私は肩をすくめて

「教科書を隠されたりペンを紛失したり。そういった細かな事は数数え切れません」

「まさか」

 本当なのかと言うクレスト様の視線に

「我が家の経済状況をご存じでしょう?

 紛失なんて隙のある生ぬるい生活を許してくれる家ではないのですよ?」

「すまない。そこは想像が追い付かなかった」

 そう言ってシャンパンのお替わりを足も長ければ指先まで長いどこか男らしい手で給仕から受け取ってくれて差し出してくれた。動作がいちいち様になるのが悔しいが学園で出会った時は歩調も合わすことが出来なかった男が気遣いが出来るようになってなによりです。

「まあ当時王太子妃候補の一人だった私はその力を使って調査をさせていただきましたが」

「さすがと言うべきか」

 苦笑まみれの声に私もふふふと笑い

「犯人はすぐにわかりました」

 ほう?

 そんな視線に私は向き合うことなく今も繰り広げている茶番劇に視線を向けて

「なのでそれなりに復讐をしようと試みましたのよ?」

 何故か周囲からちらほらと人が去っていくと言う現象がありましたがそこはガン無視をして

「ノートに落書きをされるのは構いません。鞄にインクを掛けられるのも構いません」

 そうか?

 そんなクレスト様の微妙な視線に微笑みながら


「兄からのプレゼントのペンを盗んだ相手、兄からの誕生日プレゼントのブローチを奪った相手をまずこの学園に居られなくなる程度に懲らしめなくてはと考えまして」


 へえ?

 顔が引きつっていても眉目秀麗なクレスト様に感心しながら

「ちょうどその方の領地はどうやっても我が家の領地を通らなくては王都に行く事は出来ません。

 ですのでそれらの証拠をもとに父にお願いして収拾がつかなくなくなるくらいに税率を引き上げていただきました。」

「それはそれは」

 穏やかではないのでは?と言う口ぶりだが

「さらにその領地の穀物の販売先が主に我が領地でしたが父に新たな購入ルートを確保したので断るようにお願いしました」

「おおっと……」

 まったく穏やかじゃないなと言いたい所だろう。

「あと、あまり知られてないのですが、我が家は王都の盾と言われる位置に領地を持つ家なのでそれなりに武力が高い家でして」

「そこはぜひとも兄上達に剣の手ほどきをして欲しいほどだからね」

「なら、今度その話を兄達にお伝えしましょう。

 それで、その件の領地と時々合同で野犬や害獣討伐をしていたのですが、それらを一切お断りしましたらあちらの領地になだれ込んだようで、作物がずいぶんと食い荒らされて盗賊も便乗して多発するようになりかなり財政状況を圧迫いたしましてね」

「そう言えばそんな報告を聞いた覚えがあるがまさか……」

「三日ほど前でしたかかの地の領主様は爵位と領地を献上するのでと言う条件で討伐の助力をいたしましょうと交渉がまとまりました。

 その件に関しては被害の大きさに陛下にもお願いいたしまして、もれなく借金もついてきましたがこれ以上民の為にも被害が広がる前にと王家のご助力も頂き当日のうちに決定いたしました」

 

 耳が痛いほどの静けさに誰もが声を発する事が出来ない中で私はふふふと笑う。


「男爵家のココ・ラスターと名乗っているそうですが、すでにラスター家はお取り潰しとなって苗字はなくなり平民となりました。

 先日確認しましたが、我がリステン王国学園は貴族の子女しか通学が許されないと認識しております」

 

 冷や汗を流しながらもクレスト様も震えるようにそうだと頷いてくれた。


「校長いわく、当然平民になったら卒業前とは言え退学処置はされたと確認しました。

 ええ、せっかく卒業前なのでもったいないかと思いますが栄えあるリステン王国学園に通えた、そして学んだと言う箔は卒業できなかっただけで剥がれるものではありません。十分にこの三年間の努力と言う見えない誇りを備えているので問題はないでしょう。

 たとえ三年間男漁りしかしていなかったおかげで最下位の成績とお金の力で留年を免れたとしてもです」

 

 ここまで来たらなぜか誰も返事をしてくれなくて少々不満ですが話を進めなければなりません。ここからが肝心な所なのですから。


「さてここで疑問が沸きました。

 男爵家のココ・ラスターと名乗る彼女、彼女はこの学園の卒業生でありましょうか?

 そもそも貴族でありましょうか?

 貴族を名乗る彼女は一体何なのでありましょうか?

 そして……

 王太子になる条件として莫大な資産を持つアガート公爵家令嬢マリアーネ様を娶ることが出来ない方はどうなるのか今改めて思い出してみましょう」


 ふふふと笑いながら語る私をまるで化け物でも見るような視線を向けるクレスト様でしたが一つ深呼吸をして


「あなたが王太子妃に選ばれなかったことを心よりお喜び申し上げる」

「まあ、嫌みでして?」

 酷いと傷つくそぶりをむせるも彼は私の正面で膝を折り


「王太子妃となれば私の手が届かない方となる所でした。

 私サンスーン公爵家クレストは是非クリスタ侯爵家アズリール嬢に結婚を申し込みたく存じます」


 あらまあ?

 さすがに顔面偏差値が高すぎて耳を疑いましたが本気ですか?

 百人並みの百人並みな私に何をおっしゃっているのでしょうかと小首を傾げて何の冗談で?とお尋ねすれば


「あなたの能力は誰よりもそばで見てきた私が保証します。

 その力、是非とも王家ではなくサンスーン家にご助力をお願いしたく申し上げます」

「まあ、結婚前から労力を当てにするお家に嫁げだなんてひどいお話ですわ」

「もちろん、欲しいドレスや宝石は総て望みのままに」

「そのような報酬を用意されても私相手では」

 豚に真珠とは言わないけどもったいないのではと悩む素振り。

「公爵家と侯爵家、家格差もバランスが良く、よろしければご実家の支援も致しましょう」

「そこまで困っているわけでもないですし」

 穀倉地帯を手に入れた今では実家の支援と言う言葉は魅力は半減。もう一声ほしいと思うように悩んだそぶりをしてしまう。

「もちろん未だに決まってない長兄殿の伴侶に我が従妹をお勧めしましょう。ただいま隣国に留学の身ですがこの社交シーズンにこちらでデビュタントを予定してます。

 まずはパートナーとして顔合わせが出来れば、これから先も長兄殿とは縁続きとなり我がサンスーン家に嫁がれても寂しい思いはなさらないでしょう」

 あらやだ。

 ものすごい良い物件をとかなり心が揺れたあたりブラコンの私の負けは決定したも同然でしょう。


「今、この周囲で見ている方を保証にぜひ我が妻にどうか」


 ここで決断しなくては王太子妃教育を終えたあなたが次の王太子妃筆頭になりますよとそんな脅迫めいたプロポーズ。


 ほんの少し視線を外せば大修羅場をしていたはずの三人をよそに、いや、その三人すら私達の次の展開を見守るように注目をしていた。


 今さっきこんな注目を浴びる場所で衆目を保証に婚約破棄をしていた場所で同じく衆目を保証に求婚を行う者達がいる。

 こうなってしまえばなかった事にはできませんと言ったのは誰だったか。

 尾ひれがついて明日にはこの狭い貴族社会に伝わりゆくだろう今夜の出来事に私が出せる答えはただ一つしかない。


「そうですね。それも悪くはありませんわ」


 全然悪くはないのだけどねと自力で稼いだお小遣いで可愛い甥っ子を愛でまくる計画が目の前で崩れ去って心の中で血の涙を流しながらも安定した職場なら問題ないと自分に言い含めてその手を取った。


 あとはもう殿下たちの事はまるで過去の事のようにだれも見向きはしないように祝福の嵐の中でクレスト様はその手に乗せた私の手にキスを一つ落として


「では善は急げ、まだ王宮に父がいますので至急報告に参りましょう」

「ふふふ、せっかちですわね。私の父も今日は王宮に来ていますので後ほどご一緒に挨拶に参りましょう」


かくして壁の花が本日の主役となって今回の卒業パーティは幕を下ろした。

 マスターク第一王子殿下は王太子候補から外されて公爵として王席からも出され生涯領地内に幽閉される事となり、自称・男爵家のココ・ラスター嬢は貴族の名前を騙った詐称罪で牢屋へと案内された。

 自称・男爵家のココ・ラスター嬢にハントされた方々は爵位継承を外されたり、婚約破棄をされたり、領地に引きこもらされたりと将来有望でしたのに様様な対処が行われたようで、二度と社交界ではお会いする事はありませんでした。

 そして一年後に予定されていた結婚も取りやめになり、アガート公爵家令嬢のマリアーネ様は王妃様の侍女として王宮に身柄を拘束される事になりました。

 ほら、王家の事をいろいろ知りすぎてしまっているので二度と王宮から出してもらえないようです。それだけ王家もマリアーネ様にお金をかけてきたので仕方がないと言えば仕方がないのですが……

 結局の所王太子妃も最初から教育し直しという事で末の王子殿下が王太子候補に挙がりました。他の王子様にはすでに他国の王家に婚約者様がお見えになるのでこのような形になりましたのは仕方がないのでしょう。早々に王位を譲って王妃様とゆっくりしたかった国王にはもう少し頑張ってもらわなくてはいけませんねと応援はしておく。


 そしてあれから一年。

 王家に召し抱えられる前に本日私はサンスーン公爵家に嫁ぐことになりました。

 真っ白のシルクで出来た花嫁衣装はスラリとしたシンプルなデザインに凝った意匠のレースと真珠をふんだんにあしらった公爵家の財力を表すかのような素晴らしいドレスに身を包んでいます。

 今私はお父様からクレスト様にエスコートの手を受け渡され見つめあっています。

 まぶしいほどの顔面偏差値がとろけるような笑みを浮かべて私の意識はもうどこかへ旅立とうとしています。

 司祭からの言葉なんて右から左に通り抜ければじっと見つめるクレスト様の瞳は私だけを映し出していて……


 学生時代は友人も少ない壁際のモブでしたが…… 


 今、私は世界一贅沢なほどに幸せな花嫁となり、クレスト様の腕の中で誓いのキスを交わしています。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モブなので思いっきり場外乱闘をしてみました 雪那由多 @setunayuta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ