第8話 球技祭前前日②


「くっそ……めっちゃ疲れた」


 涼介はタオルで額の汗を吹きつつ、そうボヤいた。

 バスケを開始してから約二十分。ようやく二対二が一段落した。まだ僅かな時間だが、綾人もだいぶ息が切れている。


「あれー、涼介先輩しばらくバスケしてないうちに体力落ちたんじゃないっすかー?」


 明日香は涼介を小馬鹿にする。

 涼介は中学の時男子バスケ部に入っていた。しかもエースとしてかなりの活躍だったらしい。

 しかし、高校では部活に入っておらず、ここ最近では運動もろくにしていない。それは体力も落ちているはずだ。


「まだまだ行けるっつーの!」


 見るからにキツそうだが、元プレイヤーとしての意地か。そう虚勢を張った。


「じゃあ、もう一回やります? 二対二、次こそドリブルで先輩の事抜きますから」


 明日香は自信満々にそう息巻いた。しかしそれは中々難しい話だろう。確かに明日香はかなり運動神経がいい。しかし、それでも越えられない壁が涼介との間にはあった。

 元エースというだけあり、涼介はバスケが上手い。中学三年のタイミングでは他校からスカウトがあったとも聞いている。

 そのレベルのプレイヤーと、運動神経が良い一般人が戦った場合の結果など目に見えていた。


 それに、二対二をもう一回することはできない。


「いや、そろそろあいつらが来るから待ってよう」


 綾人は明日香にそう告げた。

 あいつらとはまだ来ていない例の二人である。


「そうえば、もうそろそろか」


 体育館に入ったタイミングで、涼介のスマホにはメッセージが届いていた。それは、二十分後くらいに着くという内容。

 状況から察すると残りの二人は一緒に来るようだ。

 すると体育館の、重厚感ある扉がゆっくりと開いた。


「お、噂をすればなんとやらじゃない? 来たっぽいよ!」


 咲さんが体育館の入口を指差しながらそう声を出す。

 入口には二人の男子が歩いていた。


「おいはす、そんなチビなのにてめぇバスケなんて出来んのかよッ!」


「るせーよはるか……一七〇センチあるわボケ」


「はっ! やっぱチビじゃねぇかよ!」


「おぉーおぉー、相変わらずバチバチっすねぇ」


 二人は喧嘩しながらこちらへ近づく。二人を囃し立てるように明日香は声を上げた。

 喧嘩するほどなんとやらだ、実際二人はかなり仲がいい。


「蓮君! こんにちはっす!」


「あぁ」


 片方は蓮。

 明日香と同じ中学三年生で、二人は同じクラスらしい。

 ちなみに、女に興味がなさそうな雰囲気を醸し出しておきつつ、蓮には前から好きな人がいる。それは、明日香である。

 本人は誰にもバレてないと思っている、しかしとっくに周知の事実だぅた。

 ただ、渦中にいる明日香だけ、気づいている素振りがないようだ。


「おい! 悠、また身長伸びたか?」


「あ? 知るかよ」


 悠の第一印象としてはまずデカいだった気がする。なんせ、悠は一八九センチもあるのだ。第二印象は「怖い」だ。悠は基本的に全てを敵だと認識している。

 何が気に触れるか分からないし、気に触れたら何をしてくるかもわからない。そういう奴だった。


「おそいぞはすはるか


 涼介は二人にそう注意した。すると蓮は舌打ちをして一言「だまっとけ」と吐き捨てる。

 この二人はかなり素行が悪い。学校はサボるし事件は起こすし、問題だらけだ。


「蓮くん! 風邪はもう治ったんすか?」


 明日香はそう言いながら首を傾げた。

 聞いた話では数日間、蓮は風邪で学校を休んでいたようだ。


「……治った」


「おいおい、どうせ仮病だろうが! 明日香よぉ、こいつの風邪なんて大抵嘘なんだから真に受けちゃダメだぜ?」


「えぇー! 仮病なんすか!?」


 悠は蓮をドヤした後に、「明日香の前でバラシちまって悪かったな」と小声で口だけの謝罪をした。

 それを聞いた蓮は悠の腹部を結構な強さで蹴りつける。

 しかしその足は腹部にはたどりつかずに空を切った。悠が後ろにステップして避けたからだ。


「雑魚がッ! とろいんだよ!」


 蓮は舌打ちをしたが深追いはしなかった。しかし、軽く殴り合いでも始まりそうな雰囲気だ。


「はいはい、喧嘩はやめてください! ……それで二人はなんで遅れたの?」


 咲さんが間に割って入る。悠は興ざめだと言う様子で欠伸をした。


「はぁ……んまァ、チンピラに絡まれたんだよ」


「……チンピラて」


 すると涼介は呆れ、またかよと呟いた。

 普通なら驚く場面だ。しかしこの二人はガラの悪さからそういうのに絡まれやすい。

 しかも売られた喧嘩は全部買う。


「…………あの雑魚、クソ弱かった」


「ったく、蓮君はまた……そんなこと言っちゃメっすよ! ……んで、悠先輩は年上なんすから止めてくださいよ!」


「あ? んなん無理だろが、俺が止めるように見えるか?」


「んまぁ全く見えないっすけど」


 明日香は少し口ごもる。話に区切りがついたところで、涼介が一回手を叩いた。

 

「――何はともあれ、全員揃ったわけだし三対三やるぞ」


 ***


 バスケはそのまま十八時までずっと続いた。

 運動していると時間の流れというのは早く、体感時間ではあっという間だ。


「もー! めちゃくちゃ暑い! って涼ちゃんと綾人君汗すごい!」


「そりゃそうだろ、まじで蒸し暑い……死ぬわガチで」


「……はぁ、はぁ、きついな」


 三時間バスケをした結果、疲れ具合はピークに達した。

 一方で余裕そうな人もいた。とても疲れた組と、余力を残している組で完全に二極化している。

 綾人と涼介と咲さんは前者だった。疲れの限界を突破して、その場に倒れ込んでいる。

 一方、悠と明日香と蓮は大分涼しい顔をしていた。


「お前らこの程度の運動でへばってんのかよッ! 弱ェなァ!」


 悠に至ってはまだ人を煽る元気があるらしい。しかも軽いジャンプを数回繰り返して体が冷めないようにしていた。


「……ってか涼介先輩、バスケ下手んなった?」


 タオルを首にかけた蓮が涼介にそう言う。本心から来た言葉なのだろうがとてもバカにしている様にも捉えられた。


「ぷっ! 後輩に貶される涼介先輩、あわれっすねー!」


 そして、思わず吹き出す明日香。実際、涼介もおちょくられてると感じたのだろう、強めに反論しようと試みる。しかし怒る体力もないらしく、体はその場からピクリとも動いてはいなかった。


「とりあえず、体育館交換の時間だし早めに出ようか」


「……だな」


 咲さんがそう言って立ち上がると、綾人と涼介も重い腰を上げた。次の人達が来る前に全員で体育館を出る。

 外はまだ明るかった。



 ***


「このまま帰ってもいいけど……みんなはどうするんだ?」


「……これ以上付き合ってられーな」


 せっかくならご飯でも食べてから帰ろうと思った。

 しかし、蓮はあまり乗り気では無さそうだ。

 ただ、なんだかんだノリはいいので、みんなが行くなら来るだろう。可愛いやつである。


「なんすか? 綾人先輩もしかしてどっか行きたいんすかー??」


「どっか行くとしたら飯か? 俺はこのあとなんも予定ないぜ」


「ッチ……めんどくせェ、俺はパスだ」


「えぇ! ダメダメ、行くなら全員で! 蓮くんも悠くんも強制連行ね」


 反対気味な蓮と悠を無理やり連れて来させようとする咲さん。あの不良二人組にあんなに強気で行けるのはきっと咲さんだけだろう。


「とりあえず、行くか行かないかもどこ行くかも歩きながら決めようぜ! どのみちここら辺に飯屋はねぇし」


「おいッ! 勝手に話し進めんな、俺は行かねぇかんな!」


「もー、そういうのダメっすよ! 誰かが欠ける、これはグループ崩壊の元っすよ!」


 皆はとりあえず駅に向かって歩き始めた。

 道中で話は次々と進んでいく。いつの間にか、飯屋に行くのは「予定」から「確定」に昇華していた。さらには蓮も悠も来ることになった。咲さんと明日香のコミュ力に気圧されたのだろう。

 駅に近づくにつれて人も店も増えていく。


「どこか行きたい店とかあるんすかー?」


 最前線を歩いていた明日香は振り返ってそう聞いた。全員に質問したようだが、皆は綾人に答えを委ねていた。やはり言い出しっぺにはその責任があるのだろう


「んー、まぁ中華と……か…………」


 ちょうど数メートル先に中華があったのでそう答えたのだが、その店の前にとても見覚えのある人物を発見した。

 腰まで流れている白金色の髪の毛。あの背丈と、一つ一つの行動の大きさ。守りたくなるような小動物感。

 普段よく話している人と酷似……いや、そのものだった。

 ――あれは。


「ナターシャ――――?」

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