第7話 球技祭前前日①


 体育館は十五時から十八時まで借りている。残り十分で十五時となるのだが……。


「はぁ……」


 現状、体育館の前には綾人しかいなかった。

 十五時になるまで体育館には入る事が出来ない。そのため外で待つしかない。

 一人で外で待つというのは意外と悲しくなるものだ。


「――――そろそろ誰か来てもいいだろ……って思ってたところっすね?」


 突然、後ろから声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはニヤついた少女がいる。


「………久しぶりだな明日香、出来れば普通に登場して欲しいんだが」


「にしし、つい」


 腹が立つ言い回しで喋るその子は、明日香という女の子だった。

 この子も中学の時に集まっていたメンバーだ。しばらく見ないうちに髪の毛がだいぶ伸びている。


「髪伸ばしてるのか?」


「少しだけっすよ……。伸ばしても、中学は結ばなきゃダメなんすけどね」


 明日香は鬱々とそう口を開いた。

 実は、中学のいつメンには二人だけ、学年が下の人がいる。その一人がこの明日香という少女である。ちなみにその二人は現在中学三年生だ。


「それにしても皆さん遅いっすねー」


「だな」


「…………『だな』って、こうなんかもう少し気が聞いた返事とか出来ないんすかー? 綾人せんぱーい」


 明日香は煽るようにそう吐き捨てた。

 この明日香という女子中学生は基本的にウザイ。大体の発言や行動が癪に障る。

 周りがちやほやした結果、このムカつく少女が爆誕したのだ。というのも明日香は顔が整っていて、中学ではかなりモテているらしい。つまり、持て囃した周りの大人と同級生のせいということだ。そいつらは、すみやかに反省してくれ。


「というか綾人先輩、ちゃんと高校楽しんでるっすか? お姉ちゃん、『綾人くん死んだ魚の目してる』って言ってましたよ!」


「うっせ、楽しんでるっつーの……それなりに」


 すると、明日香越しに近づいてくる人影が目に入った。しかし明日香は綾人を見ているためそれに気づいていない。


「――こら、明日香。そんな事言っちゃだめでしょ!」


 その正体は咲さん。咲さんは明日香をチョップして叱責した。

 明日香は振り返り「お姉ちゃん!」と言い放ち、咲さんに抱きつく。

 仲睦まじい二人だ。

 ――――実は、彼女らは姉妹である。


「無視すんな、俺もいんぞ」


「なんだ、二人一緒だったのか」


 どうやら涼介と咲さんは二人で一緒に来たらしい。

 家が同じ明日香と咲さんが二人で来ると予想していたため僅かに驚いた。


「いやー実はさっきまでデートしてて……」


 涼介は照れくさそうにそう声を上げた。そんな涼介に明日香は威嚇する。全身の毛を逆立てて、限界まで睨んだ。


「シャー」


 本当に威嚇である。lika a 威嚇では無い。本当に戦闘態勢に入った。


「明日香、久しぶりだなー! 最近会ってなかったけど元気にしてたか?」


「――……うぬっ」


 明日香は謎の音を発した。うなっているのだろうか。


「明日香、落ち着けって」


 綾人は明日香たしなめる。よくある光景だった。

 お姉ちゃんが大好きな明日香は、そのお姉ちゃんの彼氏である涼介を良く思っていない。

 故に、明日香は涼介に悪態をつく。しかし涼介はそんな事気にもとめずに、ヅカヅカと明日香の領域に踏み込む。

 それが火に油を注ぎ、再び明日香は燃えるのだ。


「大体なんなんすか涼介先輩は! 先輩はお姉ちゃんの彼氏かもしんないっすけど、私は認めてないっすから」


「えーそれは困るな……結婚する時には全員が納得する形で結婚したいし」


 それを聞いて明日香はさらに激昂した。火を噴きそうな勢いだ。一方それに気が付かない涼介は、無意識でどんどん燃料を投下する。


「なんなんすかマジで!! 癇に障る人っすね!」


「いや待て、癇に障るってお前が言うな」


「綾人先輩は黙っててください!」


 癇に障るという点に関しては、明日香に勝る人はいない。その点を明日香が指摘するのは少し違う気がする。


「だいたい! 涼介先輩は私の事どう思ってるんですか!?」


「え?……いやそんなの」


 涼介がそこで言葉を切ったことにより、一度時間が止まった。

 それにより、その場の全員が涼介に注目する。その緊張感に綾人も思わず唾を飲み込んだ。


「――いずれ俺の妹になる娘だと思ってるけど」


 それを聞いた明日香は、グフッという効果音と共にその場に倒れ込む。涼介の重いパンチがクリーンヒットしたようだ。勝負はその一言によって決まった。

 そして、涼介の言葉で大ダメージを食らったのは明日香だけではなかった。


「涼ちゃん………………」


 誰に聞こえるのかも分からないような小声で咲さんはそう囁いた。

 咲さんもかなりダメージが入ったようだ。顔がとても赤くなっている。しかしそれは、怒りではなく照れであった。


 言葉による殴り合いとはよく言うが、おそらく今みたいな状況に使う言葉なのだろう。今のやり取りは殴り合いそのものだった。


「んで、この惨状はどうしたらいいんだろうな」


 現場は既に収集が付けられなくなっていた。

 ダウンした明日香と、照れて周りが見えていない咲さんと、困惑している涼介。とにかくカオスである。


「なぁ綾人、なんでみんな喋んなくなったんだ?」


「さぁ、なんでだろうな……」


 綾人は早々に、その場をまとめるのを諦めた。

 どのみちそろそろ十五時になる。そうなればみんな動かざるを得なくなるため、現状は放置という事にした。

 そして、問題はもう一つあった。さっきも言ったように、まもなく時間になる。しかし今来ているのは四人。残り二人はまだ来る気配がない。


「遅いな」


 思わずそう呟いた。

 すると、それに呼応するかのように涼介のスマホがピコンと鳴る。


「あ、あの二人から少し遅れるって連絡来たわ。先バスケしてて良いってさ」


 涼介が簡単にメッセージを読み上げる。

 それを聞いた綾人達は体育館への移動を開始した。

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