第3話 昼休みの一幕

 十三時、昼休み――。


 外の広場は人気スポットだ、生徒が多い。綾人と涼介もそこで弁当を食べている最中だった。


「綾人さ。今日さきと勉強会やるんだけどお前も来るか?」


 涼介には彼女がいる。それが咲さんという人だ。どうやら二人で勉強会をするらしいのだが……。まぁ、まず行く気が起きない。涼介と咲さんの他に誰かがいるならまだ考える余地はある。しかし、二人きりの勉強会にお邪魔するのは、あまりにも綾人がいたたまれない。


「…………それ俺いらないよな絶対」


「あぁーわり、今のは言い方が良くなかったわ……。来るのは咲だけじゃない。あいつらも来る」


「なんだ、来るのか」


 咲さんとは綾人も仲が良かった。中学では綾人と涼介と咲さん、そして、でよく集まっていた。

 涼介の言うあいつらとは、その他数名の事だ。

 全員面白いし仲もいいので出来れば同じクラスになりたかった。しかし残念なことに、涼介と綾人以外はバラバラだ。九クラスあるためこればっかりは仕方ないだろう。


「……今日は無理だな、せっかく誘ってくれたのに悪いな」


「あぁー、分かったわ」


 そこで話は終わったかのように思えたが、なんかさと涼介は付け足した。


「――綾人、最近放課後忙しいよな、そんな早く帰って何してんだ?」


 良くない流れである。

 まさか口が裂けても、執事やってますなんて言えない。

 しかし、こここら話を流すのは逆に怪しまれそうだ。


「バイト……かな」


「えっ? まじか、どこでバイトしてんの?」


「うーん……家庭教師みたいな?」


「ガチっ!? 珍しいバイトしてんなぁ……」


 咄嗟についた嘘だが悪くないと思った。家庭教師ならバイト先に冷やかしに行く流れとかにもならないだろう。

 しかも、完璧な嘘じゃない。実際に人の家で働いているため、少し真実も混ざっている。嘘をつく時は少し真実を入れると信ぴょう性が増すと聞いたことがある。


「そういうわけだから、放課後誘われても行けない事がある」


「ちぇ……」


 涼介が軽く舌打ちをした。お嬢様のためとはいえ、嘘で誤魔化したことについては心の中で謝罪する。


「――――涼ちゃん! 綾人くん!」


 そう声を上げて女子生徒が近づいてきた。場所手をブンブン振っている。


「おぉ! 咲じゃん!!」


「咲さん……!」


 この女子生徒こそ、涼介の彼女である咲だった。外の広場で飯を食べているところをたまたま見つけて近づいてきたという様子だ。


「二人で何してるのー? って、うわ! お弁当食べてるじゃん! 私も誘ってよ!」


「いやー、咲もクラスの友達と食べてるだろうなと思ってさー。もしかしてボッチ飯だったか?」


「いや全然? 友達と食べてたよ?」


「なんなんだよ……」


 二人ともコミュ力もテンションも高い。片方と近くにいるだけでも疲れるが両方集まると、ものすごい熱量だ。あと会話がやかましい。


「あ、そうえば綾人くん今日の勉強会くるの?」


「俺はちょっと予定があって行けないんだ、ごめんな……」


「えぇ!! 私達より大切な予定があるんですか!」


 咲さんはそう言うと頬を膨らましてそっぽ向いた。


「こいつ家庭教師のバイトしてるらしいぜ」


「家庭教師!? すごっ……私にも勉強教えてくれない?」


「一時間で二千五百円な」


「うっ、なんかそれっぽい金額」


「というか咲、友達とご飯食べてたんだろ? 抜け出してきていいのか?」


「あ、確かに! そろそろ戻らなきゃか……!」


「誰とご飯食べてたの?」


 高校に上がったとは行っても半分以上は内部進学の生徒だ。もしかしたら知ってる人かもしれない。


「あの人っ!」


 そう言って咲さんは少し遠くを向いた。

 目線の先では誰かがはにかみながらこちらに手を振っている様子があった。一見咲さんに手を振っているように見えるが、少し違和感がある。

 なぜか自分と強烈に目が合う。あれは綾人に向けてのアクションだ。他のふたりには分からないだろうだろう。目が合っている綾人だけがその違和感に気づいた。


「お……おい、あれって……」


 涼介が少し震えながら口元を押えた。

 涼介の反応でハッとした。あの上品な動き方と、咲さんの向いた方角。そして、綾人に合図を送っている意味。知ってる人なんてレベルじゃない。あの人は……。


「有栖川早苗さん! 友達になったんだよね! へへっ」


「……っえ」


 綾人の間抜けな声は、後の涼介の驚きによる叫びでかき消された。


 ***


 ――十九時。


「九条」


 鈴を転がすような声が耳に入った。

 お嬢様が本を置いて、こちらに顔を向ける。


「いかがなさいましたか?」


「あなたも高校生なのだから、人並みに青春をしても私は咎めませんよ」


「……お心遣いありがとうございます。しかし私は高校生である以前に有栖川家の使用人なので、青春に現を抜かしていたら旦那様に怒られてしまいます」


「真面目なのですね。部活でもやってみたらいいと思いますけど」


「まさか……部活を始めたら帰る時間が遅くなってしまいます。一分でも長く御屋敷に居なければない身ですので部活はしないですよ」


「そうですか……。私に気を遣いすぎて自分の本心を押し殺さないよう。これだけは心に留めておいて」


「かしこまりました」


 お嬢様は本を手に取ってまた読み始める。


 ――しばらく時間が経った。カップに七割ほど入っていた紅茶も気づけば無くなりそうだ。

 紅茶を足そうとした瞬間、突然お嬢様が口を開いた。


「――――そうえば……咲さんはなかなか愉快な方ですね」


「そ、そうですね……」


 咲さんはかなりアグレッシブな人だ。もしかしたらお嬢様に迷惑をかけているかもしれない。

 いやきっとかけているだろう……。


「家庭教師だったかしら?ふふっ……随分コミカルな法螺ほらを吹いたのですね」


「えっ……?」


「『綾人くん、家庭教師やってるんだよ、凄いよね』って彼女、嬉々として話してましたよ」


「つい咄嗟に嘘を……申し訳ございません」


 お嬢様は構わないですよ、と薄く笑って言った。一挙手一投足がいちいち丁寧だ。微笑みからそれが感じとれた。


「しかし……このままだとあなたの嘘も、私たちの秘密も……周囲が認知するのは時間の問題かしらね」


「……何か手を打ちますか?」


「必要ありません」


 お嬢様は花柄の栞を本に挟んで閉じた。ちらっと見えた時、残り数ページ程で終わりそうだったので、読み切ってしまえばいいのになと思った。

 その後に、お嬢様はカップの中の僅かな紅茶を飲み干した。そして、空になったカップを綾人に渡す。


「これ、片付けてくれますか?」


「かしこまりました」


「さて、私は今から授業の課題をやります。九条も今日のところは自室に戻ってお休みになってください」


 綾人はそれを了解してお嬢様の部屋を後にする――――。


 ――時刻は十九時半ぴったり。


 お嬢様が残り数ページで本を閉じたのは十九時半になったからだと納得した。あの人は時間をとても大切にする。時間のためならたとえキリが悪くてもそこで手を止める。

 その時間への固執は尊敬と同時に少し恐怖でもあった。

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