29「究極の軍団ゴロシ」

 ホールの営業時間は9時から23時として14時間、細かいさまざまな時間浪費を差っ引いて稼働できるのが13時間としよう。


 フルウェイトで1Gが4.2秒とすれば、単純計算で11000G以上回せることになる。ただ、純ボーナスの消化や、トイレやメダル補充といった必要最小限のロスを考慮してざっくり10000Gとする。それなりの打ち手ならば、ぶん回しの基準を“万ゲー”と呼ぶのはそれゆえだ。


 1Gがメダル3枚、つまり純粋なプレイに必要なメダルは3万枚。


 それに対して、払い出しを設定ごとに異なる機械割で算出することになる。


 “機械割”という呼び方は本来ホール側が全体的な売り上げに対しての景品発行の割合を示す際のもので、正確には“出玉率”や“ペイアウト”と呼ぶべきものではある。が、打ち手側には機械割という呼び方がもはや浸透しており、それを細かく指摘するのも無粋であろう。言葉は変化して移ろいゆくものだ。


 機械割が高設定で110%とすれば万ゲーで3000枚のプラス、これを20人分として6万枚、等価交換として1日で120万円の勝ち分が出る。打ち子に大盤振る舞いで1人1万円の給料を渡したとしても、100万円が親の懐に入る。


 ──が、全ては机上の計算。


 上ブレもあれば下ブレもあって当然。13時間という限られた時間の範囲ではG数を消化していく中での状態、その期待値の高低差も大きい。そもそも閉店時間という区切りがある時点で必然的に本来の数値より機械割は下がる。


 そしてリセット恩恵など機種特性の違いこそあれ、避けようのない通常時を消化させられる期待値の低い状態が朝イチ。ましてや交換ギャップのあるホールで貯玉を使えず現金投資を強いられると、そのダメージは大きい。


 ましてや、その台が回収の見込めない低設定ならば──


 


『2本目入ります』


『通常Bスルー、天井まであと7k』


『リセット単発分消化、投資再開します』


『現金もう無いのです。金ください』


『左が56確、右が456確もう出てます。自分のは3枚目入りますが続けますか?』


『スルーした番長3が祭り、うちらが抑えた絆はお通夜です』


 


 打ち子グループのラインは阿鼻叫喚あびきょうかんで満ちあふれていた。


 親の男は島を周って打ち子に現金を配りまくり、足りなくなってすでに2回はコンビニのATMに走っている。


 抽選で都合よく遅番を引いたヲタはわざと狙い台からあぶれ、徘徊はいかい役を買って出ていた。


 流出していた台番号に打ち子たちが座るのを確認し、空いていた場合は他の打ち子を呼んで打たせる。


 体よく信頼を保ちつつ、自らの金は使わずにグループの現金消費をうながしていた。


「なあ……おい、いいか?」


 色を失った親の男が、周りも気にせずヲタに声をかけてきた。


「これってヤバくねえか? 都合よく増えてる貯玉使って高設定ぶん回して、最後に全部換金してぶっこ抜くはずだったんだが……もうすげえ額の現金が溶けてる。城之内さんに指示されてとりあえず俺の口座使ってるけど、もう1日の引き落とし限度額いっちまいそうだ」


 信頼されているのはありがたいが、動揺のあまりにそこまでネタばらしをしてくるのも滑稽だった。もっとも、全ては最初からこちらの手の内ではあったが。


「高設定でも……展開が悪ければこんなことは……よくある」


「そりゃあ分かってるけどよ、さすがにこれは」


「……こういう時のために……打ち子を増やしたんだろう……ブレは数でカバーするしかない」


「でも、もう金が!」


「再プレイはできなくても貯玉を下ろせば……いくら抱えているかはしらないが」


「貯玉おろして現金でプレイするとか、いくら俺でもバカげているのは分かる。それに今はまだ景品交換所が空いてねえんだよ!」


「じゃあ……その城之内という奴から引っ張るしかないだろう……お前がそこまで被る必要もない」


「そうだよな、俺だけがバカ見ることねえよな──ああ、なにキョドってんだ俺。ありがとう、落ち着いたわ」


「……ああ」


 親の男はヲタに礼を言うと、ホールの出口へと走っていった。


 人間を掌の上で転がす快感。それは嘘をつく罪悪感を消し飛ばしてしまいかねない。


 心地よさに浸って我を忘れそうで、ヲタは胸中に残るとげのような引っ掛かりを否定しないように努めた。


 こんな時はキャバに相談したくなるが、今はいない。


 もし彼女がいれば、自分の良いところも悪いところも半ば冗談交じりで諭してくれるだろう。


 だが、今はエリートと2人で乗り切る時だ。


 ヲタはパチスロのフロアには見当たらないエリート、そして仲間たちに向けて現状報告のラインを送った。


 


 


「物の見事に喰い付いてるな」


 瀬戸口はヲタのメッセージを見てからホールコンピュータが示す数値を確認し、隣に座る副店長に声をかけた。


「え、ああ……そうですか」


 監視カメラを見つめながら力ない声で副店長が答える。


「お疲れか? まあ、寝てないしなお前は」


「あれは対応せざるを得ませんし、マネージャーだって似たようなものでしょう」


「いやいや、さすがに今回はお前がMVPだよ」


 バックヤードの事務室に、瀬戸口と副店長は待機していた。


 2人でホールコンピュータと監視カメラをチェックし続け、状況を見守っている。


 店長が特定の会員の貯玉を操作していると分かった時、奴らが本腰で仕掛けてくるタイミングでパーソナルシステムを止めてお出迎えする、というアイデアを提案したのは副店長だ。


 不正で得た大量の貯玉を抱えているという相手の優位を奪い、さらに実際に高設定が入っているという餌をまき、大量の打ち子動員というコストをかけた以上は退くことができない状況を作り出す。


 そして特殊景品の交換所は昼12時オープンに調整し、打ち子グループに現金投資を強いる。ダメージを与えて貯玉を交換せざるを得ず景品カウンターに打ち子グループの人間が来たら、その顔と登録情報を一致させつつ「少々お待ちください」と足止め。


 投資用の現金注入、あるいは撤退の為に大量の特殊景品を交換する以上は、雇われ打ち子でなくそれなりの地位にある人間が現れるであろうことを想定し、あとはその人間を丁重に事務室へとご招待。そういう寸法だ。


 パーソナルシステムの一時的な切り替えについては、キャバの父が社長を務める里中技研の協力が大きかった。相談を持ち掛けると、導入済みの計数システムを利用しながらメダルをジェットカウンターに流す旧式のシステムを組むのは可能と分かり、今回のグランドリニューアルで実践することにしたのだ。


 その結果、いま目の前で監視カメラに映し出されているフロアの映像には頭上や別積みのドル箱が各コーナーに映し出され、旧来のホールに見られる熱い光景が再現されていた。


「正直、ここまで上手くいくとはな。適当なところで手を引かれても仕方ないと思ってたが、この景色を作れただけでも俺はもう満足だよ」


 瀬戸口は副店長の肩をバンバン叩いてその功を労った。


 過剰なスキンシップに顔をしかめつつも、嬉しさは隠しきれない様子で副店長はいつもより饒舌じょうぜつになる。


「完全とは言えないプランの最後のピースがハマったのが、あの男のおかげというのも皮肉なものです。もしかしたら、あのキャバさんとヲタ君があそこまでしたことで奴らを焦らせた、一気に仕掛けようと思わせたのかもしれません。それにしても、あそこまで大胆だとあきれるのを通り越して賞賛に値しますね」


「うちとしてはありがたい限りだったがな。だが、もうこれで店長に退職金を出す情状酌量も無くなったよ」


 瀬戸口は肩をすくめて、PCに映し出されている今日の設定表を眺めた。


 昨日の閉店後、予定ではパーソナルシステムを停止して計数システムを切り替え、ジェットカウンターをフロアに設置する作業をすれば準備は終わりのはずだった。


 しかし、その準備に取り掛かろうとしたところに珍客が現れた。


 泳がされていることに気付いていない自宅待機中の店長が、まだまだ泳ぎ足りないとばかりに深夜に裏口から潜入してきたのが監視カメラに映し出されたのだ。


 潜入者の為にこちらが気配りをするというのもおかしな話だが、瀬戸口はフロアに出て身を隠し、副店長は通常業務と同じように休憩スペースのソファで横になる。


 すると店長は、先日の清掃作業中にみどりが目撃したのと同じように事務室に入っていく。瀬戸口と副店長はそれを止めようとはせず、存分に内部工作をしていただいた。


 事を済ませた店長が出て行った後に2人が事務室に戻ると、副店長によるデータチェックが始まる。


 すると以前より大幅にパワーアップして会員の貯玉情報が改ざんされ、さらに明日のパチスロの設定表にもアクセス履歴が残されていた。


 何が狙いかをすぐに理解した2人は、決して気が合う間柄でもないのにうんの呼吸で動き始めた。


 そこからは時間との戦い。


 設定の組み直しから始めねばならず、店長が盗み見ていった当初のバージョンの裏返しとなる素案をシミュレータにぶち込んで割数を見る。


 当然そのままでは使い物にならないので、機種の出玉率や人気度、設定推測の難易度や波の荒さなどを考慮して微調整を繰り返す。


 以上の作業は瀬戸口、副店長は計数システムの切り替えを担当した。


 エリアマネージャーに上がったとはいえ数えきれない設定を組んできた瀬戸口、店長が闇落ちした今このホールを完全に回している副店長、話し合う必要も無かった。


 そして互いの作業が終了したら、手分けしてジェットカウンターの設置とテスト。


 それが片付いたら最後に新しい設定表に基づいたパチスロ全台の設定の打ち直しだった。


 以前に冗談で言ったことはあったが、本当に2人で競い合うように片っ端からきょうたいを開けて打ち直していくことになるとは夢にも思っていなかった。終わった頃には早出の社員が出社してくる時刻になり、2人に休まる時間は与えられなかった。


「ふわあ……さすがに俺も眠いわ。昔はよくあったけどな、夜に設定組んでお得意さんとの飲みや麻雀に付き合って朝に店戻ったら仮眠、そのまま早番とか」


 瀬戸口があくびを漏らしながら武勇伝をこぼす。


「そういった文化は絶滅すべきです。いや、します」


「どうした、徹夜明けでテンション上がったか?」


「あなたほど刹那主義ではありませんよ──上がっているのは認めますが」


 目元にくまを浮かべながら、副店長は素知らぬ顔で答えてみせた。


 


 


「ちっ、アイツ出やしねえ。今日は遅番で入るとか言ってたろ!」


 ホールから少し離れた側道。車の流れが少ない車線の路肩に停められた黒のワンボックスバンの車内で、城之内は悪態をつきながらスマホを座席シートに投げつけた。


 ホール内に差し向けている打ち子の親たちが、開店後からギャーギャーうるさい。


 貯玉が使えない、下ブレが激しい、現金が足りないと文句ばかり言ってくる。


 こちらが設定をつかんでいる以上、ぶん回せばいいだけだろうが。


 稼働が始まってしばらくはそう思っていたが、現場からの悲鳴があまりに大きく大量の打ち子がハイペースで現金を溶かしていく。


 城之内はさすがにおかしいと思い、前夜に情報を流してきた店長に直電をかけた。


 しかし電話はつながらず、城之内のいら立ちは募るばかりだった。


 あの店長は借金まみれで今の店でもポジションを失い、他に行き場もなく下手な真似をするわけがない。しかし、無能がゆえに想像を超えるヘマをしている可能性はある。


 現場の親たちは文句を言うばかりで、自力で何とかする頭を持った奴は誰もいない。


「クソが!」


 城之内は目の前の助手席シートを蹴り上げた。


 そして貧乏ゆすりをしながら何度も舌打ちを繰り返すと意を決する。


 足下に投げ捨てられていたスマホを拾い直すと、城之内は黒のワンボックスバンから外に出た。


 


 ──監視されているとも知らずに。


 


『そちらに向かった。車種、ナンバー、あの金髪の風貌、城之内で間違いない』


 エリートはホールへと向かっていく城之内を物陰から見届けると、ライングループにメッセージを送った。


 すでにホール内では、打ち子グループたちがピンポイントで朝イチから低設定をぶん回している。


 そして彼ら以外の台は軒並み良挙動で、パーソナルシステムが使われずメダルの積み込まれたドル箱が視覚情報として一般客にも打ち子たちにも植え付けられている頃だ。


 店は出しにきている。自分たちだけ負けている。


 聖人君子でもない限り、打ち手としてこれほど許し難い状況は無い。


 ましてや一時の射幸心や快感を満たすための一般客でなく、金を奪いにきているゴト集団ならばなおさらだ。


 美味しい餌と思って喰い付けば、それは毒団子。


 そんな打ち子たちが罠にかかった様子を確認すると、エリートは指揮を出しているであろう城之内が近くに来ている可能性にかけて、駐車場や周辺地域を捜索していた。


 ショータから情報を得ており、相手に顔バレしていない自分こそが最適だと判断してのことだ。


 そして、狙いは当たった。賭けをするのは、リスクとリターンが見合っている時だけだ。


「なるほど──人を外見で測るのは危険だが、生き様が外見を作り出すともいう。いかにもキャバが嫌いそうなタイプだ。それに遠くからでも下衆の匂いがする──ヲタならすぐにかぎ取りそうだな」


 エリートは仲間たちに思いをせつつ、情報のハブ役に戻ろうとスマホを手にする。


 グループラインを開いて未読メッセージを確認すると、そのうちの一つを見て手が止まった。


「我慢できないか。らしい、な」


 エリートは苦笑いを浮かべざるを得なかった。

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