28「これがホールの本気の“対策”」

 エリートがスマホの時刻表示を見てホール入口の方を見つめる。


(──そろそろか)


 しばらく見守り続けていると入口のブラインドが開けられ、電源が切られた自動ドアを手で開けて中から店員がぞろぞろと出てくる。


 抽選を終えたばかりの開店前にしては多過ぎる人数だった。


「本日はご来店いただき誠にありがとうございます。本日の当店の営業システムの変更についてお客様にお知らせいたします」


 正面入口の前に脚立が置かれると、それに乗った店員のうちの1人が拡声器を使って話し始めた。


「大変申し訳ありませんが、本日はパーソナルシステム不調の為、貯玉でのご遊技はできません」


 ────!


 このアナウンスを聞き取ることができた周囲の客は、予想外の内容に誰もが耳を疑って声の方向に振り向いた。


「本日は貯玉を下ろしてのご遊技、出玉のパーソナルシステムのご利用はできません! その代わり出玉を持っての移動、他のお客様との出玉の共有はOKとなっております」


 店員の声に対し近くの客が集まり、その動きがさらに周囲の人間を呼んで一気に人だかりとなっていった。


 店員が繰り返しパーソナルシステムの不調を訴え続けていると、それを囲むように集まってきた客から質問や罵声が飛んでくる。


「おいおい、等価じゃねえだろこの店! 朝っぱらから現金突っ込ませて客を損させる気か!?」


「またかよこの店? せっかく来てやったのにヤル気あんのか?」


「だったらもっと早く言えよ! 現ナマ用意してきてねえぞ!」


 店員がアナウンスしている正面入口前は騒然とした雰囲気になり、執拗しつように店員を問い詰める者、あわてて近くのコンビニへ現金を下ろしに走る者、あまり気にしていない様子で騒ぎを眺めている者など、反応はさまざま。


 だが、たしかに文句を言っている者もいるが、それが大勢を占めているわけでは無かった。


 打つのを前提で来ている一般客が大半であり、会員カードを利用した貯玉の利用にこだわっている者が全てではない。


 この方法はリスクが大きいのでは? と意見したエリートに対し、今の状態は瀬戸口と副店長が予想した展開そのものだった。


 やはり、業界に長い人間の数字に基づいた分析、そこから答えを導く経験則はしんぴょうせいが高い。単なる老害が成功体験から脳死で結論を出すのとはわけが違う。


 そんな中で執拗しつように店員を問い詰めている男がいる。そこから少しだけ離れた場所で、ヲタがその様子をうかがっていた。


 


「どういうことなんだよ、会員カードが使えないって? それで今日打てるのかよ!?」


 やや焦り気味の様子で、打ち子グループの親の男が店員に食って掛かっている。


「貯玉での再プレイはできませんが、それ以外は問題なくご遊技いただけます」


「そっちに問題なくてもこっちは大アリなんだよ。貯玉腐らせて客から現金ぶっこ抜く気なんじゃねえのか?」


 そう店員に絡みながら、親の男はちらちらとヲタの顔をうかがっている。


 緊急事態だとあわててヲタを呼び出し、側で話を聞いていてほしいと頼まれたのだった。


「こっちは遊びじゃねえんだよ、責任者出せ!」


 パチスロは遊技機だし自ら専業を名乗ってどうするとあきれるばかりだったが、とりあえず堂に入ったテンプレ台詞ではあった。


 すると、しばらくして店員の制服姿ではないスーツ姿の男性が店内から出てきた。


 胸のネームプレートにはマネージャー・瀬戸口と記されている。


「お客様、本日は誠に申し訳ありません。パーソナルシステムが不調で貯玉の払い出しができないのです」


 瀬戸口は絡まれていた店員に代わって、親の男に対して深々と頭を下げた。


「おう、それはもう何度も聞かされてるよ」


 責任者らしき人物が現れ、興奮していた親の男は自己権威欲が満たされて少しだけトーンダウンした。


「俺が言いたいのはな、リニューアルで客集めて本日は現金投資のみです、ってショートしかけたホールが金かき集めようとぶっこ抜きに来てるんじゃねえかってことだよ」


 一見踏み込んだ思考のようで、少し考えればそんなことは何の得にもならないと分かる。


 だが、瀬戸口は表情一つ曇らすことなく答えてみせた。


「お客様、弊社はそのようなことは決していたしません。現金投資こそお願いいたしますが、本日は“問題なく”ご遊技いただけます」


「問題なく?」


 聞き返す親の男に対し、瀬戸口はわざとらしく小声で耳元にささやいた。


「むしろご期待以上の環境でお楽しみいただけるかと」


 親の男は思わず下品な笑みを浮かべて瀬戸口の顔を見返す。


「ご期待以上ねえ、そうかそうか」


 そう言いながら親の男はこちらの方を見てきたので、ヲタはうなずいてみせた。


「じゃあ、しょうがねえな~ウソついてねえだろうな?」


「この商売、お客様との信頼関係で成り立っていますから。ではご入店お待ちしております」


 瀬戸口はそう言うと店内へと下がっていった。


 親の男はヲタに駆け寄るとすぐに尋ねてくる。


「あのマネージャー、きっと話が通ってる奴だな。お前はどう思う?」


「そうだな……高設定台が割れてるなら……貯玉だろうが現金だろうが打てるなら打つべきだろう」


「そうだよな、一度出玉を作っちまえば、あとは共有していけば変わりはしねえ。あとは現ナマか……お前は大丈夫か?」


「……ああ、用意してある……もちろん投資を誤魔化したりはしない……」


「よし、俺は城之内さんに連絡して金用意してくるわ」


 親の男はそう言うと、スマホを開きながらコンビニのある方向へと小走りに去っていった。


 ヲタはその姿を見届けてから周囲に目を配る。


 城之内やその取り巻きなど顔バレしている相手がいないことを確認し、同時に視野内にエリートがいることにも気付いていた。


 決してその方向を見ることは無く、ヲタはラインを開きテキストを打つ。


 


   ヲタ『ここまで予定通り。奴らは現金投資するつもりだ』


 エリート『OK。では2人とも入店して見届けよう』


 


 エリートはすぐに返事を打ち返し、第一段階のクリアを他の仲間たちに伝えた。


 


 


「チミたちよく来たね~。俺が来たからって出るとは限らんよ?」


 再整列前で人が集まり出した店舗前に人だかりができている。


 日出会館宇都宮中央店には三太郎という演者が来店しており、ファンや追っかけがそれを取り囲んでいた。


「まあ、“いつも通り”だからね。代行してほしかったらいつでも呼んでいいよ~」


 それを遠巻きに眺めながら、浅野夫妻はのんびりと開店までの時を過ごしていた。


「向こうは引っかかったみたいだよ。楽しみだなこれは」


 浅野がスマホを確認してニヤニヤしながら妻の真由美に語りかける。


「悪い顔してるわ、なお君。あの頃はまだギラギラしてたけど真っ直ぐだった。今のは何かこう……ダメな大人って感じ」


「仕方ないよ、歳を喰うと失敗が許されなくなってくる。楽しみなんて若者を応援するか、悪い奴を懲らしめるくらいしかない」


「そうかな、他にもあると思うんだけどな」


「他に何が?」


「それはなお君が気付いたらってことで。それで今日は好きに打てばいいの?」


「構わないよ。どうせ真由美さんが打つだけで、賢しい奴らの目が狂わされるのは手に取るように分かる。他のちょっとした段取りは俺の方でやっておくから」


「ふ~ん、まあいいわ。あの子たちが今日を最後に、変なことに巻き込まれなければ」


 真由美は横目でじっとりと浅野をにらみつける。


「分かってるって。元をたどれば俺の遊び心が発端だけど、乗り気になったのは彼らだ。ただ、キャバちゃんの件はさすがに冷や冷やしたよ。瀬戸口も同じ考えだったが、もしあれ以上の事態になっていたら、全てをストップして警察に届け出ていただろう」


 夫をとがめる妻の言葉に、浅野はざんの意も含めて正直に答える。


「本当に危なっかしいのが好きよね、私と結婚してからしばらくは息を潜めていたと思ったのに」


「それはその……」


「分かってましたけどね──あら?」


「そろそろか。じゃあまた後で」


「はーい」


 店員が再整列開始のアナウンスを始め、周囲の客たちが動き出す。


 浅野夫妻も抽選で引いたそれぞれの番号に合わせて列へと向かっていった。


 


 間もなく開店を迎える入場待機列は店を囲んで駐車場まで伸び、300人は優に越えている。


 その列の20番目ほどには、先程までファンたちに囲まれていた三太郎がいる。


 そして、それより前の3番目に並ぶ青年はキャップを目深にかぶり白マスクを着け、うつむきながらただ時を待っていた。


 前後の客がスマホとにらめっこをしてフロアのレイアウト図や台データを必死に確かめている中、その青年はパーカーのポケットに両手を突っ込み地面を見つめている。


 店の入口、自動ドアの向こうから音楽が流れてくる。


 それを合図に青年は顔を上げ、番号がプリントされた入場券をポケットの中で握りしめた。


「お待たせいたしました! 1番のお客様から10人ずつ、入口で入場券と台確保券を交換の上で走らずにご入場ください」


 腕時計を見つめていた店員が顔を上げてアナウンスすると、先頭から列が動き出した。


 前2人がそれぞれの狙い台を目指して早足で歩き始め、さっそく店員に注意される。


 一方、青年は後ろの客に抜かせないペースで歩みを進める。


 パチスロの島に到着すると、台を確保しようとはせずズラリと並ぶきょうたいの液晶画面に視線を向けた。


 その視線を固定したまま角台のリール盤面下にあるメニューボタンに手を伸ばす。


 すると青年は台には座らず、1台また1台と歩きながらメニューボタンだけを押していった。


 タンタンタンと規則的に乾いた音が響き、それに合わせて機種ごとのメニュー音声が流れていく。


 すでに入場して確保された台は飛ばして、ただ淡々と端から端へ流れるようにボタンを押していく。


 その動きが止まったのは、5台構成の機種で真ん中の1台だけ液晶画面のデモ映像が他とズレている席だった。


 ──しかし、青年が歩みを止めたのは一瞬だけ。その台を確保はせずに再びメニューボタンを押していく作業を再開した。


 少しずつ店内には客が増え始めてその作業は飛び飛びになりながらも、ジャグやアクロス系を除いたほとんどの液晶画面の付いた機種を踏破していく。


 そして、ようやく違和感に気付いた店員が青年に声をかけた。


「お客様、そのような行為は当店では……」


「あ、すみません」


 青年は手短に謝罪して頭を下げると、作業を止めて周囲を見渡した。


 すると自分より後に入場した演者の三太郎が、台を確保せずに顔色を変えて島を右往左往している。


 それは三太郎の打つ機種やその周辺を狙っている打ち手たちも同様で、かなりの数の客が店内に入ってきているにもかかわらず通路をうろうろする者ばかりという異様な光景となっていた。


 青年はその様子を見届けると迷わず出口へと向かい、台確保券を店員に返却して店外へと出た。


 振り返ることなくホールから離れ、敷地を出て歩き続ける。


 周囲に人の気配が無くなると足を止め、スマホを手に取ると耳に当てる。


 数回の呼び出し音の後に、青年は通話を始めた。


「──お疲れさまです──大丈夫です、もう店を出ました──はい、椿さんの予想していたとおりで今日は5台島の物語セカンドでした」


 会話が続くにつれて朝から張り詰めて続けていた緊張が解けたのか、青年の表情にはあんが浮かんでいる。


「──いえ、もう俺が椿さんに恩返しできるのこれくらいしかないんで……実家帰って仕事探します──スロは……もう辞めます」


 青年はいくつも感謝の言葉を並べ、話しながら頭を下げる。


「はい──金も絶対に返します、返させてください──俺なんてただの打ち子だったのに本当にお世話になりました」


 青年は通話を終えると大きく息を吐いて天を見上げる。


「椿さん、借りは返しましたよ」


 誰に聞かれることもない独り言を吐いて、青年は再び歩き始めた。


 


 エリートはショータとの通話を終えると、すぐにラインで浅野夫妻に情報を送った。


 継続してデータを見続けてきて感じていた、マーベラスと日出会館の両方に見えていた全系が朝からすぐにぶん回される現象の正体。


 店長が自宅待機になった途端にマーベラスでそれが無くなり、みどりやキャバの情報からデモずれを仕込んでいたことの裏付けとなった。


 その後、ヲタが日出会館をチェックして同じ手口をやっていることを確認し、それを打っている面子の中にあの時のゴトのメンバーがいたのを目撃した。


 それだけならばゴト集団が各店舗を荒しているという結論になったが、キャバが身を張って日出会館が陰で糸を引いているという真相を得た以上、それはサクラであることが疑わしい。


 その段階でエリートはショータに連絡を取った。当面の生活費を渡して城之内の打ち子グループから手を引かせていたが、彼ならば何か知っているだろうと。


 すると、ショータはサクラの存在を肯定する情報を与えてくれただけでなく、借りを返したいと自らサポートを申し出た。


 その結果、ショータは先ほど連絡があったとおりに演者用のデモズレ仕込みを無駄にさせただけでなく、前夜に密会していた店長たちの写真を撮り3台の車のプレートナンバーまで入手してきたのだ。


 正直、自分の打ち子をやっていた頃のショータがここまでできるとは思っていなかった。


 闇社会に引き込まれる寸前を救った貸しはあったが、それに対して余りある恩返しだった。


 この情報は確実に活かす。


 ただ、今はその前に最後の確認がある。


 開店して数分。パチスロの在席率は7割ほど、バラエティと機械割の低いジャグ系に空き台が目立つ。グランドオープンの打ち手が台にあぶれていた状態とはあまりに差が大きい。


 だが、それ故に状況はつかみやすかった。島を徘徊はいかいしながら頭の中に入っているレイアウトと台番号を目の前の光景と照らし合わせる。自分の覚えている番号の台は、機械割や機種を問わずもれなく埋まっていた。


 そして間もなくヲタから連絡が入る。埋めている奴らは打ち子グループのメンバーで間違いないとのことだった。


 これでもう半ば仕事は終わったようなものだ。


 誰もがサンドに現金を突っ込んでメダルを下皿に払い出し、躍起になって打ち始めているパチスロ島を見届ける。


「ここからは出たとこ勝負だが──僕たちのいつもの立ち回りと変わらないよな?」


 別行動を取るヲタ、今日は姿が無いキャバに問いかけるような独り言をこぼして、エリートは店外に出た。

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