21「ホールと打ち手のガチ交渉」
「まず初めに。改めて先日の件はお詫びとお礼を申し上げます。縁日の責任者も感謝していました。その後、後遺症などありませんでしたか?」
3人が来た直後はタメ口だった瀬戸口が、敬語で会話を切り出した。
キャバとヲタが共に問題ないと返すと、瀬戸口は話し続けた。
「お客様たちが良心的な方たちで本当に助かりました。質の悪い人間なら弊社のグランドオープンを潰すこともできたはずですから」
そして少し溜めてから〆の言葉を言い放った。
「──まあ、2日目に半分潰されたんだけどな!」
トーンを変えたタメ口と共に笑い出す瀬戸口。
しかし、どう反応すればいいか読めず若者たちが黙っていると、いたたまれず浅野が割って入った。
「オッサンのギャグは伝わりにくいし、年下には笑えないんだよ。上司部下の関係なら、愛想笑いでもしてもらえるけどな。初っ端からスベるのは勘弁してくれ、俺も人のことはあまり言えないけどな」
目を丸くする瀬戸口だったが、すぐに気付くと頭をかきながら弁解を始めた。
「すまない、今回は違いを明確に分けないとお互いにやりにくいと思ってな。この前は“お客様”で、今ここでは“パートナー”として語り合いたい。君たちも気を遣わずに話してくれないか」
そこまで言われて納得した様子で、エリートは若者側の代表として口を開いた。
「分かりました、それは気にしていたので助かります。僕たちの方からも一つ、お話しする前に確認があります」
「どうぞ遠慮なく。言ったとおりここからは対等な立場だ」
自然と場は瀬戸口とエリートの会話で進み、他の4人はその行方を見守る形となっていった。
「今回お話をすることで、御社の系列店で僕たちが打てなくなることはありますか?」
「ああ、それは気にしなくていいよ。バイトしたわけでも事務所に入ったわけでもない。ましてや、うちでは当然サクラも雇ってないし設定も漏らしてないから、その点は安心してくれ」
「ありがとうございます──では、僕たちの方からお話ししましょう。今のお言葉でさっそく確認したいことも出てきたので」
この会合は、浅野が瀬戸口に話をつないだことにより設けられた。
発端となったのは、エリートからの連絡だった。
エリートたちがあの時に直面し、彼らなりの疑問とそれに対する行動で得た情報を聞かされた時、浅野は腹をくくった。
きっかけは半ば気まぐれでもあり、期待でもあった。そしてアクシデントさえも、彼らがどう立ち向かうかを見守りたかった。
その立ち振る舞いは経験の無さゆえに至らない部分もあったが、口出しをするほどのことでもなく十分と言えるものだった。
だが、彼らがその後に真っすぐ思いをぶつけてくるとは思わなかった。
それは若さゆえの拙い情熱かもしれない。それをいなして誤魔化すこともできる。
だが、これは受け止めるべきだと心の声が
自分はまだ、上がりを決め込んだ大人ではない。
「なるほど……偽造された台確保券とそれを使った不正確保については、互いに目撃したことの
エリートが自分たちのつかんだ情報を説明し終えると、瀬戸口はそれを分析し始めた。
「もちろん、うちが攻撃された件については防犯カメラの映像も含めて警察に届けてある。今のところ捜査に進展があったという連絡はないが」
「無理だろうな、警察がどれだけ本腰を入れてくれるか次第だろうが」
浅野のその発言に瀬戸口はうなずいた。日頃から所轄とのやり取りを経験してるだけに、その首肯は深いものだった。
「しかし、これらの出来事が全て偶然起こったというのはあまりに楽観的過ぎるでしょう」
そう言うエリートの反論も瀬戸口は否定しなかった。
「言いたいことは分かる。だが、身内を疑って実在する以上の敵を想定するというのは、それなりの企業体にとっては重いことなんだよ」
「だったら何でこうしてアタシ達を呼んだのですか? 話すだけ話させといていい飯食わせて情報ありがとね、じゃあ体面のいい詐欺でしょう」
もったいぶって見せる瀬戸口に対し、それまでエリートに話を任せていたキャバがようやく身を乗り出した。
「こちらは小細工せずに手のうち明かしてるんです。それにSNSで晒してネガキャン張るような真似もしてません。もう少し信用してくれてもいいんじゃないですか」
「さすが里中技研のお嬢さん、ぐいぐい来るね。しかも容姿端麗で仕事は……」
「瀬戸さん、それ以上は私が許しませんよ」
真由美が瀬戸口を諭しつつ、キャバに笑みを向けた。キャバは姿勢を崩さないまま真由美に感謝の視線を送る。
「一番怒らせちゃいけない人に怒られたな。すまん、余計なことだった」
瀬戸口は机上に手を置いて頭を下げてから、エリート、キャバ、ヲタ、3人の目をしっかりと見つめた。
「一応、それなりの責任を背負ってるんでね──試すような物言いで申し訳なかった。そろそろ本題に入ろう」
瀬戸口の態度が変わったのを悟り、キャバが乗り出していた身を元に戻した。
滅多に見せない理路整然と語るキャバを心強く思いつつ、選手交代とばかりにエリートが会話に戻る。
「うかがいましょう。そちらのお望みは?」
「今の段階では警察はあてにならない。だが、うちの系列が今回受けた被害も看過できるものではない。法務セクションや顧問弁護士とも相談したが、今つかんでいる情報レベルでは刑事告訴も受理されにくいし、民事訴訟も起こせないらしい。敵の正体と、ある程度の証拠が欲しいんだよ」
「──なるほど、本気なんですね」
「もっとも一番の理由は、俺の気が済まないってことだがな。じゃあ、そちらの目的を聞こう」
「キャバやヲタが受けた暴力はあの場限りのものではないのではないか、そちらのホールで理不尽に負けたのではないかという疑念を晴らす。その点は、気が済まないという理由と同じです」
「お気持ちって奴か、その方がしっくりくる。だが、それだけか?」
「それともう一つ──」
「金だよな。経費は何かしら名目つけて会社に出させる。それに事の
「いえ、いりません。それを受け取るのはむしろ後ろ暗さが伴うので」
「じゃあ何が欲しいんだ?」
「──戦える環境」
両隣に控えるキャバとヲタの思いを背負うかのように、エリートは語気を強めた。
「あのグランドオープンの時のような機会を、もう一度用意してください。僕たちは、勝って取り戻したい」
エリートの言葉を受け、浅野は思わず口笛を吹いた。
真由美は柔らかい表情でエリートを見守る。
そして瀬戸口は感嘆を漏らし、右手を差し出した。
「分かった。俺のキャリアを賭けて飛び切りの舞台を用意させてもらおう」
「よろしくお願いします。僕らも本気なので」
エリートは力強く差し出された手を握り返した。
上野店の店長である袴田が料理店に戻ってくると、客室の外に声が漏れてくるほど場は和み、笑いの絶えない会話が繰り広げられていた。
「グランドオープンする店のエリアマネージャーが友人で、その店に若者をたぶらかして打ちに行かせるとか外道ですね」
「いや、だから黙ってたのは謝ったじゃないか。それに『俺の知り合いがやってる店で実は……』とか言い出したらその方がよっぽど怪しいだろう」
「ホール側が一方的に得をする、体のいいサクラにされるところでしたよ。だからこそ、必要最小限のことしか僕たちには言わなかったのでしょうが」
「さすがに中身は言えんが、まともに稼働してたら祭だったのになあ──お、ようやく来たな」
袴田が客室に入ると、待ちかねたかのように瀬戸口が手招きした。
「すんません、出力に手間取っちゃって。これがサーバに上がってた分です」
袴田は瀬戸口にバインダーを手渡した。中にはかなりのポケットファイルが
「じゃあ、さっそく見てもらうか。ビデオ見るのが一番分かりやすいが、さすがにデータを持ち出すのは怖いし、事務所に入れるわけにもいかないからな」
瀬戸口は机上の皿やグラスを脇にずらすと、バインダーを開き対面に座る若者たちに向けて置いて見せた。
「これがあの日に仕掛けてきたと思わしき連中だ。警察にも提出してあるが、これだけの人数を器物破損で全員指名手配するわけにもいかないし、捜査員を割くのは難しいとごねられてな」
ビニール製のポケットファイルには、防犯ビデオのスクリーンショットを出力したらしいカラーのプリントアウトが収められている。
そこには台間カメラによってやや見下ろした角度で映された打ち手や、通路・島・カウンター・出入口などが
「へ~、防犯カメラってこんなに鮮明に映るのね。何だか怖くなってきたわ……こんなの顔バレバレじゃない。今度からグラサンにマスクしていこうかしら」
キャバは物珍しそうにプリントアウトを眺めている。
「むしろそんな奴が入店してきたら、すぐにインカムで情報回してマークするし。君たちのことはいつも見てるから、他人には思えないんだよね。今日とかホール来る時より化粧抑えてるでしょ」
「きっしょ! ねえ、やっぱり今回の話やめとこうよ~」
袴田の言葉にわざとらしく身を震わせる。
「袴田アウトだなあ、バイトからやり直すか。お嬢さん、後できつく言っとくから今後ともよろしく頼むよ」
「そ、そんな、瀬戸さん!」
キャバ、瀬戸口、袴田が冗談を交わし合う一方、エリートとヲタは広げられたバインダーのページを1枚1枚ゆっくりとめくりながら確認していた。
時折ページをめくる手が止まり、その度にヲタが軽くうなずく。
「……こいつらだ……ここの奴は昨日見かけた」
「昨日?」
「見かけた!?」
ヲタのつぶやきに、瀬戸口と浅野がほぼ同時に反応した。
それに対し、エリートが代わって答える。
「彼は見た事象に対する記憶力が優れています。あの日に視野に入り、この写真に写り込んでいる人物を、都内や近郊で何人も目撃しているということです」
「それは有力な情報だな、そいつらの身元は分かるか?」
瀬戸口の喰い付くような問いにエリートは首を振った。
「ホールで知った顔を見かけるというのは、本当にそれだけなんですよ。あくまで記号のように強めの専業、軍団の親、エナ専など、設定を追う椅子取りゲームの敵キャラクターやNPCみたいなものです」
「エリちゃんってゲームとかやるの?」
キャバが思わず口をはさむ。
「いや、そういう例えの方が伝わりやすいかと思ったんだが」
「おじさん達にはむしろ分かりずらいかも?」
「さすがに分かるぞ、立ち回りというものは今も昔もそう変わらない。ただそういう例え方は、いかにも現代っ子って気はするが」
浅野がそう反論すると空気が止まった。
「──現代っ子?」
「現代っ子……」
「あは、現代っ子って!」
若者3人のうすら寒い視線に気付いた浅野は、がっくりと肩を落とす。この時だけは、時代に取り残された夫を慰めるかのように真由美は優しくその頭を
「それはそうだな。目撃情報として所轄に伝えることはできるが」
瀬戸口は話を本旨に戻して答えた。
「たしかにそれくらいは──」
ふと、次のページをめくるとエリートは手を止めて、そこに映されている1人を指さした。
「こいつは?」
「……都内ではまだ見てないが……覚えてる」
ヲタは目を凝らしてその出で立ちを確かめた。
「こいつ……たぶん偽の券をばらまいてた……腹の中……ジャンパーの中に隠してたと思う」
瀬戸口は話題となっている人物を覗き込むと深くうなずいた。
「本当によく見ているんだな。こいつは抽選で早番らしく、店に入って偽の台確保券を下皿に置きまくってすぐに出てったよ」
「そう言えば、その子は見たな。たしかアタシよりも前で何だかやたらソワソワしてたような気がする。若い子だよね」
キャバも同調すると、エリートは
「──そうだったか、もう少し早く気付けば。いや、それは無理か。でも、ここで分かって良かった」
「知ってる奴……なのか?」
「ああ、ショータって言うんだが」
エリートの眼光が強まり、思考が高速で脳内を巡っていく。
「瀬戸口さん、話を詰めていきましょう」
そして。
ヲタは自分とキャバ、2人分の旅支度を始める。
キャバは勤め先に退職を告げ、次の店を探す。
エリートは
あの日に止まっていた3人の時が動き始めた。
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