14「完全新規GOという混沌(カオス)」

 郊外店のパチンコ屋の朝。


 特日で並びによる先着順の場合、早ければ前夜から駐車場には車が停められ整列場所にペットボトルや雑誌が並べられる風景ができることが多い。普段は夜間に駐車場を閉めているホールも、前夜から入口に大量の車列ができてしまいそうなら近隣の迷惑も考慮してオープンにする。保安上の不安も生まれ、店員や警備員を駐在させざるを得ないので渋々の対応といったところだ。


 そこから先の対応もまた、ホールや常連客達の動きによって変わる。


 物品の場所取りをホール側が黙認することもあれば、撤去しては置かれる“いたちごっこ”が展開されることもある。また、深夜から早朝にかけて定期的に店員が現れ、その際に呼び出して人が来なければ撤去という律儀なやり方をするホールもある。


 ホールが特に対応をしない場合は、客同士の微妙な駆け引きになりやすい。本人が常駐し、トイレなどの場合に周囲に一言残して離れるのが最も平和的なパターン。


 物品がずらっと並ぶ場合が厄介で、それを許すか許さないかという客同士の認識で決まる。


 落としどころとして、敷地内の車などで待機しているならセーフということが多い。いくら並び順でも寒暖は厳しいよね、という暗黙の了解みたいなものだ。


 あまりに人数が多く酷い状況になれば、物品は並べた者勝ち、入場券配布前の横入りし放題で収拾が付かなくなる。一線を越えることをいとわぬ者たちが傍若無人に振る舞い、人数と圧が場を支配する世界。さらにゴミや吸い殻は当たり前のように地面に放置され、ひどい時には糞尿がまき散らされていることもある。それはもう、21世紀前半とは思えない地獄絵図だ。


 しかし、ホール側も馬鹿ではない。所轄との交渉で並び順しか許されなかった地域でも抽選に変えたり、事前に抽選参加券を配布して抽選人数を打ち切ったりなど対応する。広告代理店などが提供するアプリでオンライン抽選を導入する場合もあるが、それはそれで番号が悪かった客が来店しないというホール側にとっての不都合も生まれる。


 全ては一長一短、朝の入場はホールと客との駆け引きでいかようにも変化し続けている。


 


 その点、今日から3日間のグランドオープンは事前に抽選参加券が配られ、大行列も耐えられる広大なスペースがある。


 抽選開始から30分ほど前、すでにメイン駐車場には多くの車が停められ気の早い者はすでに整列を始めている。抽選機によっては早めに抽選を受けると良い番号が出やすい設定にできるという噂もあるが、その真偽やこのホールがそれをやっているかは定かではない。


 車ではないエリート、キャバ、ヲタの3人は早めに着いて休憩スペースで時間を潰していた。


 都心で打つ場合は互いに近寄らずラインで連絡を取り合って行動する3人だが、見知らぬ土地であること、自分らの顔を知る常連が少ないであろうこと、そして何より昨日の件もあって今日は集団で行動している。


「やっぱ多そうだね~、500人行くかな。パチスロ300台くらいだよね」


「パチンコにもかなり流れるだろうから、おそらく台数と人数が同じくらいか」


 多少の警戒はしているが、3人とも昨日のショックからは立ち直っているようだった。


「何だろう。お約束だし分かってるんだけど、無限の未来と希望にあふれるこの時間がやっぱいいよね~。しかもグランドオープンでしょ、祭の前って言うか、ランドやシーの開演前みたいなこのワクワク感たまんないわ♪」


「……そういう奴に限って……夕方には死んだ目をしてサンドに諭吉突っ込んでる……」


「だからお約束って言ったじゃん!」


 そう口をとがらせつつ、いつもの調子に戻っているヲタを見てキャバは嬉しそうだった。


 エリートもそれは察しているようで、日も変わって必要以上に気を使うことは無い。


「ほぼ全台埋まるからできる限り台を押さえたいところだけど、やはり3人とも打ち始めるのはリスクが高い。抽選次第で1人はオーダーにするか」


「それがいい……全員が台取ってからチョロ回しであとは徘徊はいかい、という手もあるけど……」


「そういうのやらない、ってのがウチらのポリシーだし」


「損なのは承知だ。ただ、そくなやり方はやりたくないし、傷の付くやり方はホールや客にマークされる」


「……分かってる」


 ヲタはうなずくと、少しずつホール前に集まり始めている客たちに視線を向けた。


 


 


 抽選を終えると3人はそれぞれの整列位置に散り、図らずもエリートが最後尾に近い番号でオーダーを務めることになった。2人には抽選番号に合わせた押さえる台の優先順位をラインで伝えてある。


 周囲の様子をうかがうと、遅番にもかかわらず抜けは少なくみっちりと客が並んでいる。


 スポーツ新聞を読みながらのんに入場を待つパチンコを打つであろう老人、スマホをにらんで打つ台を必死に考えている若者、やたら周りの様子を気にして落ち着きのない彼氏と来たであろう若い女性。


 中には専業らしき雰囲気をまとった者もいるが、初見の店でこれだけ人数が多いと判別するのも難しい。開店してからならば、徘徊はいかいや周囲を気にする度合い、連携を取り合う様子でおのずと見えてくるが。


 そんな考えを巡らせていると、前方でスマホを見つめている1人の若い男の姿が目に留まった。悟られないよう顔をそらしながら少し観察していると、前歯の欠けた顔を見えた。


 間違いない、ショータだ。


 キャバとヲタと組んで打つ前、打ち子を雇っていた時代に常連メンバーの1人だ。


 打ち気が勝ってピンで負け続けるタイプで、打ち子としては十分だったがそれ以上の成長は到底望めなかったので以降は連絡していない。


 そのショータが遠征してまでグランドオープンのこの店を狙っていることは意外だった。そこまでの行動力や情報収集能力は無かったはずだが。


 ふと、ショータが前の人間に合わせて歩き出す。


 入場が開始されたらしく、エリートは観察をやめてラインのグループ通話をONにした。


 


 


 3人のうち最初に入店したのはキャバだった。


 現行で最も機械割の高い番長3に座り、通常BBが早めに当選して微妙なセット数でARTを終えたところ。


 設定差のある通常BBで近くの打ち手からは視線を浴びていたが、一旦打つのを止めてキャバは涼しい顔で席を立った。


 この台の朝イチの通常BBは設定推測上あまりあてにならないことは、ある程度の打ち手なら知っている。


 キャバはラインで現状報告をすると、エリートは休憩スペースでの待機と徘徊はいかいをまだ続けているらしい。ヲタはマイ3が取れずゴージャグに座ったようだが、まだ目立った動きの台が出る時間でもなく淡々と手を動かしながら周囲の観察に励んでいるらしい。


 周囲を見渡すと空台はほとんど無く、ほぼ100%に近い稼働状況だった。


 単純に打つ台が無くてうろつく客はそこそこいたが、店員がバタバタしている様子もなく人の往来は案外落ち着いている。


 メダルは全て自動補給、持ちメダルもカードに貯めるパーソナルシステムのため、店員の業務はエラー対応と空台清掃くらいで済んでいるようだった。


(ふ~ん、しっかりしてるもんなのね。パーソナルなだけで鉄火場感が薄まるっていうか、何だかお上品な遊技場って感じが────ん?)


 店内の雰囲気を確かめるようにホール内をゆっくりと歩いていると、キャバにとって見覚えのある懐かしい人間が目に入った。


 フロアの片隅に立って目立たないようにしながら周囲に気を配るその中年の男性。上下に淡いブルーの作業着を身に付け、その上半身の内側にはワイシャツとネクタイが覗く。作業着の胸には『里中技研』としゅうされ、見るからに打ちに来たのではない何らかの関係者らしいのは誰の目からも分かった。


「じっちゃん?」


「ひ、まりお嬢さん!?」


『第一技術事業本部 事業本部長 網川聡』と書かれた社員証を首から釣り下げた男は、聞き覚えのある声と呼び方に驚きを隠さなかった。


「なぜ、ここに……里中社長とは和解されたのですか?」


「和解っていうか、別に親父と喧嘩したわけじゃないけど。それより打っててウチの循環システム使ってるってすぐに分かったけど、じっちゃんが現場に出向くほどなの?」


「私は新規導入の際は必ず現場でも届けるようにしています。そんなことよりまりお嬢さんは今何をして暮らされているのですか?」


「うーん、キャバ嬢やりながらパチスロでお小遣いも稼いでる。あ、こうやって口にすると救いようのないダメ女だわ、ハハハ」


「パチスロはともかく風俗ですか……まあ、職業にせんはありませんが。その気になれば大学でももっと堅い仕事でも」


 網川は実の娘の将来を案ずるかのごとくため息を吐いた。


「まあまあ、そんな落ち込まないで、楽しみながらちゃんと考えてやってるから。アタシのことなのにじっちゃんが落ち込んでどうするのよ。たぶん心配してないと思うけど、親父にはアタシに会ったことはナイショにしといてね」


「それはもちろん。いくら小さい頃にいろいろお世話させていただいたとしても、ご家庭の事情までは」


「ありがと、じっちゃん。やっぱ話が分かる」


 そう言いながらウィンクすると、網川との会話を切り上げた。


「またね。これでも結構忙しいし、頼られてるんだから」


 キャバは手を振ってパチスロの島へと戻っていった。


 


 


 ヲタは機嫌が悪かった。


 昨日のことを引きずってるわけでも、今打っているゴージャグの反応がいまいちなせいでもない。


 朝イチに見た光景に対して、胸糞悪くなっていたからだった。


 入場してすぐにマイ3に座ろうとしたが、空台は無く近くのゴージャグを押さえて入場時に渡された台確保券をデータランプの横に差した。サンドに壱万円札を入れてすぐに下皿にメダルを流しカードを抜くと、席を立ってマイ3の島の様子をうかがう。


 すると全て押さえられているように見えた台は、ペットボトルが下皿にあるだけで台確保券はどこにも置かれていなかったり、台を押さえているように見せて席の前でデータランプを触って他人が座るのをガードしていたりする者がいた。


 店員がペットボトルを撤去して置かれた台を解放しようとすると、


『すみません、券を指す場所を間違えました』


 と言って、1人の男が隣の台に指された券を抜いて解放されかけた台に座る。そして、先ほどまで確保券が指されていた台が空くと、すぐに後から来た別の男が確保券を持って腰を下ろす。隣同士に座った男2人は、ニヤけた顔をして会話を交わしていた。


 データランプに触りながら台をガードしていた男は、後から来た連れを見つけると手招きしてその台に座らせ、素知らぬ顔をして近くの自分の台に戻っていく。


 どちらも店員に注意されるのも前提にして、後から入ってくる仲間の台を押さえる時間稼ぎだ。


 人の動きが激しい入場時で、ヲタも一つ一つの台の確保状況までは確認できないでいた。ましてや客より圧倒的に数の少ない店員が、そのすべてに対応しきれるわけもない。


 店側が台確保券の提示場所を明確に指定せず、朝イチ入場後の徘徊はいかいを禁止して全員着席を義務付けなかったオペレーションの緩さを突いたやり口だった。


 そして今も、入場前にヲタたちが話していた数G回しての離席や食事休憩で台を空けての様子見も当たり前のように横行している。


(金のためにそこまでするのか? それとも俺達が甘いのか?)


 怒りと葛藤がないまぜになり心中が穏やかでないまま、ゴージャグを回しつつ周囲の台の観察を怠らなかった。


 


 


 エリートは入場しても台には座らず、オーダーとして島の観察に専念していた。


 全系か、台配置か、台番号か。どの機種、どの島が強ければ逆にどこが弱くなるか。事前にシミュレートして頭に叩き込んでいたが、全ては現場で目にしたことが最優先で柔軟に対応しなければならない。


 観察を続けているうちに、やはり専業らしき集団も確認できた。そして考えていたよりその数は多く、規模も大きい。店側が何を仕掛けているかを探るよりも、彼らの動向や人判別に意識を割いた方がいいかもしれない。


 そう考えてエリートはスマホを手に取りラインでその旨を2人に伝えた。


 


  キャバ『気楽に打ってる感じの客も多そうだけどね』


   ヲタ『たしかにライバルは多い。質の悪いのもいるから気を付けた方がいい』


 エリート『先手を取れるに越したことは無いが、誰もが初見とはいえ僕たちはやはりここではアウェイだからな』


  キャバ『りょーかい♪ でも今日は夕方まで空台ないんじゃない?』


 エリート『それならそれで仕方ない。明日もあるから情報収集も含めてよろしく頼む』


   ヲタ『それで言うなら、今日はこっちにいる連中はもう目星を付けている。それとジャグ島も、もう当てにしない方がいい』


  キャバ『ええっ! 今日ジャグ系はダメなの?』


   ヲタ『逆。どの機種を打っても出率105%はありそう。その中で本物もあるけど、それは空かないし、空いても俺が今の台を空けて移動するくらいしかできない。周りは専業だらけだし、そうでなくてもあと数時間もすればボーナス回数も付いてきてジャグがちょっとした祭だとバレる』


 エリート『根拠は?』


   ヲタ『全台のボーナス回数、周囲の特定ボーナス、両隣のぶどうカウント。でも、それより……』


  キャバ『それより、何?』


   ヲタ『打ってる奴らの目付き、喰い付き方、島全体の空気。普通じゃない、これは』


  キャバ『つまり、ヲタくんの勘?』


   ヲタ『勘と言えばそうだけど』


 エリート『分かった。打てる人間の観察に基づいた勘は、ただの勘じゃない』


  キャバ『そうね、ヲタくんがそこまで言うのたしかに普通じゃないし』


   ヲタ『たぶん今日はこの島から動けない。出玉共有がOKなら2人への供給係になれるけど、パーソナルだから禁止されてる会員カードの使い回しをしない限りそれもできない。それは、なしなんだよな』


  キャバ『ナシね』


 エリート『無しだな』


   ヲタ『ならば、3人とも台押さえている状況で110%以上の台が空けばだけど、それも難しいだろう』


 エリート『了解。キャバの番長3は?』


  キャバ『朝イチ通常引いたけど分かんないしね~。ずっしり刺さって地獄の底まで連れてかれてる台も結構あるから、全6ではないと思う。2台くらいカカカ鳴いてるけど、5なんて分かりやすく設定示唆か絶頂こないと分かんないよ。細かい推測あるのは知ってるし頭の中で数えてはいるけど、そんなの分かった頃にはアレじゃない?』


 エリート『キャバが打っている台自体に強い挙動か示唆が出ない限り、無理に状況では押さないでおこう。ジャグが強いなら無理はできない。むしろ、僕自身がジャグを打つことも考えよう』


  キャバ『その時は、アタシが空くかもね』


 エリート『ジャグ打つ気ゼロか』


   ヲタ『だからキャバも打てるようにならないと駄目だってあれほど……』


  キャバ『あ・あ・あ・あ・あ・あ、聞こえない聞こえない聞こえない』


 エリート『──いいよ、その時は自力で頑張るように。雰囲気で打つのは不可』


   ヲタ『暇になってジャグ打ちたいと言っても譲らない』


  キャバ『ぶううううう』


 


 キャバの不満を訴えるスタンプを最後にラインでのやり取りは終わった。


 ヲタもすっかり普段の鋭さを取り戻しているし、キャバも色々言っているが退き時は心得ている。


 たしかに今はほぼ満台の状況で専業らしき人間も多いが、この稼働率の高さを実現しているライト層の数も多い。いずれは下ブレや満足ヤメで台が空くはずだ。


 何とかなりそうだが──どこか気持ち悪い。


 エリートは不安を払しょくするかのように息を大きく吐き、スマホをポケットにしまって島へと向かった。

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