04「し、死んでる!?」

 【数週間前、キャバの記憶】


 


 C.C.はどうやら当たりのようで、アタシの周りで打っている奴らはみんな目をキラキラ、いやギラギラさせている。


 特に隣で打っていた若い子は、確定示唆が出たら分かりやすく声を出すとスマホでパシャパシャと写真を撮るとそのまま席を立った。たぶん友達にドヤりにでもいったのだろう。


 喜びを隠さず楽しそうで大変によろしい。


 


 そう、生きてさえいければ、あとは楽しければいい。


 そう思ってるだけなのだけど、アタシは他人とは違うそうだ。


 そんなの当たり前だけど。


 たしかに、たまたま女に生まれて、たまたま顔の造りはいい方だ。


 あの女は大っ嫌いだけど、産んでくれたことと、この顔にしてくれたことは感謝している。


 でも、感謝はしているけど、あの家にはもう戻りたくない。


「あなたの為なのよ」とかまさかマンガやアニメでしか出てこないようなことを言われるとは夢にも思わなかった。


 なぜつらそうで苦しそうに恨めしそうな顔をしながら、“家”とか“将来”とか“あなた”とかの為に生きてるのか、本当に意味が分からない。


 だからお互いの“為”にアタシが家を出て良かったと思う。


 あの人には親父とあの家しかない。でも、アタシはアタシのタノシミな人生がある。


 親父の方はアタシが何しても文句を言わない。家を出ると言っても反対ひとつしなかった。ただ、


「お前の人生をとやかく言わん。ただ、頼る時は頼れ。俺はお前の親だ、それだけは忘れるな」


 と、カッコイイこと言われた。あの女を妻にしてアタシを育て上げたくらいだから、親として男として格が違うのだろう。ましてやそこそこの会社を率いているというのだから、お前は恵まれていると言われたら「ハイそうですけど何か?」と逆ギレしかできない。


 


 今日は前から非番にしていて、昨日の夜にヘルプの依頼が来たけど断った。


 ゴリゴリにシフトを入れているわけでもないので、スーパーヘルプと思われている節もある。


 ナンバー1を目指しているわけでもないので都合の良いポジションだとは思うが、何でも受け入れてしまうと店にめられる。たまには絞めといた方がいい。


 それに何より、今日はC.C.を打つと心に決めていた。


『すごい! あのお店の系列のマネージャーさんなんですか?』


『いやあ、そんな大手じゃないけどね』


『お客様から聞いたことありますよ。千葉県ではスロットで相当有名だって聞いたことあります』


『へえ、よく知ってるね~』


『えっと何でしたっけ……シンダイ? 新しい台がすごいとか?』


『新台ね。これは独り言だけど、うちは新台入れて1週間と最初の特日は強いよ。まあ、上手い常連は分かってるけどね』


 なんてことを事前に店で聞いてしまったら、打ちに行かざるを得ない。


 自分が家を出てキャバクラで働き始めて以来、ホール関係者とも多く接客してきた。


 ストレスや激務、その代償として得る金回りの良さから、ホールで働く人間は夜の店に通うことも多いそうだ。


 親父の仕事柄、そんな話は聞いたことがあった。それでも初めのうちは他人事だったけど、今では心躍らせて休みの日に朝からホールへ打ちに行ってるのだから親父が聞いたら怒りはせずとも苦笑いはするだろう。あの女は……卒倒するかも。


 


 キャバクラにホール仕事の憂さ晴らしと承認欲求を満たしに来る彼ら的には、台や機種に対する示唆や結果発表はNGだが、ホールとして何に力を入れているかを虚空に向かってつぶやくことくらいはセーフらしい。


 セーフかアウトかと言えばセーフ寄りのアウトな気もするが、結局はその情報をどう活かすか、今後もその情報源を利用するか次第だと思う。


 おいしい思いをしたいなら変な正義感をかざさず筋だけ通して立ち回ればいい……と思う。


 そして、抽選で良番を引き、こうしてC.C.を打てている。


 


 


 隣で打っていた若い子が席に戻ってきた。


 席を立った時は喜びと達成感に満たされていた表情だったのが、今は口をとがらせて涙目になっている。


 ドヤりすぎてうざがられたのか。急にノリ打ちにされて不貞腐れてるのだろうか。


 その落差と心の落ち込みに耐えながら打っている姿を見ていると、お腹の奥がぐっと締め付けられるような気持ちになって我慢できず声をかけた。


 すると、自分は打ち子でツモったのを報告しに行ったのにこっぴどく叱られたという。


 一切隠そうともせずそういったことをアタシに話している時点で、この子がなぜ怒られたのか、打ち子に向いてないかが分かってしまった。


(ま、これから閉店近くまでお隣さんとして一緒に打つんだから、タノしくやっていきたいし)


 そう思ってなぐさめてあげてたら、話題の親らしき男がやってきた。


 親と言うからやくざの元締めみたいなのかと思ったら、コイツも全然若い。


 どうやらフォローしに来たのかレッドブル2本を持ってアタシと打ち子の間に入ってきた。


 20代前半だろうか、ホールで時折見かける擦れた専業のようなどんよりとした空気をまとっていない。どちらかというと、ピリピリとした近付くだけで静電気がパチっとはじけそうな雰囲気。専業のオッサンがなたなら、この子はカミソリって感じ。


 それと、着古したジャージでもクロックスではない、黒のジャケットとパンツに白でVカットのインナー、素足にレザーシューズとスロニートには無い出で立ち。


 むしろ無理のないミドルブランドで小綺麗にまとめてキャンパスライフを謳歌おうかする学生のように見える……と言ってもキャンパスライフなんて見たこと無いしアタシの妄想だけど。


 出で立ちや雰囲気からエリート感がかもし出されていてどうにもむずがゆい。


 とりあえず挨拶代わりにレッドブルを頂戴しておくことにした。


 


「いや、それは僕の──」


「まあまあ、お兄さんも打ち子君をあまりいじめちゃダメよ」


 レッドブルかあ……コカレロで割ったのお店で飲むことはあるけど普段は飲まないかな。


 何か飲むと翼生えるっていうかみなぎっちゃうんだよね。


「ん……やっぱブルはキンキンに冷えてるのが一番だよね~」


「あの、都内で時々打たれてますよね。お見かけしたことあるのですが」


「えっ。ええ、時々」


「もしお時間あったら……いや、閉店まで打つか。あとで交代してここ座るかもしれないので、その時にお話でも」


「う、うん、いいけど」


 何なの一体? ナンパ!? エリート風に見せかけてツモってるピンの女をホールでナンパ!?


 そういうのありそうで絶対ないやつよ、都市伝説で勝ってる男に女が声かけて『そのドル箱でアタシと一晩どう?』とかあるけど、カジノ映画の見過ぎだからそれ!


 何だか落ち着かないな……ちょっと間を置こうかな。


 データ表示機の呼び出しボタンを押して、休憩を取ることにした。


 全系でましてやRT付きとはいえノーマルタイプの高設定で休憩を取るとか、ガチな人にはあり得ないんだろうけど。実際、隣の打ち子君はビックリしてるし。


 でも、アタシはアタシだから。


 


 お昼を食べに行く前に、フロアの様子を眺めてくことにした。


 アタシは全系のC.C.に朝から座れて頭を使わず何の苦労も無しで済んだけど、他はどうなんだろう?


 ……っていうか、何でまだこんなにお客さんいるの?


 たぶん全系の一つが新台ウィークのC.C.で、もう一つが3~4台くらいの機種で設定456くらいでしょ? それも見る限りたぶんギルクラだよなあ、それっぽいのが目を真っ赤にして迷わず現金投資してるし。


 それでも他の台を耕してたり、まだ徘徊はいかいしてたりする人間も多いし。


 何か他に仕掛けあるのかな?


 そう思いながらウロウロしていると、数人で話していた集団がバラエティコーナーの恵比寿マスカッツの下皿にタバコを置いていくのが見えた。周囲で打つ者もほとんどなく、見当外れにしか思えない。


(そりゃあアタシだってグラドルは可愛いと思うけど)


 その恵比寿マスカッツを横目にバラエティコーナーを見ていったが、他には数台が動いてるだけで良くて下皿いっぱいくらいしか出ていない。


(何だかなあ……他を見ても出てる台とか粘ってる台ってバラバラだし。機種ごとに1個くらいは当たりがあるのかな?)


 頭の中を?だらけにしてぼんやり通路を歩いてると、肩に何かがぶつかった。


 振り向くと男の子がこちらをにらんでいる。すれ違い際にぶつかってしまったようだ。


「ゴメンゴメン、アタシぼーっとしてて」


 そう言って手を合わせて謝ると、その男の子はうなずいてにらむのをやめ、バラエティコーナーの方へ視線を向けた。


(気になる台でもあるのかな?)


 そのまま男の子の様子を見守っていると、ビックリするくらい微動だにしない。


 地蔵というか透明人間というか、それはホールに設置されたインテリアのようで人の気配を感じさせないようなたたずまいだった。だから、アタシも気付かずにぶつかってしまったのだと思う。


 彼が見ているのは──気の良さそうな中年がのんびりと打ってるタイムクロス2だろうか。


 あまりよく知らないけど、きっと元々大当たり確率が高いノーマル機だったと思う。ホールで勝ち負けを気にせず遊んで打つオジサンオバサンには向いている台なのだろう。


(ここ来たの初めてだから分かんないことだらけだな~)


 とりあえず、下皿に物が置かれてるか、良さげな出方をしてる台は覚えとこ。


 


 お昼を済ませて戻ってきても、あの地蔵の男の子は1ミリも違わず同じ場所に立っていた。


 1ミリは大げさかもしれないけど、そう言いたくなるくらい目に映ったのは同じ景色だったのだ。


(すごいな~アタシだったら足痛くて立ってらんないし。っていうか、じっとしてるとか無理!)


 ホールにパチスロ打ちに来てるのに人が打ってるのずっと見てるとか、気が狂いそう。


 そう思いながら自分の席に戻る道すがら、もう一度フロアの様子を眺めていくことにした。


 すると、自分の隣でC.C.を打っていたはずの打ち子君がゴージャグの1台に座っていた。


 打ち子君が打ってるということは親のエリート君の指示、というか見つけ出した当たり台なのだろう。


 これが当たりで、あの恵比寿マスカッツとかタイムクロス2も当たりなのだったら──


「ああーっ!」


 声出ちゃった。ジャグ打ってるお婆ちゃんににらまれちゃった。


 恵比寿マスカッツ……そうだ……タイムクロス2も……やっぱり。


 あれもこれも、他の台も。


 C.C.の島に戻るとやはり親のエリート君が打っていたので、自分の席に座るとすぐにエリート君の耳に向かって手をかざしコッソリと聞いてみた。


「あのさ──」


「ほわっ!?」


 エリート君は耳が性感帯らしい。じゃ、なくて。


「あ、ゴメン急に。あのさ……今日のこの店、末尾やってない?」


「──どこで、それを?」


「うーん、もうそうしか見えないというか、整っちゃってるというか、勝負付いちゃってるというか」


「それはつまり、いま気付いたということですか?」


「うん。それと手の届かない肩甲骨のあたりがかゆいのにかけないくらいむずがゆいから、タメで話さない?」


「分かった」


「切り替え早っ!」


 案外ノリいいのね。ただのエリート君じゃないのかしら。


「その言い方だと、末尾やってるの最初から知ってたの?」


「SNSには晒されてないが、過去の特日データを見ると分かってね。常連らしき連中も同じ動きをしていたから間違いないかと」


「へーっ、調べて分かるもんなんだ。アタシなんか新台がアツいって聞いて来ただけだし」


「それでも君は、自力で末尾をやってるのに気付いたわけだ」


「何これ、高設定ツモった同士がおたがいに褒め合う儀式なの? 他人が聞いたらブチ切れ案件よ」


「そういうのは気にしないので。それより、今までもそんな感じで立ち回りを?」


「抽選ダメだったらすぐ帰るし、座ってもダメだったら一応何やってるかだけ気にしてやっぱり帰るかな」


「なるほど」


「っていうか、話でもって言ってたけどナンパにしては斬新な会話じゃない?」


 と言いつつ、何考えてるか分かった。


「いや、そういうことではなくて──」


「先に言っとくけど、アタシ打ち子はやらないよ」


「──!」


「あ、やっぱそういう話だったんだ」


 


 エリート君を困らせたら『考えさせて欲しい』とのことだったので、アタシの方が間を取ってあげてトイレブレイクとすることにした。高設定の台に座ってるのにどんだけ席を空けてるんだろう……ま、アタシはアタシだし。


 そう言えば、一つ気がかりなことがあった。


 あの地蔵の男の子はどうしてるだろう? 思えば服装は冴えてないしヲタクっぽい雰囲気だったけど、素材は良さげだったのよね。


 もうお目当ての台に座れただろうか。それともあきらめて帰っただろうか。


 


 ──まだ、立ってた。


 


 アタシがすれ違いぶつかってしまったあの通路の片隅で、彼は立ち続けていた。


 アタシが気付いてからどれだけ……いや、その前からだろうから何時間あのままでいたのだろう。


 立ち続けている姿は変わらないけど、心なしか表情は険しくなったように見える。


 常に忙しくて何かをし続けるのって大変だと思う。でも、ずっと何もしないでいるのってもっと大変だと思う。体より心がツライ。いま自分が何もしていない無駄な時間を過ごしていると分かっていて、そうし続けることがツライ。


 彼には、それを無駄にさせないっていう狂気を感じる。


 そう、普通じゃない。効率とか打算とかを超えた何かに取りつかれたような。


 そんな彼をずっと見ていたい気持ちになった。


 たぶんC.C.の高設定を1日打つのと同じくらい面白い。生身の人間を見ている方がより面白いのだけど、機械が相手でも勝利の対価を得られるのは気持ちいい。


 どっちにしようかしら?


「どっちがいいと思う?」


「君はバカだろ、金をドブに捨てるのが趣味なのか?」


 自分の台に戻ってエリート君に聞いてみたら、こちらを見もせずC.C.を打ちながら冷酷にアタシを断罪した。


「バカとかいうなあ! さっきまでの敬語とかアタシを見込んでの勧誘とかどこに行ったあ!」


「ただでさえ高設定を回さず損し続け、しかも頻繁に席を空けているから他の打ち手や店員までその台が放置されてるのではとマークしている」


「それはいいでしょ、アタシがアタシの台を打ってるだけなんだから」


「その隣で打つ人間のストレスを考えたことはあるか?」


「アタシ、バカだから分からな~い」


「──君を誘ったのは間違いだったのかもしれない」


 普通はそうだよね。絶対にそっちの方が合ってる。


 でも、それって──楽しい?


「それにしても、今どきそこまで徹底して張り付く奴は珍しいな」


「アタシもそうは思ったんだけど」


「結局はホールが営業している13時間の間にどれだけの期待値を積めるかなのだから、一つの台、一つの店に固執するのは有効とはいえない」


「そうだよね、それに打つ以外に時間使った方がいいこといっぱいあるし」


 頭では分かるけどね、頭では。


「たださ、その期待値ってあてになんないよね。そんなのでご飯食べられないし」


「その考えは理解できる。設定狙いよりハイエナできる台があるなら、そちらを選ぶのも間違っていない。今日の飯を食えず明日の期待値のために飢え死にしては意味がない」


「パンクしたら終わりだもんね。わかりみしかないわー」


「少なくともそいつがピンなのは間違いなさそうだな……少し興味がある」


「でしょ、でしょ? やっぱりあの子の様子見てくる!」


「この台はどうするんだ!?」


「アンタにあげるよ、あの打ち子君に打たせてあげて」


「おい、だったらメダルは流して!」


 エリート君の止める声を無視して、アタシはあの地蔵のヲタク君の様子を見に行った。


 すると、ヲタク君の姿はそこには無かった。


 もしかしてと思って彼がずっと見張ってたタイム3に目を向けると、彼が座っていた。


(ああ……やっとお目当ての台に座れたんだね)


 先ほどまでの地蔵ポジションから今度はアタシが彼を見守っている状態だった。何だかアタシまで幸せな気持ちになってしまった。


 よし、大丈夫そうならアタシも自分の台に戻ろうか──


 


「……あれ?」


 


 たぶん声にしちゃってたと思う。


 だって彼、動いてない。タイム3のレバーも叩かず、ボタンも一切押してない。


 座ったまま台に突っ伏して、ピクリともしてない。


 


「し、死んでる!?」

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