03「邂逅」
エリート『あれほど揉めるなと!』
キャバ『ゴメンて、我慢できなかったんだって』
ヲタ『筋はこっちが通ってる。手は出てたが』
エリート『相手がバカじゃなかったら、警察呼ばれたかもしれないぞ』
ヲタ『向こうにも引け目があるから大丈夫だ。キャバもそれくらい分かっててやってる』
キャバ『も、もちろんだよ?』
ヲタ『……』
エリート『まあ、終わったことだしいいか。こちらはようやくBTに入った。抜け次第オーダーに回る』
キャバ『絆はもう見切ったの?』
エリート『当然だけど全系ではない。6ベルが1台出てるが、強いのは別にもう見えている。気付いてる奴はまだ少ないが』
キャバ『エリちゃんが言うなら間違いないかな。でも、だったら空いたりするんじゃないの?』
エリート『僕は男性の股間をわしづかみにしてまで打ち手を
ヲタ『手は念入りに洗った方がいい』
キャバ『もう! 洗ったわよ、盛ったネイル取れちゃうくらいゴシゴシ洗ったんだから!』
ヲタ『エリートが終わり次第、俺はジャグに専念していいか?』
エリート『いや、もう終わった』
キャバ『エリちゃん、早い男は……』
それ以上の返事をせずにスマホを置き、エリートは高確だけ確認してクレジットボタンを押した。
キャバがまど2に定まった。ヲタもジャグか他のAタイプで高設定にたどり着けるに違いない。そうなると、自分はオーダーを務めるより残り1台、自身が打つ台を探すことに専念した方がいい。
席を立ってメダルを流しフロアを
そうなると、もはや無理に島に身を置く必要もなくなる。エリートは休憩スペースのソファに腰を下ろした。
周囲を見渡すと、延々と
基本的にはすでに勝負がついた状態。ここから無理に宝探しを始めるのは、砂漠を耕し、死海で釣りをするのと同じだ。
エリートは自販機で買ってきたブラックの缶コーヒーを開けて口にすると、息を大きく吐き目を閉じた。
(最悪、2人に任せて今日は終わりでいい)
気分屋で後先を考えないキャバ、愚直でときに暴走しかねないヲタ。
だが、今まで組んできた人間で最も信頼できる。
(あの頃と比べればどれだけまともか──)
目を閉じたままエリートは過去の自分達に思いを
【数週間前、エリートの記憶】
「ちっくしょ、また飛びやがった」
ホールに隣接する立体駐車場の4Fにエリートの怒声が響いた、
「何が『千葉とかいう田舎は無理です。交通費2倍なら今から行きます』だよ、親
「あのー」
「いま打つなら等価で都内と比べても設定状況が悪くない千葉だろ、そんなことも分かんねえのかクズが」
「あのー、椿さん……」
「言われた通り打つどころか、社会の最下層ではいずる奴は時間どおりに来ることさえできねえのか」
「椿さーん」
「少しは黙ってろ!」
エリートのことを椿と呼ぶ背の低い青年は、罵声を浴びても気にせず欠けた前歯を見せながらニッと笑ってエリートのことを見上げていた。
「でも、抽選の列もう作り始めてますよー」
「抽選は30分からだ!」
「でも椿さんが『抽選機の場合は先に抽選を受けた人間を優先させる設定がある』って言ってたじゃないですかー」
「それくらい分かって……」
エリートは収まらぬ怒りをさらにぶつけようとしたが、寸前で我に返った。
思い通りにならない現状に感情を抑えられずにいる。
「……ああ、そうだったな。悪かったよショータ」
「へへ、やっぱ椿さん頭いいからな~。最近イライラしっぱなしだけど」
「今日の打ち子は君だけだ」
「じゃあ、親子じゃなくてノリにしません? 椿さんとノリとか上がるわ~」
「思い上がるな! 君は僕の言うとおり打てばいい」
「へへっ、すみません」
ショータと呼ばれた若い男は、再び愛嬌のある前歯の欠けた笑顔で謝った。
パチスロに出会ったのは、学部で同じ教養課程を受講している友人に「あんな簡単に稼げる遊び無いぜ?」と誘われてホールに行った時だった。
ギャンブルなんて最終的に胴元が勝つ仕組みで、控除率は宝くじで50%に満たず、競馬などの公営競技で20~30%。一時の勝利体験が記憶に焼き付けられて、長期的に欠損を積み重ね胴元の利益に貢献するだけで人間の心理的な弱みに付け込むビジネスだ。
そんな仕組みでありながら日本全国中に店舗があり客であふれるパチンコ・パチスロ屋。その衆愚の権化というべき姿を一度くらい眺めてみよう、と誘われるがままに行ったのがきっかけだった。
自動ドアから中に入った瞬間に襲い掛かる轟音。タバコと芳香剤が入り混じった不快な匂い。見渡しても決して育ちのいい人種とは言えない下種な雰囲気をただよわせた客の数々。
これが搾取される情弱の姿か、と予想どおりの風景だった。
友人に導かれ、パチスロコーナーのとある台に座らされた。その時の会話は今でも覚えている。
「これなら天井まで400G無いし、たぶん期待値もマイナスじゃねえからお前に譲るよ。初心者だしな」
「期待値? 完全確率で毎回当たりはずれを抽選しているなら、そんなものは常にマイナスだろう?」
「細かいこと分かんねえけど攻略サイトに書いてあるから」
他愛もなく今思えば相手の認識も薄弱なやり取りだったが、異文化に出会った衝撃として覚えている。
それからは早かった。
そもそもペイアウトが100%を超える高設定というものが存在すること。
天井やリセットなど短期的に期待値がプラスとなる状態があり、そういった“ハイエナ”が可能なホールが立地や知名度次第でごろごろ転がっているということ。
そして設定狙いでもハイエナでも自分1人が打つのよりも、多人数に指示を出す指揮官、オーダーと呼ぶべき存在がいた方が効率的だということにすぐに気付いた。
「君はなぜ打ち子をしているんだ?」
「へっ?」
抽選列に並びながら、ふとエリートはショータに尋ねた。
「なぜって、楽しいからっすよ」
「楽しい?」
「パチスロ打てて、俺ヘタクソだから独りだと負けちゃうのに高設定打たせてもらえて、日当ももらえるなんて最高じゃないっすか!」
「そういうものか……」
楽しい。感情が行動に影響を与えている。
自分が投資の対象として見ているのに対して、感情や心理でこの娯楽と呼ぶには大きな金が動くパチスロに対面している。
それを見下げるというより、他者の行動様式は独学で理詰めをしても学べないから参考になる。
突き詰めれば期待値を持つ席に座ろうとする椅子取りゲームである以上、対戦相手が何を理由にどの椅子に座ろうとしているかを知る価値はある。
「どうしたんすか、何だか考えこんじゃって」
ショータの屈託のない笑顔からの言葉に、エリートは答えた。
「次のステップを考えなきゃいけない時期なのか」
2人で抽選に望み、ショータがそこそこの良番を引けた。
狙いの優先順位は教えてある。自分は
ただしSNSでも情報はもう出回ってしまっているのでライバルは多く、昼前には
仮に1時間で800回転くらいとしよう。そうすると1時間で2400枚のIN。
仮に低設定でペイアウト率97%の台を2時間、高設定で112%を7時間打ったとして、+1872枚。等価で2人ならば約37k。日当や諸経費を考慮して、自分の手取りは1日に30kと考える。
これを月20日稼働として600k、年720万。
実際はツモれない日もあるし下ブレもある。そもそも低設定でも高期待値、高設定でも低期待値のゾーンがある。
高設定を後ヅモする場合は、打ち始めで低期待値のゾーンを自力で消化することが多い。
また、ホールに閉店時間が定められている以上、ノーマルAタイプ以外は終了時のロスも生まれやすい。ようは、高設定がペイアウト率どおりに出るというのは楽観的だ。
そう考えて年収500万としよう。家賃を含めた生活費を月12万に切り詰めて144万、収支は+356万。
あまりに乱暴な計算なのは自覚しているが、試算して目標を立てないのはナンセンスだ。
年に300~400万近い貯蓄ができれば、世間一般では上出来だろう。
ただ、目標の1000万には遠く及ばない。
これでは足りない。残された時間は1年。
ショータに立ち回りは期待できず理想値には及ばない以上、他に優秀な打ち手が2人は欲しい。
そんな思索に思いを巡らせながらフロアを
「椿さん、さすがっすよ! C.C.が全で間違いないっすよ!」
「もうREGからの無限RTがあちこちから出てるし、俺の台も456確出ました! ちゃんとまだ残してありますよ、見ます?」
エリートの表情が、凍った。
そしてしばしの間を置き、ゆっくりと言葉を連ねた。
「ショータ、前にも言ったよな?」
「へっ?」
てっきりすぐに褒められると思っていたショータは、予想外のエリートの態度に
「そういうことは大声で言うな、目立った動きをするな、そして……」
エリートはショータの胸ぐらをつかんだ。
「確定画面はすぐ消せ!」
周囲に怒声が響き、フロアを行き交う何人かが振り返った。
「そして報告しにくる時間があったら、1Gでも多く回せ!」
「……」
ショータが無言のまま反抗的に
その表情を見て思わずエリートは口を開いた。
「何だよ、その目は!」
急激に高まった感情がそのまま言わせた返し文句だった。
しかし、それを口にした瞬間、相手に向けた怒りの感情が自分を締め付けた。
「……椿さん、俺そこまで怒られることしたんっすか。じゃあ何っすか、打ち子は飲まず食わずで小便漏らしながら打たなきゃいけないんすか」
それは怒りではなく悲しく哀れみを帯びた言葉だった。
「いや、それは……」
「……いいっす、戻ります」
ショータはエリートの顔を見ようともせずその場を去った。
(やってしまった)
すぐに猛烈な後悔が襲いかかってくる。
目標に向けて自分自身が正しく行動することには自信がある。
だが、どうしても他人というものが思い通りにならない。
金で人を使えばそんな煩わしさは無いと考えていたが……
ましてや自分が感情的になるとは。
エリートは自販機でレッドブルを2本買うとC.C.の島へと向かった。
こんな時にこんなことしか思い付かないのは情けないが、他に策は思い付かない。
C.C.の島はショータが言った通り、まず全系で間違いない空気を
ショータに背後から近付こうとすると、ショータは隣に座る女性と会話をしていた。
先ほどの暗い表情が消え失せ、まるで意気投合したかのように楽し気に話しながらC.C.のRTを消化している。
エリートは声をかけず2人の会話に耳を立てた。
「ひどいっすよ。ツモれたんだからいいじゃないっすか!」
「うんうん、かわいそうに。アタシがなぐさめてあげよう」
「姉さんイイ人っすね!」
「C.C.ちゃんの設定6打ててるんだもん。今日のお姉さんは機嫌イイよ~」
女性の方は何回か都内のホールで見かけた覚えがある。
パチスロで女性の打ち手という時点で珍しく、見かけても夫や彼氏と共にいることが多い。しかし、この女性には共にいる男の気配は無く、ピン稼働ならば相当にレアな存在だ。
一見、いかにも部屋着のまま来ましたという感じのジャージで、化粧も薄く
そして何よりも自分の記憶に残っているということは、この女性は高設定に座っていることが多いという証だ。
「あ、椿さん!」
ショータがこちらに気付いて声をかけてきた。
先ほどの出来事など何も無かったかのようにけろっとしている。
このメンタルは見習うべきなのかもしれない。
「さっきは悪かった。これ」
エリートはレッドブルをショータに手渡した。
「うお、サンキュっす!」
「あと他人の前では、名前は呼ばないで欲しいかな」
「あ、また俺やっちゃいましたか?」
「いや、次からは気を付けて欲し……」
「わあ~詫びブルきたーっ!」
2人の間にふんだんに盛られたマニキュアが目立つスラっと伸びた白い指が伸びてくると、
エリートが持っていたもう1本のレッドブルが強奪された。
「いや、それは僕の──」
「まあまあ、お兄さんも打ち子君をあまりいじめちゃダメよ」
その女性は一切悪びれることもなくレッドブルを開けると、話は全部知っていると言わんばかりにそう語った。
何なんだこのコミュ力は。3秒で友達か?
そう
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