第49話 錬金先輩、ハワイに帰還する
あれから数週間。世界は一時的に混乱がおさまり、そして首謀者と思われるドラゴンの当主と番(大塚君)が何故か僕の娘となった。意味がわかんない。
後輩は『偽造じゃなくて本当に赤ちゃんですよ、かわいいですねー。よちよち』だなんて言ってるが、よく世界転覆を企んでた相手をあやせるものだ。それとも相手を無力化することができると言う見せしめなのだろうか?
ちなみに大塚君はうちの子供の他に元の性別に戻ったお父さんバージョンが他に存在する。あれから当時のことを猛省し、離れ離れになった家族の心を一つにまとめるべく邁進してるようだよ。
因みになんでもう一つの肉体をうちの子供バージョンにさせたのかと言えば、後輩曰く『あの人目を離すとすぐサボるので』とのこと。一時的に反省して、すぐ開き直るらしい。なので自分の侵した罪を振り返る場所が子供バージョンなのだそうだ。
二つの心が魂でリンクしてるらしく、“ああはなりたくない”と心の内に留めてる間は真面目に働くだろうと見越してるんだって。
まぁそんな感じで娘は大塚君の不遜な態度を少し併せ持ってる。隙あらばわがまま通してくる性格持ちだ。親としては非常に困った娘みたいなね?
で、問題はもう一人。
ドラゴンの首魁にして赤のコア、暴食の赤と(後輩が呼んでた)カサンドラ。
日本人の親に子供が英名だと流石にDQNが過ぎないか? と思ったが、見た目が普通に金髪灼眼で日本人離れしてるので非常にしっくりくる。
この場合は親である僕たちの方が無理があるのだが、そこら辺はコネで捩じ伏せた。持っててよかった米国博士号。
カサンドラ曰く、ダンジョンによって選ばれた戦士。その中でも選りすぐりの7対に色と特性が付随するのだとか。
じゃあ他にも6体ドラゴンに匹敵するのが居るのか、と思い悩んでたところで後輩が割って入ってくる。
『あ、私青です。強欲の青』
「ん?」
何かの聞き間違いかと思った。しかし本当にスライムとしてのトップで、カサンドラを飲み込んだことで存在進化したようだ。どさくさに紛れて何やってんのさ。
『今は暴欲の紫で通してます。大食いになっちゃいました!』
人型で“てへっ”と笑う後輩。それ絶対に見過ごせない人類の敵がパワーアップしたやつだよね? 身内だからいいのか? いや、だいぶまずい気がする。
『もー、あれだけ私が人類に貢献してるのに。先輩ったらまた余計なこと考えてますね?』
「余計も何も後輩のことが心配なだけだよ」
『お気遣いありがとうございます。でも大丈夫ですよ、心配しないでください。どっちみち私を排除したら世界の流通網がズタズタになります』
得意げに言う後輩。まぁそうなんだけどさ。
今はまさに大転送時代。
装備もモンスターの固有スキルも召喚者の要請に応じて手元に届く仕組み。
それを統括してるのは他ならぬ彼女だ。
しかも物理的に脳みそを何個も複製できるのでワンオペしてる。
危険を感じるからと処理を促したら転送で成り立つ世界が崩壊するのだ。
後輩はモンスターでありながら人間性を強固に維持してるのは僕への愛だと言って憚らないが、その愛は一般的なものではなく『強欲』なまでの執着だと僕は勘づいている。そのおかげで人類の味方でいてくれるんだし、いいんじゃないの?
「で、コアってのが世界にあと5つあるんだよね?」
『あるにはありますが、コアは増えますよ?』
「そうなの?」
後輩曰く、ダンジョンがある限り増え続けるのだそうだ。
『コアはダンジョンの意思。最も強いモンスターに宿り、王としての統率を求める。代わりに進化をもたらすみたいですね。人類がダンジョンによってレベルアップ! スキル獲得! する感じでダンジョンから生まれたモンスターも成長しますね。そのモンスターが強くなればなるほどダンジョンも強く、奥深くなります』とのこと。
「じゃあ、放っておいてもダンジョンは潰えないんだ?」
『先輩の心配はダンジョン素材の枯渇の方でしたか』
「そりゃそうだよ。今はちょっと考えもつかないだけで、ある日突然名案を思いつく時ってあるじゃない?」
『ありますねー』
「その時に肝心の素材、錬金術師のスキルが消えてなくなってたらどうする!?」
『ヤキモキしちゃいます』
「だろう? 僕は正直この世界からダンジョンを駆逐するつもりは一切無いんだよね」
『つまり、残りのコアは倒さず放置すると?』
「それを考えるのは世界のお偉いさんさ。でもその素材でインフラを賄ってる世界が、今更これ以上の平穏を求めてダンジョンの封鎖なんてすると思う?」
『しようとする思想はどこかで生まれますよ』
「それを気にかけるだけ無駄じゃない? そういう意味では後輩がダンジョンの関係者になってくれたのはナイスだと思ってる」
『普通なら世界をこんなふうに変えてしまうモンスターなんて人類の敵! というところですが、逆に素材がないと錬金術ができないとから必要! と言い切るあたりが清々しいくらい先輩ですね』
「褒めるなよ」
そう、僕は所詮錬金術師。
それ以上でもそれ以下でもない。
世界の平穏も、混乱も知ったことか。
僕のネタレシピが役に立とうが立つまいがどうでもいい。
ただ、思いついたアイディアは今後とも発信し続けていく。
これに変わりはない。
裏で武器商人みたいに揶揄されることもあるが、武器を売ってる奴は武器屋で僕は交通機関を進化させただけである。別に今すぐにでも転送陣の機能止めてもいいんだよ? そういうとすぐに“ジョークを真に受けるなよ”みたいな返しがくる。手のひらの返しがすごいんだ。世間なんてそんなもんさ。
『それで、今後はどうなされますか?』
「普通に学校行くけど?」
『顔出ししちゃってますからね。散々いじられると思います。私たちの素性込みで』
「急に学校行きたくなくなってきた」
不登校者の気持ちがよくわかる。プレッシャーというの? 圧力が火を見るよる明らかだ。急に足が動かなくなる。ただの思い込みだけど、相手をするのが面倒とかそういうタイプ。望月家は擁護してくれるけど、ずっとは迷惑かけちゃうし。
『じゃあ引きこもっちゃいます?』
「そうだね、引き篭もって錬金術しよう。それでたまに配信して」
『そうしましょうか。ちょうどハワイ島も掌握出来ましたし、そこでまた半モンスター人と一緒に暮らしましょう』
え? いつの間にそんなことしてたの。
「その人たち、僕に攻撃仕掛けてこない?」
『
これ、冗談抜きで言ってるんだよな? こわっ。
圧政じゃん。絶対こんな国の国民になりたくないわ。
これから強制的になりに行くんだけど。
『大丈夫ですよ、全部私が吸収してから生み出したので、先輩に指一本触れられません。先輩はいつも通りしてくれたらいいんです』
「そう? じゃあいつも通りにする」
『はい!』
その満面の笑みに僕はひどく安心していた。
彼女がもう取り返しがつかないくらいにひどく歪んでいたことから目を逸らしながら、それでも僕への愛が本物と理解していたから。
望月家には散々世話になったと挨拶をしてから出ていく。
不法侵入者がいたら問答無用でうちの拠点に送り込んでいいよと言った。
ダンジョン側に侵食された島、ハワイ。
その責任者の後輩がみっちりKYOUIKUしてから送り返すらしい。
内容は聞いてないのに、みんな浮かない顔をしてた。
わかるよ。絶対過激なことするって言ってるようなもんじゃんね?
過去に行った性別変換が生ぬるいことするんだ。絶対そうだ。
だってその笑顔が物語ってるもん。粘着質で、ニチャアって笑みが。
子供の前でする顔じゃねぇ。強欲、隠しきれてないぞ?
「それ以上周囲の人を不安がらせちゃダメだよ?」
『ちょっと人間形態の笑みの作り方をわすれちゃってただけですよ。他意はありません』
ほんとぉ?
そんな訳でハワイへ。飛行機は飛んでないので転送陣を起動して向かった。
当時見た時は原型留めてなかったのに、いつの間にか復元してた。
あとは人だかりが元に戻ればハワイ島完全復活! って感じ。
「青い空! 白い雲! 絶景に海!」
『今通行人出しますねー』
通行人って出すもんなの? まるで“お茶用意しますね”みたいな軽い口ぶりで、当時の雑踏が再現される。
ポイ捨てされたゴミは、即座に足元で吸収された。
あれ、これって確か。
「ダンジョンの特性?」
『お察しの通りここはダンジョンで、私がダンジョンコアなので設計は自在なんです』
「へー、じゃあ島が復元したのは後輩の仕業か」
『ダメでしたか?』
「いや、むしろもっとやれって感じ。しかし今のハワイに誰が好き好んでくるのやら。もう観光施設は壊滅してるでしょ?」
『もう景観だけでは人を呼べませんからね。そこであれこれ考えた結果がこれです』
そう言って後輩が足元から生み出したのは……スライム系統のモンスターだった。
現在価格高騰中のローパー素材やスライム素材もわんさかある。
それを直接販売、または倒せるチャンスを探索者向けに提案するのだそうだ。
直接襲撃されたら『食うぞ』という脅し付きのサービスらしい。
今やハワイ島は後輩の口の中。そんな場所に人を呼ぶっていんだから正気の沙汰じゃない。ちなみに僕、そこに住むことが強制されてます。とほほ。
うっかりで消化するのだけはマジ勘弁してくれよ?
という訳で僕は再び配信業を再開する。
新しく出来た(生えた)リコ、メリアの他に二人の(虚構の)娘を加えて6人家族を運営しながらの生活は、アクシデントが起こりながらも楽しく続いている。
「はいはーい! ハワイ島に生えたお城に住んでる先輩と?」
『そのお城を建てたスライムの後輩がお届けする錬金チャンネル始まるよー』
「始まるね」
「始まった?」
「だうー」
「バブ」
チャンネルは二人経営から家族経営になった。
ほとんど僕の分身なので操作が追いつかないが、人間とは慣れるものなので数ヶ月もすれば普通にこなせた。ここら辺、意識拡張をしてるのと似通う部分があるな。並列思考ポーションがよもやこんな場所で役に立つとは思わなかったよ。
<コメント>
:待ってました【スライム人】
:いあいあ!【スライム人】
:いあいあ!【スライム人】
:なんか邪教のミサみたいなの始まってない?
:ハワイ島、すごく住みやすくて好き【キャンサー人】
:湿地帯なら最高だった【トカゲ人】
:今やダンジョン侵食で人類の1/3がモンスター化してるしな
:それはモンスター化人類の差別として受け取られるからやめとけ【龍人】
:気をつける
コメントには人類の他にモンスター化人類もちらほら出てきている。
当時こそ人類の敵として認識されていた彼らも、今や人権を獲得して普通に暮らしているのだ。
後輩の手がけたモンスター化人類用のフードが功を奏して、今や一般流通に成功していた。そのおかげでモンスター化人類同士でコミュニティが開かれ、同種族同士で村を築くまでに至る。
そのお手伝いをうちの会社のNNPが協力してるのだ。
今までは駆逐される側だったモンスター化人類は、人類の新しい隣人となった。
そしてその親から生まれた新しい人類は、生まれながらに高い戦闘センスを持っていた(人間より生まれて成長するのが早い)為、探索者デビューを果たしてはダンジョン侵攻に抵抗していた。
<コメント>
:それよりももう少しローパー素材は安くならないものですか?
最近よく見かけるこれ。
原因がどこにあるかといえば当然僕の方にあった。
新しく発表したレシピ【制作難易度120】超速再生トカゲの尻尾薬はローパー素材で祈るのは尚のこと、それらを品質Sで成功させてさらに祈る鬼畜仕様のレシピである。
なお名前で分かる通り、細切れにされても超速再生で元に戻る効果が一度飲めば12時間つく優れもの。
これらの需要はSランク探索者界隈で今非常に価値があり、高騰していた。
なのでこの位置にいる錬金術師にとってみたら喉から手が出るほど該当素材が欲しいのだ。が、当然のようにお高い。
入手してくる探索者にしてみたってAランク相当なので数の確保が難しいものであった。それを値下げしてる時点で現場を知れと言いたい。
で、単価の値下げ交渉を元売りである僕たちにしてるんだけどチャンネル概要よく読んで?
錬金術以外の質問受付禁止って書いてあるだろ?
素材交渉なら専門業者に言え。こっちはいつでもストップかけられる立場だということを忘れるな。
なんせ善意で素材配ってるんだからな?
その素材ひとつにつき後輩の分体を使ってるんだからどうしても高くなるに決まってんだろ! 文句があるならハワイに直接来い! 以上! 解散!
なお、この個体は後輩が生み出したものなのでハワイにしかいないことを捕捉させていただく。
『みてみて、先輩! すごく綺麗なモンスターが出来ました!』
「その素材は?」
『え?』
「僕その子の素材にすごく興味あるなー」
『もっとこの子の命を尊重しましょう?』
「一回! 一回だけでいいから!」
そんな感じでせしめた素材。
当然沸いたインスピレーションによって大量に必要となった。
だってめちゃくちゃ高いスペック持ってたんだもん、この子。
後輩はないてたけど、ご飯食べれば回復するでしょと宥めて産んでもらってる。
その節は本当にごめん。だから産んでもらうのも気を使うのに値下げときた。
バカか、こいつはと僕は憤慨ものなのだ。
「この手の質問は基本受け付けないようにしてるよ。確かに僕たちはその素材を売っている。レシピだって提供した。けれど素材の価値を決めたのは君たちだ。どのように高騰したかを僕に説くのは筋違いだよ?」
<コメント>
:ぐっ
:むくみ取りポーションの二の舞やん
:あれ、先輩の売却値¥5,000てほんと?
:最高¥30,000,000まで行った奴が¥5,000は草
:素材の価値によって価格高騰すごいもんな
:今やあれから何倍になってるのやら
:当時のローパー素材¥10だったんだぞ
:先輩のレシピのおかげで高騰したもんなwww
「僕的には¥3,000でも少し高いくらい。でもそう思えるのはローパー素材が¥10で仕入れられたというのも大きいからね」
<コメント>
:wwwwwww
:おい、値段が更に下がったぞ!
:でもあれ新種のローパーだろ? 値段高くてもしょうがない
:ドラゴンローパーな、触手の一本一本にドラゴンの首がついててブレス吐く奴
:あれをローパーの類で分類するの無理があるだろ
『えー、可愛いじゃないですか! 弱いのに強がってるところとか最高!』
<コメント>
:弱くはないんだよなぁ
:ドラゴン下位まであるぞ?
:リザード以上、ドラゴン以下
:ヒュドラを思い出すからやめて
:ブレスがしっかりこっちを弱体化してくるのが厄介
:なんだかんだあの素材入手するだけで何個も武器ダメにしてる
:そんなに入手難易度高いのか?
:ドロップ品だって確定で出る訳じゃないしな
:最悪武器ダメにして入手0の日とかよくある
そうなんだよねぇ、後輩の生んだ子。
カサンドラを吸収してからドラゴンの特性まで持って生まれるようになった。
おかげで僕のインスピレーションは掻き立てられたが、総じて討伐難易度が上がっている。
それで稼ごうという人には悩みの種だけど、出来上がるアイテムが破格だから売値でようやく元が撮れるか取れないかって感じに上手いこと調整した。
その数時間後に例の錬金術師が大量に購入してくれた。
ありがたい限りだ。
『このお金で新しい子バンバン生んじゃいますね!』
その裏で人類の脅威が量産されてるとも知らずに、僕のレシピに釣られて人類はその素材を求めていく。これぞ無限地獄という奴だ。
後輩が何を考えて新種モンスターを生み出すのかはわかんないが、それを水際で止められるのは僕だけだろう。そう思うと俄然創作意欲が湧くんだよな。
さぁて、次の素材を求めて僕も研究を進めますか。
その日の配信は雑談だけで終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます