第44話 錬金先輩、買い物に行く
「と、言うことで。妹のメリアだよろしくな鏡花」
「よろしくメリアちゃん。リコちゃんの妹ということは私の妹であると同義。日本のことならどんどん頼ってちょうだい!」
早朝から出かけていた鏡花ちゃんが学校から帰ってくる。
僕たちが遅いと言うわけではなく、朝6時から集合をかける学校側が早すぎるのだ。僕たちは悪くない。
帰宅した鏡花ちゃんへおかえりと声をかける最中、メリアがここで世話になる旨を伝えた形だ。相変わらずテンションが高い。
そんなメリアだが、なぜかぼくにべったりくっついている。
一緒に寝たからか、はたまた一晩生き延びたからか妙に懐かれてしまった。
以前から懐かれてたのは知ってるが、今はなんと言うか距離感がバグった感じ。
後輩で慣れてるとはいえ、色々と困るので早く離れて。僕が正気でいられる間にな!
「それで、鏡花ちゃん。学校は?」
「しばらくは封鎖。自主期間を設けるから各自でこなすように言われたわ。端末の方に連絡来るはずよ」
「あ、着てる」
ピピッと音が来て、端末が震える。
これらは学園側からの支給品だ。全校生徒持ってて、それぞれの所在地がわかる仕組み。
「なんか学園所属の上位探索者は集まるような指示が来てるけど?」
上位といっても学生探索者ではCで十分上位。
Bなんてそもそも居ないが、そこに秋生達がきたので敢えて上位としたのだろう。
「そうね。リコちゃんの封印だけじゃ少し心許ないみたい」
「それってドラゴンの話か?」
「ええ、そうよ。母さんから?」
「僕が言った。一緒に通学するっていうから今休校中だよって」
「そうなのね」
あまり部外者には教えないで欲しかったのだけど、と鏡花ちゃん。
「あら、メリアちゃんは来週からリコちゃんと一緒に通学するのよ。遅かれ早かれよ」
リビングでの雑談に、朝食の準備を終えた佳奈さんが割り込む。
小麦色に焼き色をつけたトーストだ。塗り込んだバターで何回も焼き上げた齧り付くだけでザリザリとした食感が鼻腔をくすぐる。
「通学とは言うけど母さん。でもあの学園は決して安全ではないわよ?」
「今やこの地球上に安全な場所なんてあるもんですか。それにこの方、米国のSランク探索者よ。リコちゃん以上に自分の身は自分で守れると思うの」
「え?」
鏡花ちゃんが僕の隣でトーストを頬張るアメリアさんを凝視する。
「アメリア・カスターさん、聞いたことない?」
「え?」
その名を聞いたことはない女性探索者は居ないと言うほど女性探索者の憧れの星。それが今目の前にいると聞いて鏡花ちゃんは目が点だ。
わかるよー、アメリアさん探索者名鑑の写真より今の方が若いもんね。
前から若い10代後半だったけど、今は10代中盤。これで30歳は嘘でしょと言いたいのだろう。
「加奈、このトースト美味いな。もっといっぱいちょうだい」
「あら、気に入ってくれた。嬉しいわどんどん作っちゃう」
「受けて立つぞ! アタシはいっぱい食べるからな! ワハハ」
マジか……と言う諦めの表情と、どうして我が家に? と言う困惑で忙しない鏡花ちゃん。
「なんだ? アタシがSランクだとそんなにおかしいのか?」
「おかしくはないわ。ただ私の知ってるアメリア様はもっとしっかりとした顔立ちで、今みたいに緩んでなくて、ですね」
「まぁ、常に緊張ばかりもしてられないでしょ。今回はプライベートの時間だし。しっかしアメリアさんはまた若返ったんじゃない?」
「むくみ取りポーションを愛用してるからな! みろ、肌もスベスベだ!」
突き出した腕も触るまでもなくプニプニで、白魚のように透き通っている。
「だ、そうだ」
若さの秘訣を聞けて、なんとなくモヤる感情を抑える。
そもそも僕からして君の年齢の倍だよ?
君のお父さんの一つ下だって事実を忘れてやしないかな?
思い出した? 結構。
「で、学校もあんなだし、探索者でもなんでもない僕たちは暇を持て余しているわけだ」
「校長先生、リコちゃんには来て欲しそうだったわよ?」
「残念だったね、僕は探索者ライセンスを持ち合わせていない。だから政府からの要望や学園側の要望を突っぱねる事ができる。ちなみにメリアもだよ」
「そうなのか!」
頼まれたら行くつもりだったようだ。
学校の要請にSランク探索者が出張ったら出張ったで学校側も困るだろう。
Sランク探索者を頼むだけで学校運営が回らない。けど生徒なら安く扱き使える。母校を守るためだと言う大義名分をかざすのだろうね。
「まったくこの子達は。まぁ、私もたまの休日だと思って遊びに行きましょうか。どこか行きたいところでもある?」
「僕はお洋服が欲しいぞ」
家にはふりふり系のサマードレスしかない。
秋、冬になればもこもこ系になる。
もっと地味なのが欲しいんだ、僕は。
後輩が魔改造してくるが、めげないもんね!
「下着?」
「インナーは事足りてるんだけど?」
「可愛いの選んであげるわよ」
「なんだリコ、下着でお困りか?」
「困ってないからメリアも悪ノリしないで」
遊びに行く予定が何故か下着を買いに行くことになった。解せぬ。
たどり着いたのは駅の近くのデパート。
道ゆく人が姉を見て振り返る。
スレンダーで美人な姉だ。僕やメリアなんかはおまけみたいに見られるので姉を風除けにしてると歩きやすい。
「リコ、日本って蒸し暑いな」
アメリアさんことメリアが麦わら帽子で灼熱の太陽を遮るように翳す。
「ワシントンの方はどうなの?」
「基本ダンジョン内だし、家の中ではクーラーが効いてるし。外出なんてあんまりないから」
「あー……」
「ほら、こっち来なさいあんた達。さっきから不審者が多くて困るわ」
手招きしながら姉が呼ぶ。
不審者なんて居るんだ。こわっ。
僕はメリアの手を引っ張って行こうと誘った。
襲われたら襲われたで撃退できるが過剰戦力だからね、僕ら。
僕も学校に通うようになってから外出するようになったが、それまでは基本家に引きこもってばっかりだった。だから通学以外で出かけるのなんてこういう買い物以外なくて、ちょっと新鮮な気持ちな外出だ。
メリアが言うようにここ最近蒸し暑い。
まだ夏には早い5月末。台風がやってくる兆しも見せやしない。
ダンジョンができたことによる弊害は気候にも影響を及ぼすとかなんとか。
「ここよ」
「一番最初にランジェリーか」
「こう言うのは先に下着を決めてから選ぶのよ。気分も変わってくるわ」
「そんなジンクス知らない」
「アタシは鏡花の言い分わかるな。勝負下着じゃないけど、これ履くと気分上がるやつってのが存在する」
「そうなのか?」
「リコはまだわからないかー」
へって笑いながらバカにされて、つい出来らぁのノリで勝負に乗った。
そのあと散々恥ずかしい思いをした。シンボルが非常に大変なことになった。
後輩に預かって貰ってて良かったよ。
まぁそれはさておき、流れで水着も選ぶことに。
プールに行くには少し早い。
けど新作が出たらチェックするのが女子という生物らしい。
新しい水着を買ったら着てみたい→海行こうみたいな気持ちになるんだとか。
ほんとぉ?
「ねぇ……これ布面積おかしくない?」
露出、と言うかほぼ紐じゃんこれ。あまり動かないタイプの僕でもわかる。これを着て気分を上げられる人は痴女だけだと。
「甘いなリコ。アタシはこれだ!」
「透けてる! そんなの着て大丈夫なの?」
「問題なーし!」
格好はスクール水着のそれだが、部分部分が透けててほぼハイレグ水着のような出立ちだ。本人曰く紐じゃない分ズレが気にならない模様。
まぁ彼女は動き回るしな。
周囲の視線なんて気にせず、日焼けしようがかまわない態度で見せびらかすように僕の前でポージングを取る。そんなに僕が慌てふためく姿が見たいか。
「そんなにはしゃいでみっともないわよ、二人とも」
「鏡花ちゃんもそれは平気なの?」
「ああ、ハイレグ? こう言うのはスタイルに合うものを選択するようにしてるの。実際に似合うでしょ?」
「ハワイでもそうそう見ないよそんな攻めた格好」
「あらぁ? ヌーディストビーチとか行かなかった?」
『あんなハレンチな場所に先輩を連れて行けるもんですか!』
「そうなのね。それで、どう? 着てみた心地は」
「今すぐここから逃げ出したい」
「そうね、さっさとお買い上げしてアイスでも食べに行きましょうか。ちょっと今日は蒸しすぎよ。空調が利いてないのかしら?」
「それもあるよね。アイスか。僕はカップ派」
「アタシは段重ね派だな、最高7段乗せても平気だぞ」
「はいはい」
7段とかどうやって食べるんだろう?
僕は自分のペースで掬って食べることこそ至高だと考えるが、食べ物一つとっても性格って出るもんだね。
アイスクリーム屋さんはそれはもう行列ができていた。
こんなに暑ければ仕方ないかな。
と、そんな時。
デパート下方から微振動。飛び上がるような縦揺れの後、スライドするような横揺れが起きた。ダンジョン予兆だ。
「これはまずいな」
「休日も満足させてもらえないなんて、嫌な世の中になったものね」
「アタシはこの熱気の鬱憤を晴らせたらなんでもいいぞ」
逃亡1、現状把握1、突撃希望1。
まるで正反対の意見を取る僕ら。
〝ボイラー室にて火災発生。繰り返します、ボイラー室にて火災発生〟
館内アナウンスによって買い物客も異常自体発生だと気付いたようだ。
地震そのものに慣れてても、あの規模の地震は珍しいだろうに。
〝ダンジョン警報、ダンジョン警報。探索者ライセンスをお持ちの方は地下駐車場まで至急お越しください〟
最初は火事で試行誘導しつつ、火事の原因はダンジョンだと思わせた。
上手いやり口だ。火事ならあの熱気も納得だと来客も納得できるだろう。
そこにきてダンジョンだ。
「アタシ達はどうする?」
「どうするも何も、私はDランクよ? 今回の現場次第では突入出来ないわね」
「そっかー」
「取り敢えずカゲルさんに連絡入れてみよう。緊急避難用アイテムをNNPから送るからそっちで対応できるかって」
「それが良さそうだわ。下手に手を出して、本業がバレたらきっとあっちにもこっちにもきてくれって引っ張りだこになるわね」
「それは勘弁」
と言うことで避難所の住所をNNP側に転送、転送陣配達員が安全地帯への転送を促した。
「これでひとまずは安心」
「問題はランクがどの程度かね」
「EやDならいいのだけど」
それなら自分の裁定で処理できる。
今回のカード実装もあって、後輩の餌問題はそこまで心配しなくて良くなったのもあり、僕は率先してモンスターを狩に行かなくたっている。
目的を果たしたと言うのもあるが、モンスターの固有スキルの解明の方が最優先事項となったためだ。
ダンジョンのことなんて何度潜っても訳のわからないことだからな。
〝非常警報発令! 非常警報発令!〟
〝承認モンスター反応からこの地のダンジョンはランクA認定!〟
〝繰り返します、ランクA認定がされましたので至急避難を……〟
途切れる回線。続く爆発音。轟くモンスターの咆哮。
この段階でパパラッチ達がざわめいた。
安全を確保してからの待避が可能だからだ。
残念ながら、僕の会社はそんな奴のためにまで安全を図る便宜を保ってないんだよね。
バーコードを照射して、その人の転送をシャットアウトさせてもらう。
他人の人生を面白おかしくネタにするんだ。避難経路くらい自分で確保してるんでしょ?
縦に割れるデパート。左右に倒れて他のビル群を壊しながらその巨体が顕になる。巨大なトカゲが、チロチロと舌を伸ばしながら餌を求めるように周囲を見渡した。
ダンジョン予兆どころか、ダンジョン災害にまで発展するとは。
これは非常にまずいよね。
「あれは海外に転送させる、メリア、どこなら手が空いてる?」
「今手が空いてるところ調べるって、どうして?」
自分用の携帯端末をいじって、僕の要望に応えるように画面をスライドさせると、困惑するような表情に変わっていく。
「どうしたの?」
「世界中でダンジョン災害が起きてるって! 処理が間に合わないくらい送られてきてるそうよ」
「チィ、各自で処理を任される状況か」
どこかの誰かが海外に転送してくれる。そんな世界だからこそ起きた油断。
パパラッチ達もそんな前提でギリギリの接写を試みて……伸びてくる舌に抵抗できずに飲まれた。
ビルの倒壊が次々と巻き起こり、その都度巨大なトカゲが現れた。
一匹どころじゃない、十数匹は居るだろう。
見上げるほどの巨体。彼らにとって人類はちょうどいいサイズの餌で。
撮れ高を狙うマスコミ達は真っ先に狙われた。
『うわぁあああああああああ』
『人が食われたぞーーー』
『探索者は居ないのか!?』
『うえぇえええええええええん、ママーーーーーー』
人々はパニックに陥り、避難勧告も受け入れずにその場でひざまづいて助けを求めたり、泣いて叫ぶだけとなった。
全く、本当に。どうしてこんな場面に居合わせてしまうのやら。
「エンゲージ」
「リコちゃん、やるの?」
「もう、ヒカリのような被害者を出さない為に、僕はこれを手に取ったんだよ?」
煙と共に衣装が恥ずかしいものとなり、尖ったゴーグルが目元を覆う。
「かっこいいな、それ!」
僕の変身姿を褒め称える声。言わずと知れたメリアだ。
『なんならご用意しましょうか? ホワイトモードで』
「あるのか?」
『こんな日が来ると思って用意しておきました!』
「さすが、後輩ちゃんだ!」
嘘だぞ、絶対趣味で作ってた奴だぞ。
基本装備が黒のドレスな僕に対し、白のメリア。
東京、原宿。
その日ダンジョン災害に、二匹に猫耳魔法少女が現れた。
白と黒の猫が華麗に舞うたびに人を餌としかみてないモンスターが切り刻まれ、無へと帰った。
その痛快撃に誰もが夢中になり、絶賛する。
イレイザー、世界に現存する13番目の魔法少女。
そして新たな魔法少女の登場に避難民達は喝采を上げた。
お陰で外を出歩けなくなったよね。
端末からはこれってリコちゃんじゃない?って何度も連絡が来たが知らぬ存ぜぬを突き通した。
ダンジョン災害そのものは止めたとは言い切れないが、封鎖地域となった場所に人が赴いたら自業自得。撮れ高より自分の命を優先しない馬鹿が多すぎる世の中。それでもダンジョンを成長させたらダメなことぐらいわかるだろうにね。
今回はその場に居合わせたから変身したが、要請されたって出向かないんだからな。
ちなみに今回の獲得スキルは、
『踏み潰し』『巻きつける』『石化の眼差し』だったそうだ。
なお、後輩からは全スルーされた。
どんまい、ストーンリザード君。
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