第39話 錬金先輩、共闘する①
「見て、リコ様よ」
「顔ちっちゃ」
「あの見た目で本当に高校生なの? 犯罪的〜」
「お隣にいる鏡花様もお綺麗ね〜」
「この姉妹の登校風景が見られるのが当校だけ!」
「登校だけにってか? やかましいわ」
ただ制服に袖を通して歩いてるだけでこの騒がれよう。
高校生活は順風満帆、とは行かずに苦難の連続だった。
靴箱には旧時代的なラブレターの数々。
電子機器の持ち込みも多いのでその殆どがメールアドレスの記載による物だ。続きはウェブでってか? やかましいわ。
っと、いけない。先程聞こえてきたやり取りを脊髄反射で脳内で答えてしまった。
これはまとめてポイポイしましょうねー。
念入りにシュレッダーを通して送り主を判らなくしたあと、丸めて上空に打ち上げた。上空で爆発する様を見てほくそ笑む。汚ねぇ花火だぜ。
「あらあらリコちゃんモテモテね」
「暇な人が多いんでしょ」
「でもこの文字、女子からよ?」
花火になり損ねたレターの一枚を拾い上げて鏡花ちゃんが言う。
「僕、女子からも告白されてる……?」
僕の顔はきっと宇宙猫。まぁ、後輩みたいな変人は世に多いことは望月家を通してしれたけど。
「これは告白ではなく、感謝の印じゃない? ほら、私の口利きで購買で生理用品を用立てたじゃない? リコちゃんの作った」
「ああ、うん」
むくみ取りポーションを薄めて丸薬にした奴ね。
それと吸収率が段違いのナプキン。転送陣が組み込まれてて、実質いくらでも流し放題なのが受けがいいようだ。出る人はやばいくらい出るらしいから。
僕も鏡花ちゃんに連れられてドラッグストアで選ばされたもん。
女子として生活する上で知っておくべきこと、みたいなマニュアルを渡されてさ。そこでナプキンとスキンケア、除毛の知識を与えられた。
面倒なので作っちゃえば良くね? と考えるのが僕である。
除毛剤関連は僕に一家言ある。キングからお墨付きをもらった特別製だ。
薄く伸ばしてクリーム状にして塗り込めばスッと消えた。
スキンケアに至ってはむくみ取りポーションで良い。
ナプキンは僕と同様に転送陣で処理させた。
「あの生理用品、ケース単位で欲しいと教員からも人気だそうよ?」
「そこは生徒のために気を利かそうよ」
「その分苦労もあったんじゃないかしら? 生徒達を睨みつける勢いだそうよ。リコちゃんから何かアピールしたら態度を改めるかも♡」
「いくら握らされたの?」
「…………なんのことかしら?」
一舜の間が怪しい。
「まぁ良いけどさ」
どこ吹く風で長身ボディで風を切る。
後輩の姪っ子だけあって顔立ちが似ているんだよね。
初めて大学で出会った時、ここまで“デキル”感じではなかった。
だから彼女がどのようにして“デキル”感じになったのか僕はよく知らないんだよね。
高校三年生ともなれば、社会に出た時の対応を求められる。
人生二回目の高校卒業。一回目は男で二回目は女装で。
人生何がどう転ぶかわかんないよね。性転換なしでこんな目に遭うなんて……
特に一回目と二回目では世界情勢も変わった。
ダンジョンが人類に宣戦布告をしてきたのだ。
多くの学生の進路が探索者の道を希望した。
僕? 僕はどうしようかな。
今更真面目に探索者をやるつもりはないんだ。
そもそも暇つぶししてる暇もないし。
クラスについて席へと着くと、クラスメイトから一気に囲まれる。
基本女子だ。
その勢いに圧倒されるが、数週間一緒にいれば慣れたものだ。
「リコちゃん! あのナプキン凄かった!」
「喜んでもらえたらよかったよ。でもずっと使用し続けるのはバッチいから適度にお洗濯してね?」
「えー、生理中はあれの有り無しで死活問題になるのに?」
「替えを用意しなさい」
「いつ行っても売り切れなのにー?」
「そう言えばお姉ちゃんが先生達が買い占めてるって言ってた」
「ちょっと掛け合ってくる!」
「ホームルーム始まるよ?」
「リコちゃんうまいこと誤魔化しといて! じゃ!」
そう言って、クラスメイトの一人は職員室に駆け込んだ。
行動力が凄まじい。おかげで赤点仲間である。
座学を蔑ろにしすぎる傾向がある彼女の進路志望はもちろん探索者だ。
「志歩は元気ねー」
「今も生理中でしょうに、あたしあそこまで元気ないわ」
「葉子、リコちゃん印のお薬飲んでないの?」
「良いって聞くよね。問題は欲しい子に対して供給が全く追いついてないってことよ」
「一個予備あるから貸そうか?」
「良いの?」
「困ったときはお互い様だから」
「悪いねー」
僕は葉子ちゃんに錠剤を一つ渡す。
それをそのまま受け取り口の中で転がした。
錠剤と言っておきながらチュアブルタイプ。
飴とラムネの中間に位置して、食べても美味しいものとなっている。
さっきまでどこかやる気のなかった葉子ちゃんの表情が、みるみるうちに回復。
すっきりとした表情になった。
「コレヤバ!」
「キマるでしょ?」
「キマるっていうか整うかんじ? さっきまでの不調が嘘みたいに引いた!」
「即効性がすごいよねー」
「今日の接敵対応諦めてたからマジ感謝。神様仏様リコ神様ー」
大袈裟な子達だけど、悪い気はしないよね。
「ただその錠剤、やばいのはそれだけじゃないの」
「他にも何か効果が?」
「これ見て……」
差し出される手の甲。取り出されるファンデーション。
塗る前からわかる透き通る透明感。
そう、スキンケアもバッチリでUV対策もせずこの透明感を保てるのだ。
もちろん、薄めてるのでそれなりに服用する必要がある。
これが保ててる時点で上得意様であるってこと。いつもお買い上げありがとうございます。
「ちょ、ファンデの方がくすんでるとか嘘でしょ!?」
「これがリコちゃんの美肌の正体よ!」
「はえ〜、飛ぶように売れてる理由がわかったわ。つまりスキンケアがこれ一つでできちゃうってこと? そりゃ買い込むわよ」
「その上ニキビとも無縁」
「買います! リコちゃん! 売って!」
「商品が届くまで待っててよ。僕はレシピを持ってるだけで素材がないと何もできないんだから」
「それもそっか。じゃああたしが探索者になった暁には個人的にお願いね?」
「いいけど僕に頼むと高くつくよ?」
「うっ……そこは友情割引で!」
と、こんな感じで女子達から神のように崇め奉られてる。
普通にしてて欲しいのに、何故かね。
「ほら〜、ホームルームの時間よ。天月さんは席についてー」
志歩ちゃんが首根っこ掴まれてそのまま床に投げ飛ばされた。
持ち前の敏捷性で猫の様に受け身を取るが、打ちどころが悪かったみたいに背中を摩っている。
「痛っ! 放り投げなくてもいいじゃん先生!」
「職員会議中に乱入してきた子に対する罰です。本当だったらこれくらいでは済まさないんですよ?」
将来探索者希望の生徒に対する当たりが強いのは教訓だ。
ダンジョンは下手すれば自分の命も危ういんだぞ、という脅しもある。
というかこれぐらいで文句言う人物が探索者になれるわけも無いので残当だ。
志歩ちゃんは交渉の余地なく撤退というメモを僕に回してくる。
授業中スマホの閲覧はできないが、気持ちは伝えたかったらしい。
本当に女子ってこういうの好きだよね。
僕は表向き望月グループの研究員の進路に向かうと前もって通達済みだ。
それでも戦闘科目の授業に出てるのは今時の研究員も戦えなくては生き残れないというのもある。
「リコちゃん! がんばえー」
「足捌きやば!」
「生足生足!」
「うひょーーー!!」
「男子ってやーね、女子のことを性的にしか見ないで」
「リコちゃんの生足は犯罪的だからしょうがないよ」
「確かに、同性でも視線を奪われちゃうわ」
ただゴブリンの攻撃を避けてるだけなのにこれだ。
だから僕はさっさと勝負を決める。
速度において僕の右に出るものが現れない理由はここに収束した。
けど、それに追いつく人物が現れた。
「センパイ! 今日も負けました」
「ああ、この前の。こんなので優劣つけたってどうしようもないでしょ?」
「それでも、目標はセンパイです」
まっすぐな瞳。ニチャッとした笑み。
どこでどう道を間違えてしまったのか、彼の笑顔は気持ち悪い。
場所が場所なら即補導待ったなしの笑みである。
「ちょっと秋生。そんな顔してたら誤解されるわよ?」
高校生になってもツインテールの小早川晶。それがまた似合うのが憎いね。
「ごめんなさい、師匠。生死不明の師匠が生きてるのが嬉しくて、感情が抑えられないんだと思います」
あの平謝りばかりしてた少女が、今では誰よりもお姉さんだ。
スタイルとか抜きにして精神性がね。
苦労人ほど成長が早いというのは本当か。
「望月さん、下がって。この生意気な一年坊は俺らがわからせてやりますよ」
こういうとき、前に出てくるのは男子だ。ここで点数を稼いで僕にいいところを見せようって魂胆だけどその子普通に強いよ?
何せ僕が仕込んだからね。Cランクになったばかりの君には荷が重いと思うけど?
と、そんな時。
『エマージェンシー、エマージェンシー。本日未明、校内ダンジョンでイレギュラーが発生! 職員や探索者志望生徒は直ちに対応せよ』
けたたましく校内放送が鳴り響いた。
「センパイ、どっちが多く仕留められるか勝負しませんか?」
「舐めるなよ、小僧。金で得たランクで望月さんに名前を覚えてもらおうなど、万死に値する!」
何故か高圧的なクラスの男子。
まるでお姫様を悪漢から守る騎士の様だ。
問題は誰がお姫様かと言うことでね。
「金で買ったかどうかをお見せしますよ。晶、優希行こう」
「望月さん、勝利を御身に捧げましょう! いくぞお前ら、初陣じゃああああ!」
「よっしゃあああああ!」
「皆殺しじゃああああ!」
「モテモテだねーリコちゃん」
「人を出汁にして勝負したいだけでしょ、僕の気も知らずにさ」
「で、お姫様は騎士の帰りをただ待ってるだけ?」
「悪いけど、そういうのは性分じゃないんだよね」
スカートのポケットから取り出したのは魔法陣の描かれたコンパクトケース。
それを胸に翳すと、制服が魔法少女みたいな衣装になる。なお、変身バンクはOFFにしてある。
ぽふんと煙が立って煙が晴れたら猫耳魔法少女がそこにいる感じだ。
なお、この姿はクラスの女子にはバレてる。
じゃなきゃクラスメイトのいる場所で変身とかしないし。
「そんじゃ、最速でやってきますか」
大股びらきで胸の前で手を合わせる。
「いってらっしゃーい」
「お土産待ってるよー」
「お土産は明日の平穏で許して」
それだけ言って僕は校庭を後にした。
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「秋生、気づいていまして?」
「ああ、イレギュラーという割にモンスターの数が多くない」
「後先生達がそれほど慌ててないよね。もしかして仕込み?」
「その可能性はなくもないけど、それはそれとして勝負は勝負だ」
盾を投擲してヨーヨーの様に扱いながら、秋生達は進む。
晶は魔法制御版を駆使して少ない魔力でモンスターの殲滅を可能にしていた。
「くそ、あいつら言うだけある!」
「装備持ち込みありだとこうも差ができるか!」
「だがリコちゃんの笑顔を一番に受けるのは俺だぁ!」
クラスメイトの男子が秋生達の立ち居振る舞いを見て焦りを感じ、普通なら行かない場所にも足を向けてしまう。
きっと油断していたのだろう。いや、焦りが油断を生んだのだ。
生暖かい吐息に鼻を曲げたと同時、左右から大きな顎が食いつく!
「うわああああああ!!」
男子はまるで怯えた少女の様な悲鳴をあげる。
しかし一瞬の浮遊の後、いつまで立っても衝撃が襲いかかってくることはなかった。
「危ないよ、奥に進んじゃ。このタイプのイレギュラーは面倒だ」
男子生徒が見上げる先には自分より小さな少女。
どこかで見たことのある横顔と声。
しかし同年代が袖を通すには無理のあるショッキングピンクの衣装に猫耳、猫しっぽはアニメの世界から出てきたと言われても納得してしまうほどだった。
ただ、魔法少女とするにはその目元があまりにも独特すぎた。
とんがったサングラス型のバイザーをつけた魔法少女だ。
可愛いよりも無理して格好つけてる背伸びしてる感じが愛くるしい。
本人はきっと格好いいと思ってるのだろう、クールな感じで役に入り込んでいた。
「貴女は?」
「にゃんにゃんマスク……とでもしてくれ」
「にゃんにゃん……そのマスクとった方が可愛いですよ?」
「余計なお世話だバカ!」
ぽこんと肉球のついた腕で殴られ、男子生徒は気絶した。
「さて、こんな場所にドラゴンが出るなんて聞いてないぞ? 一体どこからやってきたのかな?」
「危ないです! 師匠!」
「師匠、そこにいるのは師匠なのでしょう?」
「お似合いですよ、師匠!」
「ゴルルル(お母さんどこー? 迷子になっちゃった。お腹も空いてきちゃったし。これ摘んでから探そ)」
こうして突如現れた謎のにゃんにゃんマスクと秋生達はイレギュラーによって現れたドラゴンを撃ち倒すべく成り行きで共闘することになった。
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