第38話 錬金先輩、復帰する
「本当に、また始められるんですか?」
この家では妹として扱われる関係上、姉の望月鏡花(17)は僕が過去に行っていた配信を再び始めることに不安を感じていた。
ちなみに後輩がスライム化してしまった事実は伝えている。
じゃなきゃこうして養子として迎え入れてくれないし。
なんとかして情報を仕入れ、再び人間に戻すための研究の許可もしないだろう。
ずっと居候させてくれるわけでもないし、それ以前にタダで寝泊まりするのを良い大人がするのもアレだ。その為には先立つお金が必要だった。
後輩の建てた会社はほぼ人の手に渡って企画だけを僕たちがしてる状態。
一応運営費は入ってくるけど、生死不明の後輩の口座は凍結していた。
お金の管理を後輩任せにしていたツケがこんなところで押し寄せてくる。
そのためにも僕だけで回せる資金を早急に回収する必要があった。
手っ取り早いのは技術の提供だよね。
「今の僕にはこれぐらいしか出来ることはないからね。それに……」
「それに?」
「この子も、ヒカリだって息抜きが必要だ。大丈夫、望月家には迷惑かけないよ」
「そういう心配をしているんではありません! もっと私に、家族に頼ってくれてもいいんですよ? リコちゃん」
「あの、僕一応男だし、君のお父さんと同年代なんだけど? ちゃん付けはちょっと……」
「それとこれとは関係ありません! 今は私の妹ですから。姉が妹の心配をして何が悪いというのです?」
なんというか、こう……
彼女の推しの強さは後輩の血筋だなっていうのを感じる。
お父さんのカゲルさん然り、僕の見た目が母性本能をくすぐるのか、第二の後輩として頼んでもないのに身の回りのことを色々してくれた。
ありがたい限りだが、たまに見せるニチャッとする笑みだけは受け付けない。
秋生から受けた湿気のある笑みよりも業の深い何かを感じた。
それはさておき、昔のデータを引っ張り出して、配信を開始。
間に一年空いてるし、なんだったらとっくに引退してると思われてる。
なんせ拠点にしてたハワイが消滅しちゃったから。
でも生存報告を兼ねた配信はやっていきたい。
それに報告したい事もあるんだ。
あんまりめでたい報告じゃないけど、今後も配信続けていくよって旨の告知だ。
「こんちゃー、お久しぶりです。先輩だよ!」
ぴよんぴよん!
『最近壁からスライムに転生した後輩です。みんな元気してたー?』
同時接続数日は0。
当たり前だけど、ちょっと凹む。
登録者数も随分減った。
当時一億人以上居たリスナーは600万人まで減っていた。
いろんなことがあった。
世界規模でダンジョンが活性化したし。
人類はダンジョンを脅威として再認識した。
当時の平穏は形をひそめ、世紀末味を帯びてきた。
<コメント>
:おっ
:生きてた?
:本物?
コメントがポツポツ返ってくる。
けど、どこか当時のノリではなく探るようなコメントだ。
「ちょっとここ一年バタバタしてて配信出来なかったんだ。でもひと段落ついたからそろそろ復帰しようかなって」
<コメント>
:災害当時ハワイに居なかったの?
:おばあちゃんがハワイに住んでたんです! 知りませんか?
:無茶言うな先輩だって今までいっぱいいっぱいだったんだぞ?
:当初はどこで使うんだよって思ってたレシピ、めちゃくちゃ有益でした
:おかえり、先輩
:待ってたよ!
ハワイの行方不明者を探す人、そのほかに無事を祈ってくれた人。
当時発表したレシピ、底上げした熟練度で今では海外で活躍してる人がコメントを寄せてくれた。
あったけぇな。
配信復帰してよかった。
今までは生活するのもやっとだったから。
後輩もこんな姿になっちゃったし。
でもスライムって意外と電子機器もOKなんだね。初めて知ったよ。
それとも後輩が特殊個体の可能性もあるか。
なんでスライムになったのに今まで以上のスペックを発揮してるのか。これがわからない。まぁ後輩の事だし、姿が何に変わろうと問題ないのかもね。
「ありがとう、実際後輩が重体になって、それの看病も含めて配信復帰する予定はなかったんだ。でもさ、後輩がそれでもやろうって言ってくれて、戻ってきました」
<コメント>
:壁からスライムに転生した理由それなんだ?(困惑)
:壁のまんまでもよかったんじゃ?
:どうせ気分の問題
:後輩ちゃん……重体になってまで先輩を支えるのはもはや嫁なんよ
:これは先輩がもらってあげないとダメなやつ
:問題は先輩が可愛すぎること
:流石にVの皮と本人は別物でしょ
「そうだよな。僕が責任取らなきゃだよな」
『もう私たち一心同体みたいなもんですからね。お父さん役は私がします』
「何言ってんの? お父さん役はどう考えても僕でしょ! 僕から男の役目まで取らないで!」
『先輩はママ役頑張ってくださいね!』
「なんでだよー」
<コメント>
:後輩ちゃん、体を張ったギャグやめて
:本当に重体なのか?
:きっといつものノリを取り戻そうと無理してるんだよ
:今の日本の状況は最悪だって聞くしな
:世界中どこでも人類に逃げ場なしって感じだもんな
:正直先輩のレシピなかったら人類詰んでたぜ?
:快癒湿布様々ってな!
:ただし模造エリクサー、お前はゆるさねぇ!
:なんでだよ
:父ちゃんが母ちゃんになったらどんな顔して接すりゃいいんだよ!
:普通蘇生したことに感謝こそすれ、恨み節叩くのは論外なのよ
:薄めて作ったのがTSポーションだしな
:あれ、最初は若返りポーションって話じゃないっけ?
:ごく一定の確率でTSする
:ちなみにTS要素は品質A〜で若返り効果があるのが品質Sな?
:はえ〜、そんな効果があったんすね
最初こそどこか手探り感のあるコメント欄も、近況報告を兼ねた会話で盛り上がる。今や世界のあちこちで多くの難民が出ており、他国で受け入れられないままダンジョンと戦って死亡する人が多いって話をよく耳にした。
コメントだけ見るならふざけた感じなのに、どこか現実から目を逸らすように空元気を回している気さえする。
「と、まぁそんなわけでまたレシピを公開していくからよろしくね。こんな時にふざけてる場合じゃないってのは十分承知してるけど、正直どこかで気を抜く場所がないと疲れちゃうでしょ?」
『先輩はここ最近気を張り詰めてましたからね』
「そりゃなんの因果か魔法使いデビューさせられたらそう思うでしょ」
『間違わないでください、先輩。魔法少女です』
「はいはい、すいません間違えましたー。これからは猫耳魔法少女おじさんとしてモンスターと戦うことになったのでよろしくね?」
<コメント>
:もしかして世界のヒーローの他に暗躍してる魔法少女の一人って、先輩?
:どこかの誰かが作った変身ベルトと変身ステッキがここにきて実装されたしな
:でもあれってSランク専用って話じゃないっけ?
:今はそれを盛り上げるためにテレビでも特集組んでるよな
:今まではどこか対岸の火事として取り扱ってたSランクも、今やヒーローだし
:そのヒーローに憧れる子供も多いしな
:問題は変身ベルトのカスタマイズの幅が少ないこと
:え、カラーバリエーションは多い方じゃね?
:ルックスの事だろ?
:ああ!
「そこは製作者特権で。その改良案も兼ねて発表してくぞー。まずはこいつだ。ダブルセットエクスチェンジャー。こいつは二つの特性を同時にセットして、攻撃にも防御にも転用できる。僕はおじさんなのでこういうのが大好きだ」
『変身パターンは魔法少女で流しておきますね?』
「そこはヒーローもので行こうよ」
『ダメです。決定事項で……あー手が滑ったー』
流れる変身バンク。
僕を媒体とした魔法少女が宝石箱を開き、二つのリングにキスをする。
宝石箱には合計
魔法少女プリティリコの誕生だ。その攻撃力は飛躍的にアップしてるが。残念、扱うのは銃器で攻撃手段は後輩による高速吸収なんだよな。
僕はただのガワを用いた広告塔だ。
ヒーローの変身バンクはガイウスが用いたのを代用している。
あいつ今どこで何やってんだろ?
<コメント>
:おい!
:早速ダブルの壁を突き破ってるんじゃねぇ!
:かわいい
:変身バンク凝ってるなー
:後輩ちゃんの愛の成せる技
:本当に重体なのか?
:そんな状態でも手を抜かないんやろ
:たまげたなー
「取り敢えず、Cランクから一属性、Bランクは二属性、Aランクは三属性、Sランクは四属性扱えるようにはしてみたけど、媒体を何にしようか考え中。最終的に多く扱うから、入れ替えできるようにはしたいな」
<コメント>
:スロットメモリやろ常考
:じゃあ三つの奴ははコインか?
:その流れでいくと四つはスイッチになるじゃろがい!
:カードもええぞ
:意外と宝石も良さそうだ
:馬鹿野郎! 男はベルト一本で勝負せんかい!
:二つはダブルかビルドで意見が分かれるな
:ルナ! トリガー!
:タカ! トラ! バッタ!
:男子は楽しそうでいいわね
「流石にまんまの属性は取り付けないからね。体を硬くするとか、ブレスに対応するとか耐性を上昇させるとかそういう系統で」
<コメント>
:十分性能エグくて草
:え、それ本当にCランクから使えていいの?
:相変わらずぶっ飛んだアイテム作ってるなー
:やっぱ先輩はこうでなくっちゃ
:ダンジョン災害が起きるまでは使い道の方を考えてたのに
:今やこういうのが欲しかった! ってなるからな
:もっと早く出せって言ってくる輩も多いだろうけど頑張って
:$50,000/ベルト代:おかえり先輩
:早速ベルト代お布施ニキが出てきてるwww
:エンじゃなくてドルだぞ?
:海外ニキ達もついに気づいたか
いつの間にか同接一万人を突破していた。
やはり研究成果は出すべきなんだよな。
ここ一年は忙しなかったから研究もままならなかった。
けど、これからは公の場で発散できる。
僕にはつくづく配信が必要だと、一度失ってから理解した。
そういう意味もあって、後輩は後押ししてくれたのだろう。
スライムになったとて、僕を支えてくれる。
なんて先輩思いの後輩だろう。
これで性癖さえまともなら……なんて思うのは失礼か。
「これは生産が安定したら会社を通して組合に回すよ。勿論例の如くリースだけどね」
<コメント>
:まぁ、犯罪に使われる危険性大やし残当
:にゃんにゃんプラントの新作きちゃ!
:あんまり目立つところにロゴつけないでー
:ベルトやステッキそのものより、やばいのは装着系だから
:ベルトも十分やばい性能してるから買切りも無理やぞ
:ステッキが魔力+200、魔法威力+100だっけ?
:ベルトも耐久+200、攻撃力+100だから
:それをCからはおかしいでしょ
「色々言われてるけど、命あっての物種だから。ベルトそのものに帰還装置もつけてるからいつでも緊急退避可能だ。何よりも情報を持ち帰るのを最優先としてるからね。色々ブラックボックス多いから売るのは基本無理なんだ。ごめんね」
<コメント>
:十分! これのおかげで死者マジで減ったから
:海外ニキ達も自国に欲しいって日本を非難してたくらい
:日本が割と平和なのって先輩のおかげなとこあるし
:叩きたい奴は理由なんてどうでもいいから無視してもろて
「なるほどねー。まぁそれとは別に違うサービスも始めたいと思ってる。それがモンスターの死体回収サービスだ。物によってポイントを加算し、自社メーカー『にゃんにゃんプラント商品』を格安で利用できるサービスを考えてる。探索してる人ってよくこんな事態に遭遇しない? 討伐したはいいけどマジックポーチを所有してないから死体を持ち帰れないって。そこでこの転送カードをシュッと投げれば資源にはならないが自社ポイントが加算されて組合で提供しているアイテムをお手頃価格で購入、または利用できると言うものだね」
<コメント>
:は?
:神!!!!
:解体しても旨みゼロのモンスターも居るしな
:解体の手間が省けて荷物も減り、NNP製品がお安く利用可能?
:特に昨今はそこらじゅうに死体が放置されてるからな
:ごみ収集業者もモンスターは燃やせないらしくて頭抱えてるよ
:そんなことして先輩になんの旨味が?
「研究素材の利用を考えてる。実は制作難易度が高すぎてレシピ公開はまだまだ先になる、とあるアイテムを用いるとモンスターの技術をコピーできることに気が付いたんだ。ゆくゆくは武器や盾にそれをインストールして使えるようにしたくてさ。それで資源に向かないモンスターから手をつけようと思って」
<コメント>
:優しさで溢れてるんよ
:必ずや邪智暴虐なるダンジョンから地上を奪還しようという意気込みがすごい
:実際、政府もそこら辺に手が回ってないからな
「と、言ってもこれはまだまだ実験段階だし、まずは素材提供してもらわないことにはね。その返礼品がアイテムの提供になるから気長に待ってて」
<コメント>
:返礼品は不要
:そうそう、ゴミを処理して更にNNP製品を格安で扱える時点で神だし
:あんまりへりくだりすぎると嫌味だぜ?
:先輩なりに俺らを心配してくれてるかもしれねーけど
:俺らそこまでやわじゃねーし
:でもベルト配布はマジ助かります
:配布じゃなくて貸し出しな?
:でもそれもゴミ拾いポイントで?
「利用できまぁす♡」
<コメント>
:やっぱり先輩しか勝たん
:政府ももっと先輩を見習って
:見習えない最大の理由は錬金熟練度くらいか
:まずその領域に誰も辿り着けないもんな
:《ローディック》錬金術なら200になったぞい?
:ローディック師! ローディック師じゃないか!
:お久しぶりです!
:《ローディック》先輩がおらん間に私に仕事が回ってきてのう、骨が折れたわい
:実質魔導具技師の親分だし
:先輩死亡説もそこらじゅうで噂されてたし
:事実無根だったけどな
:実際今日復帰するまで死亡説は濃厚だった件
:それまで誰にも連絡取らなかったの?
「ローディック師、お久しぶりです。連絡は取れる状況にありましたが、そんな気分じゃなくて取らなかったですね。後輩が重体なのに僕が配信なんてしていいものか、今日まで悩んでましたよ。彼女の治療が最優先じゃないのかって」
<コメント>
:そりゃそうよ
:俺たちはそんな状況だなんて知らないもんな
:行方不明になってる時点で絶賛事故にあってるようなもん
:生きててよかった!
:おかえり先輩
「うん、ただいま」
発表したアイテムの告知はローディック師の人脈によりたちまち世界中に届けられる。僕の生存報告配信と、新たに人類の強い希望となる変身システム。
そして……僕たちのラボに集まるモンスターの死体達。
これは後輩が進化するための餌だった。
「どう、進化できそう?」
『どうもこれ以上は体積増やせないみたいです。味は美味しいですよ?』
どう見ても味わってるようには見えない。
プールにモンスターを入れて、ジワジワと解かされていく様を見せられてる状況だ。ちょっとしたホラーだよね。
でも受け返しはいつもの後輩なので受け入れられてる。
「でも固有スキルは結構増やせたんじゃない? あとはどれくらい量産できるかだけど」
『基本的に分体を作って神風特攻させるだけですからね。一日30発撃てるかどうかです』
「そっかー、多様は厳禁て奴だね。でも減った体積は?」
『餌を食べたら回復しまぁす!』
なんてお手軽な能力だろう。
モンスターってこんなに簡単に成長できるもんなの?
だったらダンジョンで生き残り続けてる個体って結構やばいやつが多いんじゃない?
「なら、君は基本的に転送陣の中で待機してもらう感じだね。その見た目じゃ持ち歩けないし」
『分体に護衛させるのがベストでしょうね!』
「護衛場所が頭部で猫耳に擬態するのだけはやめて欲しいかなー」
『何言ってるんですか、先輩のアイデンティティでしょ!』
それを認めた覚えはないから言ってるんだよね。
なお、擬態中の後輩は望月家から歓迎されている。僕にもよく似合ってるとの事だ。この家族、やっぱり後輩の血族だなって感じがしてちょっと恐怖を抱いてる僕がいる。
当然、僕のおじさん主張は一度たりとも通った事はない。
解せぬ。それもこれも物理的に僕の男のシンボルを後輩に奪われてしまったのも大きい。
転送陣をそんな風に悪用されるとは思わなかった。これでいつでもどこでもトイレが出来るらしい。確かに学校絵でトイレに行くとなると女装してる関係上女子トイレに連れ立って行くことになるしそれは避けたいもんね。
後輩なりに気を遣ってくれてるんだろうけど、ちょっとどころかかなり納得いってないところもある。
「リコちゃん、お背中流しに来たわよ!」
「どわーーーー!」
入浴中に、鏡花ちゃんがお風呂に侵入してくるのも、ここ最近の僕の悩みだ。
大きく立ち上がることはないが、興奮はするのでやめて欲しいよね。
僕はおじさんなのだと、良い加減理解して欲しい物だ。
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