第37話 錬金先輩、再会する

リコがハワイに帰り、二年の月日が経つ。

秋生達は中学在学中にBランク探索者になっており、高校に入学時からそれなりに噂される様になっていた。


現役高校生でAランク探索者に最も近いとのこと。

事実だし、否定することでもないので秋生は噂を受け流していた。


「秋生は、もう少しは嬉しそうにしたら?」

「ダンジョンの出現タイミングが年々早くなってるのに、浮かれてられないよ。それに……」

「ええ、ハワイ全土を飲み込んだダンジョン災害。死傷者の中にリコ様のお名前はありませんでしたが……」

「もしダンジョンの中で逸れたのなら、僕が助けに行かなくちゃいけない。その為にもランクは高い方が良いから。こんな所で足踏みしてられないよ」


それでも、と唐変木になってしまった秋生の頬を釣り上げて笑顔を見せてやれと晶は促した。曰く、辛気臭いとのことだ。


「晶ちゃんは相変わらずだねぇ。アキ君もアキ君だけどさ」

「優希、クラス分けは?」

「中学と同様に同じクラスだよー」

「運が良い……とは言えないな」


秋生は心底呆れた様に仲間を振り返る。

胸を誇らしげに張る少女が一人。

小早川晶だ。


「また親のコネを使ったな? もう僕達は子供じゃないんだ。自立できてる」

「それでも、同じクラスの方が待ち合わせはしやすいじゃない?」

「それはそうだけど……はぁ、どうせ言い出したら聞かないんだから」

「そこは感謝するところよ?」

「はいはい、いつも助かってますよ」


クラスに入るなり視線が集中する。

どうにも歓迎されてない感じ。


探索者はいつでもなれる職業だが、ハワイ全土を飲み込んだダンジョン災害をきっかけに、全国民に探索者になる義務が課されて高校生でも探索者は珍しくもなかった。


それでもBランク上位ともなると珍しい。

普通はCからBに上がるだけでも長い期間の活動が課せられる。

だからランクを金で買ったのではないかという噂が先行していた。


実際にCからBに上がったのは中学2年から3年にかけて。

普通に1年以上Cランクをしてきている。

トントン拍子ではきてないのだが、他者はそこを軽んじる。


“Bランク様は余裕だね”

“どうせ金を積んで得たランクだろう?”

“違いない”


苦労を知らないから、そうだろうと決めつける。

実際にやってみればそんな楽な道なんてないのだが、嫉妬の理由に意味などはない。

同年代でどうやってその域に達せたのかなんて推測の域を出ないからだ。

だから噂は面白おかしく尾鰭をつけて加速する。


「まーた難しい顔してる。言わせときなさいよ、あんなの僻みよ」

「分かってる。僕達も師匠と出会わなかったら彼らと同じ様に上位探索者を羨んでいたと思う」

「私も、そうだと思うわ」

「本当に、師匠には世話になりましたから」

「だから、次の禁域探索権は僕達“チャレンジャー”が頂くさ」

「ええ」


チャレンジャー。挑戦者。

リコから教えを授かり、足りないものを埋めるも未だその隙間を埋めきれない秋生達が抱える問題。

新規メンバーをいつまでも募らないのは、そこに入るべきメンバーが決まっているから。

パーティの四人めは二年前からリコで固定されていた。


ダンジョン災害は今や全世界の1/3を飲み込むほどの被害を出しており、人命救助に至ってはまだ大々的にメスが入れられていないのは明らかだ。


個人的な目的はあれど、ダンジョンから人類の領土を奪い返すという意味でも秋生達の目標は至極真っ当であった。


「本日のカリキュラムは接敵対応、だそうよ」


優希が二年前まで体育だった教科が戦闘訓練に置き換わった科目を口頭で伝えてくる。武器の持ち込みは基本的にNGで、学校側が用意した模擬専用装備で対応するのが慣わしだ。


「相手はゴブリンかな?」

「懐かしいわね」

「師匠の前では気丈に振る舞っていたけど、正直引いてましたよ、私」

「私もよ」


おおよそ3年前。当時中学一年生だった秋生達は同世代でどうしてあそこまで知識のある人がいるのだろうと不思議に思った。

しかも探索者になったのは秋生の方が早かったのにも関わらず、リコの有する知識群は秋生を越えた。


新人探索者が有する知識量ではないことは秋生にだってわかってる。

だから中身は本当におじさんなんじゃ? と思うこともしばしばあったが、あの見た目でおじさんはないとすぐに正気に戻る秋生である。


高校生であろうと一般教養の座学はある。

しかし街中にいつダンジョンモンスターが溢れ出るかもわからない危険性を孕む為、高校生以上の探索者ライセンス取得義務が課せられる様になったのはつい最近のことであった。


突如ハワイ諸島に出来た大穴。

それが世界最高峰の難易度を誇ると言われるEXランク。

浅い場所から上位ランクモンスターが徘徊し、最低でもAランクはないと生き残れない場所ともっぱらの噂だ。


半端な実力で突入しようものならダンジョンの養分になるのは目に見えている。

ダンジョンを今まで資源として活用してきた人類にとって、突然の反発は飼い犬に手を噛まれた様な気分であった。


ダンジョンと仲良く付き合えていたと思っていたのは人類側の勝手な思い込みだったのだ。


「タウント、からのシールドバッシュで一丁上がり」


“スゲェ、あんな流れる様に制圧できるのか?”

“どうせ仕込みだろ”

“調教師なんて聞いたことねーぜ?”

“じゃなきゃなんであんな簡単に”


戦闘経験がまるで違うからだ、言った所で通じないんだろうな。

たった一匹制圧できない様ではリコに笑われる。

当時タッグを組んだ時に嫌でも理解された。

幼い見た目に騙されていたのは他でもない、秋生なのだから。


「流石ね、秋生。私なんて消し炭にしちゃったわ。望月グループの制御基盤がないと魔法制御が利かなくて」


そう言って笑う晶。

リコが帰国してすぐとある企業が発表した偉大なる博士と発表した制御基盤。

錬金術と魔導具技師の最高峰であるこれらはリンクすることで溢れる魔力を等分に振り分けることのできる制御装置だった。


魔法使いにとって魔力の枯渇はより深くダンジョンを潜る意味でも最優先事項。

特に晶は昔から異様に魔力量が多く、一発に込める魔力量で相手を圧倒してきた脳筋キャスター。その分すぐに魔力切れを起こし、近接戦闘に対応できる成長をした。


けどこの制御基盤が流通してからは近接戦闘はかじった程度のものとなる。

狙った通りに少量の魔力を魔法陣に流し込むことで威力を絞ることができたのだ。まるで晶のために用意されたのかの様なアイテムに、望月グループの社運を賭けたコラボアイテムは大成功を収めた。


「先生はなんて?」

「仲間を巻き込みかねないから次から制御盤の持ち込みを許可するって」


んべ、と舌を出す晶。

この子、そうなるってわかってて最大威力で放ったな?

あれはゴブリンじゃなくてレッドオーガを仕留める威力があったと思う。


「お疲れ様でーす。みなさんお早いですね」

「お疲れ優希」

「優希だってサポート系の割には早い方でしょ?」

「まぁ、そうですね。そこだけは経験の差でしょうか。どこにナイフを入れれば相手が怯むか何度も解体していれば、ね?」


かつて相手をビビらせる目的で放った言葉を受け、秋生は苦笑いする他ない。


「それよりもタイムアタックの発表が出るぞ」

「どうせ私達が一番でしょ?」

「晶ちゃんは自信家だねぇ。全校生徒対象で一番を取れるほど甘くないよ?」

「俺たちの順位はどうせ上位だろう。この学校のトップがどの辺りにいるかそれだけを覚えて帰ろうか」

「私達より上が居ると?」

「今や探索者ライセンスは持ってて当たり前。僕なんかよりよっぽど追い詰められて獲得した人は知らないだけで存在してる可能性だってあるだろ? 例えば転校生とか」

「そうね、お台場ダンジョンでは見かけなかっただけって事もあるか」


そこで発表された上位の名前に三人は凍りつく。


「え?」

「なんで師匠の名前がここに? いえ、苗字が違う?」

「行方不明者の可能性はあった。だから僕たちはダンジョンに潜ろうと……」

「生きて出会えたのならよかったじゃない。何はともあれお話を聞きましょう」

「そうだね」


嬉し涙を堪えきれず、晶や優希に背中を押されて件の人物に会いに行く。

秋生はここ三年ですっかり人相が変わっていた。

無邪気な少年は消え去り、母親と縁を切り修羅となった男がそこに居る。


「師匠!」

「だれ?」


懐かしさに声をかけたら、当然の如く疑問符を並べられた。

無理もない、それだけフレッシュさが当時より消えている。

今の秋生は老け顔となじられても仕方ない人相だ。


「僕です、秋生です。大塚秋生」

「だから誰? もしかして記憶を失う前の僕を知ってる人?」

「!」


その可能性は十分にあり得た。

あんな災害が起きたのだ。意識不明の重体で運び込まれ、かろうじて生き残ったのであれば、記憶になんらかの障害が残っていても仕方ないだろう。

なぜそれを考えなかったのか、それだけ秋生にとっては覚えてくれていることが前提であった。だからかつての恩を返すように、当時の思い出を語る。


「はい。中学の時、あなたに出会い道を正してもらいました」

「そっか。僕って君を導いたんだ。全く記憶にないや」

「無理に思い出さずとも結構です。こうして無事を知れただけでも僕達には朗報でしたから。しかしいつ日本に来たので?」

「去年ぐらいかな? 被災地で保護された行く当てのない子供達はまとめて施設入りした。ある程度行動できる様になったら安全な国で探索者になるべく送り込まれる。僕の血筋に日本人が居たから日本に送り込まれたってわけ」


話を聞いてあり得ることだと思った。

そして同時に孤児みなしご扱いされている時点で国籍がないのでは、という心配が優る。


「しかし師匠は流石ですね。もう探索者ライセンスはAに至ってるんじゃないですか?」

「なんの話?」

「いや、この速度でゴブリンを倒せるのなら相当探索者ライセンスはお高いだろうと」

「早いだけで強くなるの?」

「それだけ行動が可能となりますから」

「ふぅん」


全く興味なさそうな声。

それもそうだ。ハワイで誰と暮らしていたかなんて聞いてない。もし一緒に暮らしている相手がいたとしたら、その人と離れ離れになっている可能性すらある。

居てもたっても居られなくなり、秋生は申し出た。


「探索者ねぇ、なったら何かいい事あるの?」

「少なくとも、安全に地上を歩けますよ」

「そりゃ魅力的だ。積極的に狙ってみよう」

「それで、もしよろしければ僕達とパーティを組みませんか?」

「……なんで?」

「僕たちはあなたと別れて以降、後悔の連続でした。ハワイ全土を飲み込んだ大規模災害。あなたの行方はそこで潰えた。ビザがきれたかたと帰国したあなたをあの時なんとしても引き留めていればと思わなかった日はありません」

「でもごめんね。僕は最優先でやる事があるから」


そっけなく振られた秋生。しかしここで引きさがってはいられない。

Aランク探索者になってでも探すべき相手はすぐ目の前にいるのだ。

生きててよかった、で終わりはあまりにも無責任がすぎる。


「それがなんなのか聞いてもいいですか?」

「聞いてもきっと理解してもらえないよ」

「それでも、何か僕達がお役に立てる事があるのなら」

「無理だよ……だって僕の最優先事項は──」




長い沈黙を打ち破ったのは、師匠の方から。




「──モンスター化した人間を元に戻す方法だもん」


「モンスターを駆逐しようとしてる相手に頼む事じゃないでしょ?」とリコは儚げに微笑んだ。

よもやここに来て自分たちの力がそれを阻む者になろうとは、秋生には思いもよらなかった。



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まいったな、ここで秋生に出会うとは思いもしなかった。


『先輩、処す? 処す?』


ノリでもそんなこと言わんでよろしい。

後輩はモンスター化した事ですっかり物騒な物の考えとなってしまった。


二年前、僕達の拠点を襲ったのは海に擬態したスライムだった。

僕はアメリアさんから招待されたパーティにお呼ばれしたので難を逃れたけど、データを取りに行くと戻った後輩は拠点ごと消失。


拠点のあった場所はヘドロの海。そこは地上にありながらダンジョン化しており、あちこちからスライムが湧き出て侵入者を溶かそうとしてくる魔境と化していた。


そんな場所で僕は呼びかける声に応じ、拠点のあった場所で一匹のスライムと出会う。それがただのスライムでないことは一目で分かった。

何せ僕を見ても襲いかかってこないどころか、明らかな奇行に走ってるのだ。


『先輩! 先輩! このお洋服きっと似合いますよ。ちょっとなんで無視するんですか! おーい!』


それは自らを水着か何かに擬態させ、近くにいたスライムに着させようとする行為。やられた僕にはよくわかる。あんな性癖を持つ人物は一人しか思い当たらないん


もしかして彼女は僕もスライム化してしまったと思い込んでいるのか?

塩を取り出して、変態行動を繰り返すスライムに振ってみる。


『痛い! 痛い! やめて! お塩振らないで! 縮んじゃうから! 誰ですか! そんな酷いことする人は! 流石の私でも怒りますよ!』


普通ここまでされたら敵対行動を取られたものとして襲ってくる。

けど、コアを赤や紫に明滅させるだけで襲ってこない。

なんだったら威嚇してくるのに、どこか暴力を振るいたくない意志すら感じて、ついいつもの調子で話しかけてしまった。


「何やってんの、君は」

『もしかして先輩ですか!』

「君は僕が槍込聖だってわかるの?」

『もちろんです! 世界中の誰よりも愛してますから!』

「その割には僕じゃない相手に声かけて自分の性癖押し付けてなかった?」

『それは……だって寂しかったんですもん! うえーん!』


スライムに人差し指を差し出し、それが体表の一部に触れると不思議と後輩の声が聞こえた。


普通こんなことしたら捕食されても文句は言えないのだが、一向に捕食しようだなんて思わないくらいに必死に弁明してきた。

これは間違いなく後輩だ、と再認識する。


何がどうして自我が残っていたのか?

他の住民たちはどうしたのか? いろいろ聞きたいこともあるが、それはさておいて目下の行動指標を立てる。

流石に見つけてはいおしまいと言えるほど後輩の状況は切迫していた。


「これからは一緒に行動しよう。それで君がどうやったら元に戻れるかを模索する。新しい課題だ」

『私は別にこのままでもオッケーですけど?』

「それはそれで僕が困るんだ」

『え、先輩がそこまで私を頼っててくれたなんて初めて知りました!』

「意外と君って自分のことになると鈍感だよね。大体その体でどうやって交渉するの? 配信だってまだまだしてくのにその体たらくでどうするのさ?」

『それは案外どうでもなりそうな気がします』


こともなげに言うんだから。でも君のそういう自信過剰なところ、案外嫌いじゃないよ。


……と、こんな感じで後輩がスライムになってしまったので僕としても衣食住を全て任せていた相手が人類の敵になってしまったので、このままじゃいけないと思い腰を上げたのだ。

なお、配信は案外なんとかなった。


それはそれとして学校に通ってる意味もある。

なんと後輩はダンジョン以外で長く生きられない体だったのだ!

僕はカチカチスライム君で後輩を捕獲後、休眠中の彼女をカードに封印。


彼女の意識の覚醒にはご飯が必要不可欠。

そこでダンジョンだ。

討伐したモンスターにカードを突き刺し、不思議な力で吸い上げる。

カードが光ったら吸収成功……という体で活動している。


別にモンスターの能力を吸い上げたとかではなく、後輩が食事しただけだ。

そして後輩が進化した場合、固有能力を授かる場合がある。

僕の銃にカードをセットすると後輩の能力が弾丸として発射される仕組みを作った。


それで最初こそは注目を浴びてたが、そこで一つ問題が起きた。


そう、国籍だ。

僕は絶賛根無草。かろうじて後輩の同居人として海外移住の許可を得ていた。

一応米国でも国籍を頂いていたが、拠点の消滅とともに無効。


それで後輩のお兄さんに頼って養子になった。

妹を元の姿に戻すまでの間と言っているが、いつまでこの状態かわからない。


で、なぜか僕はカゲルさんの娘さんの妹として高校に在籍。

遠縁の子として紹介されて現在に至る。


なお、女装したままだ。

いい加減みんな僕が男であることを思い出して欲しい!

女装が似合いすぎる僕が悪いのか?


『先輩は今のままで十分です!』

「はいはい」

『それに女の子になっちゃったらそれはそれで魅力薄ですし』

「君は全くブレないよなぁ」

『でへへ、それが唯一の取り柄なので』


この子に至ってはモンスターになっても全くブレないのが凄い。


合衆国では一度モンスター化した人類は復元不可能と発表。


徐々に理性を失い、欲望に忠実になる。

助け出す方法は理性があるうちに殺してやるべきだ……なんて法律で決まったのに、後輩ときたら生前から本能に忠実すぎてどこも変わってないように見えるんだからおかしな話だよね。

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