三章 元社畜研究員、迷宮の真意を探る

第36話 王の執着(side大塚アキラ)

富士の樹海ダンジョンの奥深く。

そこではドラゴン種が身を寄せ合って暮らしている。

かつてドラゴンによって救われ、攫われた大塚晃。

彼はその地でメスドラゴンのアキラとして暮らし、夫と子供達と仲良く暮らしていた。

そんなアキラだったが、二年の月日は彼を窮地に追い立たせていた。


『コア様、私も集いに参加すると言うのは本当でしょうか』


赤龍王コア。

かつて晃を救い、その身に龍の刻印を刻んだ張本人。

見た目は非常に女性的だが、生えている。いわゆる両性具有という存在だった。

お婿さん、またはお嫁さん探し中の彼女は旅先でアキラと出会い一目惚れ。

今では群れの長として振る舞っている。


スレンダーなアキラと違い、見た目はいまだに中学生の様だが、これでもれっきとした主人だ。

割と突拍子もないことをするし、アキラも自分が餌なのか奥さんなのか微妙に立ち位置が確立出来ないくらいに捕食されていた。


龍種に取って捕食は愛情表現だ。

なんてコアに説明されたが、いまだに納得いかないアキラ。

人間としての暮らしが長かったのもあり、ドラゴンの生態系を詳しく知らないがそんな表現など聞いたこともない。

オスならメスを守る者ではないのか? と憤慨してみせるが、ダンジョンという閉ざされた社会に住まうモンスターに常識を説くほど無駄なことはない。


そのまま餌兼奥さんとして扱われて二年。

六〇匹の子供達と共にアジア圏を支配していた。


これはダンジョンモンスターになってから知ったことだが、ダンジョンの最新部にはあらゆる場所と繋がるゲートと呼ばれる場所がある。

日本生まれ日本育ちのアキラにとって、生まれ故郷が火の海になるのは避けたいと心のどこかで思っていたのだろう。

富士の樹海は拠点にしつつ、もっと広大なユーラシア大陸に遠征してその群れを拡大していた。


そしてコアの命により、近日行われる各大陸の長の集まりにお呼ばれしたコアの伴侶としてアキラも同席することとなった。

そこまではいい、いや全く良くないが。

問題はその集まりに来て行く衣装があまりにも特殊というか、まるで自身を料理に見立てたみたいでちょっと引く。


『なんじゃ、我の選んだ装束に袖を通すのは嫌か?』


子供が甘えた様な声色でコアは囁く。

アキラのことを思って選んだ。その心に嘘偽りはないだろう。

見た目こそ美少女。しかし気分でアキラを捕食してきたことから考えても気分屋の一面を併せ持つコア。

相手の顔色を窺う技術はこの二年で随分と培われていた。


『別にそこまでは言ってませんが、はぁこの身はコア様と子供達の為に熟成させてきたと言うのに、どこの誰ともわからぬものに与えるというのはちょっとだけショックです』

『アキラは美味じゃからなぁ。我も献上品をどれにするか悩んだんじゃが、不死のアキラならいくら喰われても復活するじゃろう? 献上品にするにはもってこいと思ったのじゃ』

『せめて行く前にお申しくださいな。私にも心の準備というものがあります。旦那様からどれだけ愛されようと、未だに信じきれぬ私がおります』

『うい奴じゃのう。どれ、種をつけてやろう。我以外のオスに靡く真似をせん様にな』


何かを愚痴るたび、アキラはこうして手懐けられた。

別にメスの喜びに目覚めたとかではない。


死の淵に至ると強い子供が誕生しやすいというデマみたいな伝承を信じ切ってるコアによって捕食されながらのプレイが行われる。

最初こそ肩口を甘噛みされるだけで済んだが、この二年で随分と可食部位が増えた。なんなら行為そのものが全部無駄であったかの様に魂まで食べられたことがある。


が、蘇生。

まるでコアが存命してる限り死ぬことすら許されない肉体になってしまったのかと思うとゾッとする。


そして卵は何事もなかったかの様に無事生まれた。

死の淵に至ったこともあって自分の子供とは思えない精悍さと力強さを併せ持つ。こんなのが六〇匹、ユーラシア大陸に蔓延っている。

日本で一匹でも見つかろうものなら壊滅してるんじゃないか?


それほどまでにユニークな個体だった。

レッドアイズツインヘッドブラックドラゴン。

某カードゲームに出てくる様な風貌の二つ首を持つ巨龍。

生まれた時こそ小さくて可愛かったが、その身を捧げてからの成長は凄まじかった。


アキラは母としての存在の他に、ドラゴン種のパワーアップアイテムとしてその身を確立させていた。生きたまま食べられることに慣れるくらいには酷い生活環境を送ってきた。


これがドラゴン族の子育てだと聞かされた時は吐き気を催したほどだ。

だがワンオペで育てるとなるとあまりの忙しさに『もうどうにでもなーれ!』みたいに嫌気がさす時がある。

そんな時に身を捧げるだけで勝手に成長するならWin-Winでは? なんて思うくらいには疲れ切っていた。


考えることを放棄した結果に今がある。

早く楽になりたいという気持ちを裏切る様に、卵を産めば産むほどアキラの肉は熟成して美味となる。


かつて伝承にあったフェニックスなど屁ではない。

その肉に込められた性質は以下の要素を含む。

死者蘇生、肉体超成長、肉体復元、魂の再生、不老長寿。

人類が欲してやまない憧れの象徴。


それを人を捨てた先で得たことがアキラにとっての皮肉だった。



『大丈夫じゃよ、皆もアキラのことが大好きになること請け合いじゃ』

『大好物の間違いじゃないですか、それ』


しっぽり行為を終えたあと、嫌々ながら衣装に袖を通す。

肉体の再生は味を引き締めるのに程よい儀式。

味見と称してパクパク食べられるほどにドラゴン族にとってはごちそうな様だ。

そういう意味では溺愛なのだろうが、絶対にこんな待遇違うと思いたい。


『何か問題があるか? 我はアキラを愛しておるし、アキラはそれに答えてくれたから我との愛の結晶を産み落としてくれておるのじゃろ?』

『そうですが……やっぱりコア様以外の方に食べられるのは違うので、お守りしてくださいな』

『ふぅむ。それじゃと献上品として相応しくないのう?』


考え込むコア。そこでポンと手を叩いて名案を思いついたポーズをとった。


『ならば我と勝負して気に入った相手に半分食べさせるというのはどうじゃ!?』

『それくらいならば良いでしょう。私の身は全てコア様に献上済み。それを誰かに与えるというのはNTR。脳みそが破壊されてしまいますわ』

『お主はたまにおかしなことを言うのう。NTRと言われてもよくわからん』

『もし私が他の王に靡いてコア様の元に帰らなくなったらどう思います?』

『はぇ? アキラは我のモノじゃぞ?』


アキラはメスにも自由意志があり、コアに愛しを尽かして他の雄に靡くかもしれない過程を親切丁寧に解いた。

ドラゴンにNTRの知識を仕込んだ史上初の人類である。

それを聞いたコアは、今まで無関心だったが怒りが頂点に達して暴れ出した。

子供が癇癪を起こす様な振る舞いだが、その一挙手一投足から繰り出される破壊力は不壊と呼ばれるダンジョンの壁を破壊するほどのものだった。


『軽々しく与えて私を気に入ったからと攫われ、そのオスに靡く私は見たくないでしょう?』

『やっぱりアキラを献上品にするのはヤメだ! アキラは我のモノじゃあ』


泣きつく夫にちょろいもんだぜ、とほくそ笑むアキラ。

これで命の保障……最初からあってない様なモノだが誰彼構わずに捕食される危険性は減った。

あとは王達とどの様に手を組むかだ。


アキラは己の保身を保つ為に最大限の立ち回りを見せた。

コアの従者としてだけではなく、他種族から舐められない様に尊大な態度を取り続ける。


本人はクソ弱いのにイキがるからそれがすぐ裏目に出た。


『お前、妾の御前で不遜じゃのう。どこの誰じゃ?』


クソデカムカデをお供にした、下半身から巨大蜘蛛を生やす女がアキラを眼前にそう述べた。


『そちらこそ人に名を聞くのなら先に名乗るべきじゃない?』

『一丁前の口を聞くのね。躾のなってないその口調、ああ……ユーラシアの覇者とはお前の主人か?』

『分かっているのなら誰に喧嘩を売っているか少しは考えられたらどうかしら?』


アキラは相手と仲良くしようと言うつもりなどない。

ドラゴンとしてたかが蟲に侮られない様に態度を示した。


『ふん、でかいだけで雑魚しかいないあんな大陸を制覇したからって何? こちらは最強種しかいないアフリカ大陸をまとめ上げたその人なのだけど?』

『何事じゃ、アキラ!』

『旦那様、そこの虫ケラが旦那様を腑抜けと仰られたのでつい我慢ならず……』


まるで悲劇のヒロインであるかの様な振る舞い。

先程まで居丈高な態度をとっていたのはどこの誰だったのか?

蜘蛛女ですらアキラの身のこなしの速さに空いた口が塞がらない。

そこで現れた怒りのぶつけ先に全てをぶつけることにした。


王なら王として振るまえ。


そんな態度にコアが乗る。

旦那が負けることはない、だなんて思い上がっていたアキラは他大陸の覇者の実力を舐め切っていた。

だからその実力の高さを目の当たりにして焦るほどだった。


あれ、これもしかして寝取られた方がワンチャン……

コアの脳は破壊されるが、自分の身は守られるのではないか? と言う閃きがアキラの脳内に走る。この男、どこまで行ってもクズである。


しかし勝者はコアの方だった。NTRの知識を事前に仕込んだのが良くなかったのか、己の秘めたる力に目覚めて土壇場でパワーアップしたのだ。


一転攻勢に出たコアの猛攻により、蜘蛛女は蜘蛛の子を散らす様に逃げていった。ああ、平穏な道が……


勝鬨を上げるコアに身を捧げ、信じてましたよと心にもないことを述べるアキラ。彼の平穏は己の恥ずべき行いによってまた一歩遠のくのだった。


そもそも、他者の命を軽んじる傾向にあるダンジョンモンスターを愛でる存在など、伴侶でもなければそうそう存在しないことをアキラは知らない。


『やはり運動の後に食すアキラは格別じゃ』

『コア様の為の私ですから』

『うむ、うむ』


パクパク、むしゃむしゃ、ごっくん。

綺麗に平らげられ、その場で復元されたアキラにお代わりを要求するコア。

実に十数回、その場で捕食と復元を繰り返し、コアは今までにない力強さを得ていた。


普段ここまで食べられないのに……もしかして余計なことした?

アキラのその直感はまさにその通りだった。


どんなに窮地に至っても、その肉を捕食すれば元通りになる魔法薬があれば、ギリギリまで無茶をする人類にもそれが当てはまる様に、コアも万能役であるアキラを手に入れて日に日に成長しているのである。


『ふぅ、ようやく満たされた。ゆくぞアキラ』

『はい、旦那様』


今はコアについて行った方がまだマシか。

そう思うことにするアキラだった。


なお、その後他のに喧嘩をふっかけて勝つたびにアキラの肉は捕食された。

その日だけで数百回は復元した。

そしてコアがパワーアップする余波を受けて、自身もちょびっとだけ龍の恩恵を受けていた。


何かのスキルを獲得していたのだ。

それがアキラに希望を見出す。


★スキル『人化』

 竜種の痕跡を完璧に消し切り人間になる事ができる(24h)


★スキル『捕食』

 恐るべき顎によって自身の体積より下回る相手を捕食。

 消化するまで対象の持つ固有能力を自在に操れる。

 ※体積は自身の本来の姿に起因する


それがコアの元から逃げ出すものとなるか、はたまた人類の敵対種としてエンカウントするかは今のアキラには知る由もなかった。

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