3時のおやつ

 3時に合わせて、俺と統司と菜々花の3人は、レイカの部屋に向かった。

「わざわざ来てくれたのね。2人は?」

「あまり昼ご飯を食べられなかったから、一緒におやつでも食べようかと」

 統司は、さきほどメイドに頼んでもらってきたクッキー缶を鞄から取り出す。

 もともと菜々花1人でという話だったけど、休むタイミングを見計らうのは難しいだろうと、俺たちも同席することにした。

 だが、それ以上、人は呼ばない。

「こ、この2人は友達だから。でも、他の子には食事される姿を見られたくないんだけど」

 打ち合わせ通り、菜々花が告げる。

 レイカは、構わないというように頷いた。

「じゃあ3人で、おやつにしましょう」

 ここにいるのは4人だが、レイカにとって菜々花は、おやつでしかないのかもしれない。

 

 統司と俺は、近くのテーブルでクッキーを口にしながら、和やかな雰囲気を作り出す。

 それが偽りだと、気づかれてはならない。

 微笑みながら、ベッドに横たわる菜々花に視線を向けた。

「そ、その……私、見るのも……」

「怖がりなのね。目を瞑るといいわ。出来ないのなら私が塞いであげる」

 一瞬、怖い意味かと焦ったが、レイカは、ハンカチのようなものを菜々花さんの頭に巻きつけて、目を優しく塞いだ。

「光は入るから、真っ暗ではないはずよ」

「う、うん……」

 本当に、レイカが優しい存在のように見えてくる。

 寝かせた菜々花の頭を撫で、腕を撫で、落ち着くのを見計らってか、菜々花の手首あたりを指で押さえつけた。

「あ……」

 菜々花の体が小さく跳ねる。

 よく見えないけれど、あの押さえつけている指の先、菜々花の手首の中に、針が侵入しているのかもしれない。

「最近、うまくなったみたい。ねぇ、痛くないでしょう? すぐに眠くなる」

「う、ん……」

 りっかは、大袈裟に痛がっていたけれど、見えているのと見えていないのとでは差が大きい。

 こんな風に優しく寝ている間に食事を済ませられたら、何も気づかず、帰ることも出来ただろうか。

 気づかないまま心が欠けていくなんて恐ろしいけど、そんなことが行われているとは思えない雰囲気だった。

 菜々花が寝息を立て始めると、レイカは菜々花のシャツをまくり上げ、下着を外した。

 見てはいけないものだと感じ、直視するのを避け、なんとなく視界に入れる。

 レイカは、胸の丸みを優しく左手で支えながら、ハサミに変えた右手で、チョキチョキとそこを切り始めた。

「なっ……」

 思わず息を漏らしてしまう。

 それに気づいてか、レイカが俺を見た。

「腕以外も、食べるんだな」

 俺の動揺を隠すみたいに、統司が呟く。

「昨日の夜も、朝も昼も、男だったでしょう? たまには柔らかいものを口にしたいの。こんな欲求、いままで感じたことなかったけど不思議。なぜか、この胸に惹かれてる」

「楠の影響か」

「そうかもしれない。彼は胸が好きだったのね。その気持ちは私が食べてしまったから、いまはもう、種を吐き出すだけの虫でしかないけれど。この子と、いいつがいになるんじゃないかしら」

 嫌味なのか、本気なのか、冗談なのか、まったく判断できなかった。

 それくらいレイカは、あやふやな存在で、心が固まり切っていないように思う。

 どこからか取り出した替えのパーツを取り付けた後、肉まんでも頬張るみたいに菜々花の胸にかぶりつく。

 1つ食べ終えると、2つ目と言わんばかりに、もう片方の乳房に手をかけた。

「……そんなに、食べるのか」

 つい、口を挟んでしまう。

「ええ。おいしいもの。やめた方がいいかしら?」

 判断を委ねられ、俺はたまらず統司に目を向ける。

 おそらくだけれど、たくさん食べてくれた方が、たくさん休んでくれるだろう。

 ただ、その分、菜々花の心は壊れてしまう。

 片腕くらいならなんとかなりそうだけど、正直、胸と腕では、比べるのも難しい。

 第一、最初から持っている心の量だって、比べられるものではない。

 サイズに比例するのか、そもそも寝ている状態で、どういった感情を奪い取るのだろう。

 無心なのか、それとも夢を見て、感情は動いているのか。

 ……そんなことをいま、考えてる場合じゃない。

 助ける方法なら、思いついている。

 ここで菜々花の食事をやめさせて、自分の片手を差し出せばいい。

 自分にそこまでの影響はないだろうし、菜々花がおかしくなる危険性も減る。

 その上、レイカには、たくさん食べさせられるし、長く休んでくれる可能性もあがるだろう。

 俺はそれに気づいていながら、自分の左手を庇うみたいに、右手で掴んでいた。

 統司が、そんな俺の右手に、さらに手を重ねる。

「……もう少しくらい、食べてもいいんじゃないか」

 たぶん、統司も気づいている。

 気づいていながら、俺の代わりにそう答えてくれた。

 俺もレイカと同じで、自分で決め切れないのかもしれない。

 自分がかわいいくせに、人のことも犠牲に出来ない。

 その上、責任を逃れたい偽善者だ。

「それじゃあ、食べることにする」

 また食事を始めるレイカから、視線を逸らす。

「ごめん」

 俺は統司だけに聞こえるくらい小さい声で謝った。

「いえ。俺も同じです」

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