戦いの準備
「なにが正解だったんだろう」
統司の部屋に入らせてもらった俺は、そう統司に尋ねた。
統司は、俺をイスに座らせると、自分はベッドに座りながら、首を横に振った。
「楠と松山に関しては、最初から憎んでたし、そこまで同情してません。俺がやったわけじゃないって、言い訳できる状態だから、そう思うのかもしれないですけど。りっかさんに関しては……理不尽だと思います」
もともと、りっかが2番目に食べられた理由は『探り過ぎたから』だって、りっかは思ってるみたいだった。
「好奇心旺盛で、それがレイカやレイカの父親にとっては都合が悪いから、早めに食べれたんだろうけど、りっかの探求心は消えてなかったんだ……」
「眠らずに食べられることで、一時的に恐怖心だけを抱くようにした……ってことですよね。レイカが、食べる心を選べるのかどうかはわからないですけど、感情のほとんどが恐怖を占めた状態で食べられたおかげで、りっかさんは、恐怖心以外の感情をほとんど失ってないみたいでしたし、もしかしたら、レイカに恐怖心を与えられたかもしれない……」
「その恐怖心が危機感となって現れた可能性もある。りっかがシェフのことを知ってるってわかった瞬間、害虫駆除を指示してたよな」
「そういう決まりごとだとしても、そこまで急いで実行することではないと思いますし、りっかさんを警戒していたのはたしかです」
そもそも、レイカの考えや感覚を理解するなんて、俺たちには無理な話なのかもしれないけど。
「シェフが……りっかの知り合いだったんだな」
「はい。もしあのとき、俺たちがりっかさんから詳しい事情を聞いていて、俺たちもシェフのことを知っている存在だとみなされていたら、害虫として駆除されていたかもしれません」
そこまで考えていなかったけど、たしかにその可能性はある。
具体的に、配信者の名前までは聞いていなかったのと、シェフとりっかが話している最中、下手に会話に割り込まなかったのが、幸いしたようだ。
「りっかの知り合いも、レイカと同じような手を持っていたな」
「はい。他のメイドたちも、もしかしたらそういうことが出来るのかもしれません」
「りっかの知り合いは、ここに来て食べられたみたいだったし、その後、心を失って、手を植えつけられて、言いなりになってる……ってことか?」
自分でも、言ってて信じられないが、統司は、俺の考えを馬鹿にしたりはしなかった。
「あってると思います。手を植えつけられるとか、そのへんはよくわからないけど、食べられたやつが心を失ったり、精神状態がおかしくなるってのは、この目で見てきてるんで……」
統司が、机の上に置いていたりっかのカバンを手に取る。
「あのとき、このカバンを渡されて『レイカを殺して』って頼まれました。俺もそうすべきだと思ってます」
「……いくら託されたからって、1人で責任を負う必要ないよ。死に際の約束ほど、めんどうで辛いことはないからな」
「でも、そうしないと、俺ももう助かりそうにないですし」
助かりそうにないのは、統司だけじゃない。
「りっかから見て俺側にレイカがいたから、統司にこっそり渡したんだと思う。りっかのその言葉は俺も聞いてるから。一緒にやろう」
統司は頷き、りっかの鞄を開いた。
「ナイフと……ライターですね」
ライターは、花火のときに使うような、持ち手から先が長いものだ。
「タバコなら普通の小さいライターで充分だと思うけど……」
「タバコはないみたいです。他には……ヘアスプレーですかね」
髪色も派手だし、ヘアスタイルにこだわりがあったとしてもおかしくない。
ただ、持ち運ぶほどではないだろう。
実際、りっかがヘアスプレーを使って、髪を整える姿は見ていない。
スプレー缶に書かれた『火気注意』の文字が視界に入る。
「もしかして……ライターの火と合わせて使う気だったんじゃないか? キャンプ場で、アルコール除菌のスプレーとか、この手のスプレーで火力をあげようとしないようにって、注意喚起されてたんだ。それだけ、危ないんだよ」
「たしか、火炎放射みたいになるんでしたっけ。正直、刃物でどうにかなる相手じゃないかもしれませんし、こういうものの方が有効かもしれません」
「燃やす……か」
それでも不意打ちで実行するのは、なかなか難しそうだ。
「まだなにか入ってます。紙……」
折りたたまれた紙を統司が開く。
覗き込むと、そこに書かれていたのは、この館の地図だった。
「そういえば、りっかのやつ、いろいろ探索してるみたいだった」
「俺たちの部屋割りもちゃんと書かれてます。お嬢様の部屋もレストランフロアも……いろいろ書いてありますね」
地図の下には『第一優先、レイカ殺害』『父親、生存不明』『必ず抜け道があるはず……』と、いったようなことが書かれていた。
「そういえば、レイカの父親、今日はずっと見ていないな」
「そうですね。これだけのことが起こってるのに。とはいえ、半日見なかったくらいで、さすがに生存不明とまでは思いませんけど」
「俺たちの知らないうちに出掛けたか、部屋にこもってるだけかもしれない。とりあえず、りっかを信じるなら、第一優先は、レイカ殺害……か。なるべく早くレイカを倒す手段を考えよう」
スタンガンで気を失わせ、ロープで拘束。
そこからナイフで刺すか、炎で焼く。
そんな案しか思いつかないが、はたしてレイカに効くだろうか。
「お嬢様の部屋を燃やすって手もありますけど、館全体が火事になって、逃げ遅れたらお終いです……」
「もともとホテルみたいだし、部屋によってはスプリンクラーとか、火災報知器とかついてるかもしれないな。そうなると、結構厄介だ」
なかなか答えが出ずにいると、誰かがドアをノックした。
俺たちの間に、緊張が走る。
「まさかレイカじゃ……」
以前、りっかが刺されたことを思い出す。
俺は自分のカバンからスタンガンを取り出した。
統司は、りっかから預かっていたロープを掴み、扉に手をかける。
「誰ですか」
部屋の中から、統司が声をかけると、
「わ、私。松山だけど」
震えた菜々花の声がして、俺たちは脱力した。
「なんだ……」
統司が扉を開けると、髪を乱れさせた菜々花が、部屋に入ってくる。
「ひどいな。さすがに匂わせすぎてて引く」
「なっ……学校では、ちゃんと気を使って……」
「学校でもやってますって、暴露してるようなもんだけど」
呆れた様子で統司が呟く。
菜々花は顔を真っ赤にしていたけれど、いまはそれどころではないようだ。
「それより、助けてよ。楠先生、おかしくなっちゃったし、次は私が……!」
統司にとっては、別に助けたい相手ではないではないだろうけど、もともとレイカをどうにか倒す方向に話は進めていたし、仲間は多い方が成功率があがるかもしれない。
「菜々花……だっけ。朝と昼、先生のところに行ったんだよね? レイカのこと、なにか気づかなかった?」
「なにかって……」
「なんでもいいよ。どんな様子だったか、隙はなかったか……」
菜々花は、少し考えた後、恥ずかしそうに俺から視線を逸らした。
「朝、メイドに促されて、一度は部屋に戻ったんだけど、先生のことが気になって、レイカの部屋に向かったの。すでに食べられた後だったみたいなんだけど、レイカの部屋で横たわる先生を、なんとか標本室まで運んで……そのとき、レイカはとくに私を攻撃したりはしなかった。食材を持って行ったわけだし、怒られるようなことしちゃったみたいだけど……」
「他には?」
「えっ……えっと……」
口ごもる菜々花に代わって、統司が口を開く。
「楠とヤッててて、なにも気づかなかったんだろ」
統司に言われて、菜々花の気まずそうな態度に納得する。
ただ、そういうことをする隙はあったらしい。
図星を突かれたからか、菜々花は動揺しているみたいだったけど、統司は心底どうでもよさそうだ。
「どうしてレイカは、すぐに食材を取り返したり、菜々花を襲ったりしなかったんだろう」
「単純に、腹が減ってなかったからですかね。気まぐれとか、遊び心とかわかるやつじゃないと思いますし。まあ、楠を食べた後なんで、いまはどうなってるかわかりませんけど……」
そういえば、りっかを食べた後、休むようなことを言っていた。
さっき、教師を食べた後も、馴染むまで部屋で休んでくるって言ってたような……。
「食後は、休まないといけないのかも。さっきも、部屋で休んでくるって……」
「だったら、食べる量も比例しそうですね。りっかさんは左手だけだったんで、少し休むだけで済んだとか。昼前に楠の腕1本と、さっきもう1本。一応、3時にはまた食べるみたいですけど、間隔が短いからこそ、しっかり休んで馴染ませてる……とか」
「うん。俺たちだったら、動いて消化しないと次のご飯は食べられないって思うとこだけど、休んで……たぶん、感情を動かさないようにして、馴染ませるんだ」
「たしかに、動いていたら感情が混ざり合って、めちゃくちゃになりそうです。つまり、食後は極力、何も感じないようにしようとしてるわけですね」
ただ無心でボーッとしていたり、もしかした寝ている可能性もある。
「となるとチャンスは、次の食事の後……」
俺と統司は、つい視線を菜々花に向けた。
「え……どういうこと?」
菜々花が食べられた後なら、どうにか倒せるかもしれない。
でも――
俺が言いよどんでいると、統司が口を開いた。
「3時はおやつの時間だって話だ。おそらく、そんなにたくさん食べられたりはしない。なるべく優しい気持ちで、誰かを助けるつもりで、お嬢様のところへ行ってくれないか」
「素直に食べられろっていうの!?」
「見ただろ。りっかさんは食べられたけど、普通に生きてた。楠だって……!」
「全然違ったわ! さっきの楠先生……」
「……なにが違った? セックスの具合か?」
統司に言われて、菜々花さんが、ぐっと唇をかみしめる。
弱みを握られいる感じだったけど、こればっかりはしかたない。
「そ、その……そのことしか、考えてない、みたいな……」
「そんなの、お前が見てなかっただけで、昔からだよ。俺たちが入学する前から、女子生徒に手を出してて、卒業と同時に捨てたって話もある。とっとと目を覚ませ」
「な……なんでそんなこと、知ってるの?」
「お前が知らな過ぎなんだ。楠ばかりと仲良くしてないで、ちゃんとした友達でもいれば、耳に入った話だろ。あくまで噂だし、信じなくてもいいけど、そういうことしててもおかしくないと俺は思う」
統司が、菜々花をおとりにしようとしているのは明らかだった。
それでも俺は、止めることが出来ない。
その役目は、誰かがしなくてはいけないし、もうおとりや犠牲を使わずに、レイカを倒せるとは思えない。
その上で、せめて犠牲が少しで済むように、食べられるのは少量で、なおかつ優しい気持ちがレイカに宿ってくれたら。
優しい感情が抜けたら、菜々花は、どうなってしまうんだろう。
「先生は、いまどこに……?」
「……疲れ果てて寝たところを、メイドが運んでいったわ」
「連れていかないで欲しいとは、思わなかったんだな」
統司が尋ねる。
「だって……どう考えても、おかしかったから……」
「それはわかってる。少しは見てたし。でも楠だって、片腕の時点ではそんなに変わってなかっただろ」
「普通の人が、酒に酔ったくらいの感じだった、かしら……」
「昼の会議で、俺を陥れようとするくらいには、頭も働いてた。少量なら、影響は少ないってことだ。食事姿は見たくないし、見せたくないと言えば、お嬢様は望んでお前を眠らせるだろう。部屋でこっそり1人で食事を済ますはずだ」
「そ、それで……助けに来てくれるの?」
「レイカが休んだのを見計らって、レイカを拘束する」
統司は、菜々花を助けるとは言わなかった。
助ける気がないからか、助けようと思っていたところで、約束できるものでもないからか。
俺も、冷たいかもしれないけど、助けるなんて言えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます