拘束

 食事を終えたレイカが、乱れた菜々花の服を元通りに戻していく。

 まだ菜々花は眠ったままだ。

「……菜々花は俺たちで運ぶから、レイカは少し休んだら?」

 そう提案する俺を見て、レイカが微笑む。

「優しいのね」

 その言葉に、少し胸が痛んだ。

 罪悪感なんて、感じている場合じゃない。

 だけどレイカはどんどん人間らしさを手に入れていく。

「それじゃあ、お願いしようかしら。まだ馴染んでいないから、彼女の胸を揉んだり、潰したりしないようにね」

 揉むことはないが、おんぶするのは厳しいかもしれない。

「2人で運ぶから、大丈夫だよ」

 俺が菜々花の後ろから上半身を抱え、統司が足を抱えた。

 起こさないように、振動を与えないようにしながら、階段を登って標本室まで運び出す。

 その場に、菜々花さんの体をゆっくりおろすと、俺たちは持ってきていたカバンから、スタンガンとロープを取り出した。

 統司は、ナイフもポケットに仕込む。

 ヘアスプレーとライターはカバンに入れたまま。

 そのカバンは俺が左手に持ち、もう一度、音をたてないようにして、階段をゆっくりおりて行く。

 ベッドに寝転がるレイカが視界に入り、少しだけホッとした。

 本当に寝ているようだ。

 ただ、ここで終わりじゃない。

「スタンガンは、逆に起きてしまうかもしれません。このままロープでベッドに固定しましょう」

「うん」

 統司の提案を聞き入れ、俺たちはまず、ベッドの下にロープを通した。

 両側に立ち、俺は統司にロープの端を手渡す。

 レイカの体に触れないよう、こっちでもロープを浮かせておいた。

 両端を持った統司が、ロープを結ぶように絡ませた後、ゆっくり端を引っ張る。

 俺はスタンガンを構え、統司に目配せし、浮かせていたロープから手を離した。

 直後、統司は勢いよくロープを引っ張り、それをこま結びにする。

 レイカの肘あたりにロープが食い込む。

 手を引き抜くことは難しいだろう。

「よし……!」

 統司が呟く。

 俺もまた、少しだけホッとしていると――

「なにしてるの」

 レイカが、俺たちの方を見た。

「……っ!」

 構えていたスタンガンを、隠し損ねてしまう。

 どう言い訳するべきか、迷っている俺とは対照的に、統司はすかさずポケットから取り出したナイフを、レイカの右手に振りおろす。

 だが、右手はハサミに変化し、ナイフがそれを貫くことはなかった。

 それでも統司はあきらめず、そのナイフを、レイカの胸に突き立てる。

 今度は問題なく、ずぶずぶと、ナイフの先が沈んでいった。


 せっかくのチャンスを逃すわけにはいかない。

 俺は、追い打ちとばかりに、スタンガンをレイカの胸に押し当てる。

「……スイッチ、押さないの?」

 押さないと。

 そう思うのに、手に力が入らない。

 レイカが寝てくれてたら、もっとラクにできたのに。

 躊躇する俺を見て、レイカは言った。

「優しいのね」

 微笑みながら、俺を見る。

「本心じゃない。五樹さんの優しさに付け込んでるだけです」

 統司はそう言うと、俺からスタンガンを奪い、レイカに押し当てた。


 バチバチと激しい音がなり、レイカの体が跳ね上がる。

 効いているのか、直後、脱力するのが見て取れた。

 右手は、人間のような手に戻っている。

「まだ……倒せたわけじゃないですけど、とりあえずは……」

「ホントごめん。統司にまかせっきりで……」

「大丈夫です。俺がしたこと、見逃してくださいね」

「当然だよ」

 この後、まだ仕事が残っている。

 レイカを……燃やさなくてはならない。

「カバン、くれますか」

「うん」

 すべて統司に任せるわけにはいかないけど、促されるがまま、カバンを手渡す。

 中にはライターとヘアースプレー。

 それが有効なのかどうかはわからないけど――


「なにしているの」

 少し気を抜いていると、レイカと同じ言葉を、離れた場所から投げかけられた。

 俺と統司が、慌てて声のした方へと目を向けると、階段から詩音がおりてくる。

 詩音はレイカの友達だ。

 だからといって、譲れるものではない。

「お嬢様を倒すしか、俺らが生きてまともな姿で帰れる道はありません」

 統司が詩音に説明する。

 詩音は落ち着いた様子で歩み寄ると、統司の隣に立ち、ベッドで横たわるレイカを見下ろした。

「気を失っているのね」

「うん……」

「だったら、ナイフは抜いてもいいんじゃないかしら」

 そう言うと、詩音はレイカの胸に刺さったナイフに手をかける。

 このナイフを抜いたくらいで、いきなりレイカが起き上がったり、拘束が解けるようなことはまずないだろう。

 大丈夫だとは言い切れないけど、止めることもしないでいると、詩音は引き抜いたナイフを、そのまま勢いをつけるようにして、隣の統司の胸に突き刺した。

「え……」

「ぐっ……ふ……」

 統司は、信じられないといった様子で目を見開き、詩音を見る。

 俺も、信じられなかった。

 ナイフを引き抜くと、当然ながら血が溢れてくる。

「あ……」

 統司は傷口を手で押さえていたけれど、そんなんでどうにかなるものじゃないだろう。

「統司、動かない方がいい」

 近くにあったテーブルクロスを引き抜くと、俺は統司のもとへと駆け寄った。

 折りたたんだテーブルクロスを、統司の手をどかしながら傷口に押し当てる。

 どうすればいい?

 この場にいるのは危険だ。

 かといって、下手に動けば、傷口が開いてしまうかもしれない。

 ふらつく統司を支え、座らせようか考えていると、また階段から誰かおりてきた。

「な……」

 りっかを刺したシェフだ。

 おそらくりっかの知り合いだろうけど、いまはレイカに忠実な使用人。

 駆除を終え、報告に来たのか。

「害虫ですか」

 シェフが尋ねる。

「違う!」

「害虫よ」

 否定する俺の言葉を遮るように、詩音が声をあげた。

 シェフが従うであろうレイカは、眠ったまま。

 シェフは、痛みに耐える統司に近づくと、指先から伸びた針を胸元に突き刺した。

「あ……」

 おそらく麻酔だろう。

 統司はラクになる。

 だが、それはシェフが害虫を運び出すための手段に過ぎない。

 シェフは俺を突き飛ばし、統司を抱える。

「ま、待て! 違う、統司は……!」

「あなたも刺されたいの?」

 シェフを止めようとする俺を、詩音がナイフを構えて脅した。

 統司の血がついたナイフを見せつけられ、動けなくなってしまう。

 その隙に、シェフは統司を連れ去った。

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