テーブルマナー

「食事しながら会議する予定が、つい聞き入ってしまったわ。さあ一緒に食べましょう」

 レイカがそう言うと、僕たちの前にサラダやスープ、ご飯、ハンバーグが運ばれてきた。

 なにかを失ってしまっている僕は、問題なく食事できそうだったけど、普通の精神状況なら、食べてられないかもしれない。

 それより『一緒に食べましょう』ってのが引っかかる。

「お嬢様も、ここで食べるの?」

 僕が尋ねると、お嬢様は微笑みながら頷いた。

「食事姿を見られはいけないことになってたから、いつも1人で食事していたのだけど、それはとても寂しいことなんだって知ったのよね」

「ふぅん……」

 あの先生、寂しくて生徒に手を出してたんだろうか。

 なんでもいいけど、片腕を食べて、なにか気持ちに変化があったらしい。

「あなたたちはもう見てしまったでしょ。1度見るのも2度見るのも変わらない。だから、もういいの。極力丁寧に、やってみる」

 レイカは、背後に運ばれていたテーブルの上、寝転がる先生が着ていたYシャツを脱がしていく。

 左腕だけ袖から引き抜くと、ハサミのように変化した右手で、チョキチョキと腕を切り始めた。

「ひっ……」

 松山だろうか。

 息をのむ声が聞こえる。

 お嬢様は、まるで粘土でも切っているみたいだったけど、人の肉なんて、普通、あんなチョキチョキ切れるもんじゃない。

 お嬢様のハサミは、とてつもなく強力ということか。

 当然、統司に渡したロープなんて簡単に切られてしまうだろう。

 縛るなら、あのハサミを使わせないようにしなくてはならない。

 お嬢様は左腕を切り取った後、テーブルの下に用意してあった換えのパーツ取り出す。

 切断面からにじみ出る血をふさぐように、くっつけていたけれど、どうしてくっつくのか、それはよくわからない。

 お嬢様のハサミで切られた部位は、派手に血が噴出するみたいなことはないようだ。

 次に、切り取った先生の腕に、お嬢様は、そのままかぶりつこうとした。

「僕たちの食事とだいぶ違うね」

 そう指摘すると、お嬢様は手を止めこちらを見た。

「あなたも、こっちを食べたいの?」

「ううん。そうじゃないけど」

 お嬢様は、少し考えるように間を置いた後、いつの間にか普通の手に戻っていた右手をもう一度ハサミにして、チョキチョキと切り始める。

 そうして、200gほどの肉の塊を取り出すと、目配せしたメイドが持ってきた皿にそれを乗せた。

 僕たちのハンバーグに寄せてるつもりなのかもしれない。

「ソースもかけてみようかしら」

 お嬢様の発言を聞いたメイドが、すぐさまなにかを取りに行く。

 戻って来たメイドから、小さいコップのようなものを受け取ると、それを肉の塊に垂らした。

「これでいいかしら?」

 そうお嬢様は僕に尋ねてきたけれど、正解なんてわからない。

「まあ、いいんじゃない?」

 お腹が空いていた僕は、右手だけを使って、フォークでハンバーグを一口サイズに切り、口へと運ぶ。

 お嬢様がつけてくれた左手は、綺麗だけれどフォークを使えるほど器用じゃない。

 そもそも、自分の手だったころからほとんど使ってなかったし、どれくらいの差かはわからないけど。

 そんなテーブルマナーのなってない僕を気にすることなく、制服の少女も食事を始める。

 ナイフとフォークを正しく使っていて、すごく綺麗な食べ方だ。

「詩音みたいに食べればいいかしら」

 お嬢様が尋ねる。

 制服の少女は、詩音というらしい。

「レイカの好きなように食べたらいいわ」

「真似してみる」

 レイカは見様見真似で、詩音のようにナイフとフォークを使い出す。

 僕ではなく、自分が真似をされたことが嬉しいのか、詩音は微笑んでいた。


 これが異様な光景だということは、もちろん僕も気づいていた。

 隣にいる統司と五樹、向かいに座る松山は、なにも手につけれず黙ったまま。

 自殺志願者の少年は、とくに気にしていない様子で、詩音ほど丁寧ではないけれど、ナイフとフォークを使い、ハンバーグを食べていた。

 あの子が普通に食べていられるのは、僕と同じで心が欠けているからだ。

 だったら、詩音は?

 最初から、ちょっとサイコパスな子なのかもしれないけど、すでにお嬢様に食べられている可能性もある。

 食べられることに関しても、そこまで抵抗はないのかもしれない。

 そういえば、メイドたちはなにが起こっても冷静だ。

 さすがプロだって思ってたけど、僕と同じで心が欠けているのかもしれない。

「……ねぇ、お嬢様。1か月くらい前に入ったメイドかボーイ、いたりしない?」

「1か月くらい前? いたかしら?」

 近くのメイドにお嬢様が尋ねる。

 メイドは頷き、

「1か月ほど前、料理担当の子が入りました。こちらのみなさまの料理も、彼が担当しております」

 そう教えてくれた。

「この料理、すごくおいしいからその子に会わせてくれない? いいでしょ、お嬢様」

「そうね。それくらい構わないわ」

 お嬢様がそう答えると、メイドが料理担当を呼びに向かう。


 そうして連れて来られた子は、僕と同世代と思われる少年だった。

 僕の傍へと来てくれる。

「きみ……歌うの好きでしょ」

「……ありがとうございます」

「そうじゃなくて。ああ、こんな形で、きみの手料理を食べることになるなんて。りっかだよ。ほら、よく通話して、一緒にゲームとか、コラボの相談も……」

 近くにいた五樹が、なにか気づいた様子で僕を見る。

 その視線に気づきながら、僕は小さく頷きながら、彼に合わせて席を立つ。

「実写のときはマスクで顔、隠してたけど、さすがにわかるよ。さっき『ありがとうございます』って言ってくれた声も、機械通してないとこんな感じなんだろうなって思うし。ハルくん……だよね?」

 直接、会ったことはなかったし、ネット上の薄い関係だって言われてもしかたないけど、僕は彼の活動に憧れていた。

 一方的だけど、勇気づけられて、背中を押されて、いま僕が配信者として一応、それなりの数字を稼げるまでになったのは、彼のおかげだ。

 そもそも、画面の向こうの存在だったから、絶対探し出すなんて強い意志があったわけではないけど、いま彼を目の前にして、僕の目から涙がにじみ出た。

 そんな僕の心を、レイカが突き落とす。

「シェフ。その子は害虫だったみたい。駆除して」

「え……」

「承知しました」

 目の前の少年、ハルくんが心のこもっていない目で僕を見ながら、お嬢様の指示に答える。

 お腹のあたりに違和感を覚えて俯くと、なにかが刺さっていた。

 お嬢様の右手みたいな虫のハサミ。

「イッ……」

 なんで。

 なんでハルくんの手が、こんな醜いハサミになってるんだろう。

 お嬢様と同じ?

 じんわりと、服に染みが広がっていく。

「やめ……」

 五樹が慌てて間に入ろうしてきたけれど、もう遅い。

 ハサミは、僕のお腹に刺さってるんだから。

 僕は、五樹を見て小さく首を横に振った。

 持っていた鞄を、後ろ手で統司にこっそり渡す。

「レイカを……殺して」

 それだけなんとか言い残して、僕は意識を手離した。

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