軽蔑

「それじゃあ、僕から松山さんに聞くね。本当に統司が適任だと思ってる?」

 レイカの後ろに運ばれる先生を視線で追っていた松山が、ハッとした様子で僕を見る。

「それはその……」

「というか、お嬢様の食材、持ってっちゃったんだ?」

「う……助け、たかったの。それで、お嬢様の部屋を訪ねて……。八谷は、自分の学校の先生だってのに、助けようともしなかったわ」

 そうきたか。

 最初は、あの先生にそそのかされてるだけだって思ってたけど、話を聞いていたら、この子も結構やばそうだ。

 制服の少女は、先生にかなり嫌悪感を抱いてたみたいだし、それを庇う松山のことも、今の時点で、あまりよくは思っていないだろう。

 ひとつ、カマでもかけてやろうか。

「昨日さー、きみと先生、2人で同じ部屋にいたよね? よっぽど仲いいんだね」

「な……そ、それは……相談に乗ってもらってただけで……」

 ああ、本当にいたんだ。

 言い訳するのに必死で、頭が働いていないみたい。

「性のお悩み相談でもしてた?」

「そ、そんなわけないでしょ! 下品なこと言わないで」

 動揺し過ぎだし。

 ああ、でもたしかにこれは下品だったかな。

 このままじゃ制服の少女が、僕を嫌いかねない。

「ごめんごめん。でも相手は体育教師みたいだし、別にそういう相談も、おかしくないよね。下品だなんて言わなくても」

「あ、あなた……そういう意味で言ってないでしょ」

「まあねぇ。お嬢様の大事な標本室でエッチするくらい仲いいみたいだから、当然、ベッドでもしてるのかと思って」

 松山は顔を真っ赤にして言葉を失っていた。

 制服の少女はというと、こっちも顔を真っ赤にしていたけれど、照れているわけじゃなく怒りだろう。

「……いまの話、本当なの? 作り話なら、私はあなたを軽蔑するし――」

 そう僕と目を合わせた後、制服の少女は、松山に目を向ける。

「本当なら、あなたを軽蔑する」

「う、嘘に決まってるでしょ!」

「それじゃあ、あなたが勝手なことを言ってるの?」

 制服の少女に聞かれた僕は、首を横に振って、お嬢様を見た。

「たしかに僕がこの目で見て確認したわけじゃないけど、お嬢様が教えてくれたよ。お嬢様の話だったから、僕も信じたんだよね。標本室で、虫みたいに交尾してたって。そっか、エッチじゃなくてあれは交尾か」

 制服の少女が、机にバンッと手をつき立ち上がる。

 怒りの対象は、下品な物言いをする僕じゃない、下品なことをしていた松山だ。

「レイカ。教えて。いまの話は本当?」

「ええ、本当よ。私が彼に伝えたわ。虫みたいに交尾していたのも本当。標本室で、男が彼女に覆いかぶさってたわ。見間違えかと思ったけど、ちゃんと繋がってた」

「そう。教えてくれてありがとう、レイカ。そこの教師が最低なのはわかり切ってたことだけど、松山さん……だったかしら。あなたも最低ね」

「ち、違うの」

「助けてあげたのに、無理やり襲われたというなら同情するけど。そういうわけでもないんでしょう?」

「それは、その……違うの。八谷も聞いて。先生とはなにも……」

 なにが違うって言うんだろう。

 統司を見ると、呆れたように鼻で笑っていた。

「いいよ。知ってたから」

「え……」

「お嬢様から俺も話を聞いてるし、松山も楠も、気づかれてないと思ってるのかもしれないけど、学校で、みんな噂してる」

 淡々と、事実を告げているだけみたいなテンションだったけど、その奥に怒りと軽蔑が見え隠れしている。

 ここぞとばかりに、松山の心を折ろうとしているようだ。

「噂って……」

「楠が管理してる体育準備室に、しょっちゅう松山が出入りしてるってね。中でなにしてるのか、みんな好き勝手想像してるよ。実際、外から聞き耳立てて確認した生徒がいてもおかしくない」

「そんな……」

「昼休み明け、もうちょっと気にしたら? 髪の毛とか、匂いとか。1年の頃からだろ。隠せてなさすぎ。それともわざと匂わせてた?」

 すべて隠しきれていると本気で思ってたいのか、真っ赤だった松山の顔が、またみるみるうちに青ざめていく。

「わざと匂わせてたんなら、それで優越感に浸ってたのかもしれないけど、生徒に手出してる楠のことはみんな軽蔑してるし、そんな奴にいいように抱かれてる松山のことも、バカしてるよ」

「い、いいようにって! そんなんじゃ……ちゃんと、好き同士で……」

「本当にバカね」

 そう言ったのは、制服の少女だった。

「生徒を好きになる時点でありえないけど、本当に好きなら、せめて卒業まで待つでしょ。学校で手を出す教師も、それで好かれてると思ってるあなたも痛すぎね」

 これでもし、松山が無事に帰れたとしても、学校での居心地は最悪だろう。

 本当に噂してるかどうかなんて確かめられないだろうし、疑心暗鬼に陥るに違いない。

 統司があそこまで言うってことは、そういう先生をただ軽蔑してるってだけじゃなく、根深いなにかがありそうだ。

 まあ僕には関係ないけど、制服の少女は、追い詰めてる統司より、追い詰められてる松山に対して嫌悪感を露わにしていた。

 話の進め方次第では、制服の少女が松山に肩入れすることも考えられたけど、レイカの標本室でヤッてたのが、やっぱりかなり効いたみたい。

「レイカの次の食事候補は、松山さん、あなたにする。食べさせるのも不愉快だけど、少しでも、レイカの糧になればいい」

 制服の少女はそう言うと、やっとまた座り直す。

 これで統司に1票、松山に1本。

 自殺志願者の少年が誰に投票したとしても、僕と五樹と統司の3票でコントロールできる。

 とはいえ、そもそも票数が多いからといって決定ではない。

 お嬢様はあくまで参考にするだけだ。

「2人とも、どうする?」

 統司と五樹に尋ねる。

 おそらく害のない自殺志願者の少年にするか、制服の少女に合わせて松山にするか……だ。

 いまは制服の少女に寄り添った答えを出した方が自然だし、どちらかといえば、反論できる意思を持った人間の方を、早めに排除しておきたい気持ちもある。

 レイカは、より心を得てしまうわけだけど、これだけ意気消沈してる松山なら、悪い影響は少ないんじゃないか。

「松山さんにしとく? 案外いいかも」

 僕が言うと、統司も頷いてくれた。

 もともと統司は、お嬢様を倒すことよりも、先生と松山さんを懲らしめたかったみたいだし。

「五樹は、どう思う?」

「いい……のか? それで」

 自殺志願者の少年を推すには、この場で事情を説明するのが難しい。

 僕が頷くと、五樹はわかったというように頷いた。

「それじゃあ、僕たち3人と、そこの彼女は松山さんにする」

「そんな……!」

「きみはどうする?」

 自殺志願者の少年に、一応尋ねてみる。

「なんでもいいよー」

 その子は、笑いながらそう言った。

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