食べられるのは

 五樹が救急セットをメイドから借りてきてくれて、僕は傷を負っていた目の周りにガーゼを貼り付けた。

 血は止まってくれたけど、まだジンジン痛む。

 痛みを感じるたび、僕のお嬢様への殺意は募っていった。




 12時くらいになって、僕と五樹と統司で、レストランフロアへ向かう。

 これまでとは違い、長方形にされたテーブルが中心に置かれていた。

 4人がけのテーブルを、3つほどくっつけたようだ。

「ずいぶん、準備がいいね……」

 ここで話し合うことを、まるで予知していたみたい。

 もしかしたら、携帯ではなく部屋に盗聴器があったのかも。

 だとすれば、僕たちが武器を持っているのもバレてるわけだけど。


 テーブルには、自殺志願者の少年が、にこにこ笑いながら1人座っていた。

 その向かい側、僕が真ん中で、左に五樹、右に統司が座る。

 少しして、制服姿の少女がやってきた。

「あ、みんなで話し合いしたいから、こっち来てくれる? 僕が用意したわけじゃないけどさー」

 そう声をかけると、僕たちの向かい側、自殺志願者の少年から距離を取るようにして座った。

 少し間をおいて、統司の同級生と先生が2人一緒にやってくる。

「ねぇ、八谷。これって……」

 女生徒が、少し不安そうに統司に尋ねていたけれど、統司の苛立ちを察した僕は、統司に代わって、

「食事しながら、誰が次の食事になるか、話し合いをするんだー」

 そう答えた。

 この2人はまだ、自分たちがヤっていたことが統司にバレているだなんて、思ってないのかもしれない。

 そもそもお嬢様の話も、信用できるものではないけれど、女生徒と2人でここに現れた時点でかなり黒い。

 2人は、自殺志願者の少年と、制服の少女の間に腰掛ける。

 それを見計らうようにして、レイカがやってきた。

「なっ……」

 僕たちは当然、警戒してそっちに目を向ける。

 ただ、主に警戒していたのは、僕と五樹と統司の3人かもしれない。

 自殺志願者の少年は、微笑んだまま。

 制服姿の少女も……少しだけ笑みを漏らしている。

 女生徒は、気まずそうに視線を逸らした。

 お嬢様の言ってることが員実なら、先生とヤってるところを見られたわけだし、その反応も、納得だ。

 もしかしたら女生徒は、そんな状況だったにもかかわらず見逃してくれたことで、お嬢様に対する警戒心を、少し解いているのかもしれない。

 先生はというと、女生徒の方を見ていて、レイカには目を向けていなかった。


「ねぇ、お嬢様。まさか僕たちの会議、お嬢様も聞くつもり?」

「ええ。食べるのは私だし、あなたたちが出した意見を、私が参考にするって話だったでしょ。決定じゃない。どうせ参考にするのなら、結論だけじゃなく経過を見てもいいと思うの」

 たしかにその通りだけど、これじゃあ余計な話は出来ない。

 もともとすべての事情を、先生たちにバラすのは得策じゃないって思ってたけど。

 そもそも、経過なんて見たところで、お嬢様になにがわかるんだろう。

 そう思ったけど、これまでのお嬢様と思わない方がいいかもしれない。

 お嬢様は、お誕生日席に腰掛けると、どうぞ進めてくださいと言わんばかりに微笑んだ。

「まあいっか。それじゃあ、誰が食事にふさわしいかなんだけど……」

 お嬢様が、僕たちの意見を参考にする流れを作ったのは、僕がお嬢様を煽ったのが原因だ。

 軽く仕切ろうかと思ったけど、先生が口を挟んできた。

「俺は、八谷統司が適任だと思う」

 もともと言うと決めていたのだろう。

 統司は、この先生が生徒に手を出しているということを前々から知っていたみたいだし、逆に、先生も知られていることを察していたのかもしれない。

 つまり、これを機に消してしまいたい存在なのだろう。

 手を出されている女生徒にとってもそうだろう。

「みんなで助かろうとか、そういう発想はないんだ?」

 僕が尋ねると、先生はさも当然というように、開き直った顔をしていた。

「食事は絶対。そうですよね?」

 先生がお嬢様に同意を求める。

 朝、あれほど騒いでいたのに、お嬢様に対する反発心がなくなっているようだ。

 食べられ終えたことで、すでに安全圏にいると勘違いしているのかもしれない。

 お嬢様は、深く頷き、

「ええ。食事は絶対よ。助かるとか助からないとか、そういう話じゃないわ。決定事項なの」

 そう言った。

「俺が適任だと思う理由を聞いていいですか」

 生徒を犠牲にしようとする先生に、みんな賛同なんてするはずない。

 女生徒だけは、味方をするかもしれないけど、とっとと目を覚ませばいいのに。

 苛立ちを押さえ、平静を保つようにして尋ねる統司に、教師が答える。

「なにも八谷が悪いわけじゃない。消去法なんだ。ほら、そこの彼は、すでに昨日食べられたらしいじゃないか。それにきみは朝、食べられたよね?」

 僕は頷き、先生に聞き返す。

「とりあえず、一度食べられた人は外すってこと?」

「そう。それが妥当じゃないか。それに女の子たちをあんな怖い目に合わせるのも……だろう?」

 かっこつけてるみたいだけど、そんなことされて喜ぶ女は、馬鹿くらいだ。

「五樹と統司が残ったわけだけど? 2人のうちどうして統司がいいの?」

「五樹くんというんだね。きみは、この食事会に招待されて来たんだよね?」

「あ、はい」

「それに引き換え俺たちは、雨宿りさせてもらった上、予定にない食事をいただき、一方的に恩をもらっている。2人を天秤にかけたら、恩を返すべきなのは、八谷だと思うよ」

 一応、もっともらしい理由を考えてきたようだ。

 お嬢様は、黙ったまま、僕たちのやりとりを眺める。

「私も、それがいいと思う。しかたないことだけど」

 統司が黙っていると、ここぞとばかりに女生徒が援護射撃のように口を開く。

 もちろん、誰かを選ぶ以上、しかたないことではあるけれど、裏が見え隠れしすぎているせいで、イライラを通り越して笑ってしまいそうになった。

 だいたい女ってだけで優遇されて『それがいいと思う』なんてよく言える。

 隣の統司は、ひとつため息をついた後、先生と女生徒に軽蔑するような眼差しを向けた。

「それじゃあ、俺の次は松山ですか?」

「い、いや……だから、女子に怖い思いは……」

 一応、大好きな教え子のことは守りたいらしい。

 本心かどうかはわからないけど。

「今朝、一番怖がってたのは、あなたですけど。もともと食事会に招待されていて、お嬢様の恩人である五樹さんを、男ってだけの理由で選ぶより、恩を返すべき松山を選ぶのは妥当でしょう」

「うん、妥当だねー」

 僕がそう言うと、女生徒……松山は慌てた様子で先生を見た。

「い、いまは、この後の食事を決める段階だ。その次のことはどうでもいい」

 先生は、ひとまず言い逃れるようそう言った。

 統司がこの先生を嫌う理由が、どんどんわかってくる。

「っていうかさー」

 僕は、レイカに向けて軽く手をあげる。

「女の子たちに怖い思いはさせたくないって? ねぇ、お嬢様。怖がらせずに食事、できるよね?」

「ええ、眠っている間に終わらせられるわ」

「け、けど……眠っているとはいえ、酷いことをされることには変わりない。男が女を庇ってなにが悪い!」

 なんかすごくめんどくさい男だなぁなんて思っていると、制服の少女が口を開いた。

「酷いことって言うの、やめてくれません?」

「は……?」

「食事よ。レイカの食事を『酷いこと』扱いしないでくれる?」

「お、俺たちにとっては、酷いことだろう!?」

 まあたしかにそうなんだけど。

 それをお嬢様の前で言えちゃうあたり、失礼というか、怖いもの知らずというか。

 ああ、この人も、もう恐怖を失っているのかもしれない。

「だいたいあなた、教師よね。男として女を庇うより、生徒を庇ったら?」

「教師である以前に男だ。お前のことも庇ってやったのに!」

「その子を守る言い訳に使われてるようにしか思えない。庇ってやっただなんて言われるのもごめんだわ」

 意外と、はっきりなんでも言うタイプのようだ。

 躊躇というものがない。

「くっ……俺は……!」

「だ、大丈夫です、先生。私、わかってますから」

 松山は、マジで盲目か。

 こっちも見ていて痛々しい。

 結局、年下の女に庇われてるって自覚は、この先生にあるんだろうか。

 ともかく、統司に2票集まってしまっているため、制服の少女と、自殺志願者の少年の票をどうにかコントロールしなくてはならない。

 そう思っていると、

「……楠さんの意見は、変わらないということでよかったかしら?」

 なにを思ったか、お嬢様が先生に尋ねた。

「あ……ああ。変わらない。俺は八谷に入れる」

「わかったわ。その意見も参考にする。それじゃあ、あなたにはもう眠ってもらうわ」

「は……?」

 お嬢様は席を立ち、先生のすぐ背後に歩み寄る。

 先生が振り返った瞬間、オデコにぷすりと針が刺さった。

 お嬢様の指から伸びた針だ。

「きゃああああっ!?」

 先生の隣で、松山が叫ぶ中、針を刺された先生は、声も出せずに、視線だけをレイカに向けた。

「あなたが突然振り返るせいで、針が曲がってしまいそうだったわ」

 そうお嬢様に言われても、先生はなにも反論しない。

 出来ないみたい。

 代わりに松山が答える。

「な、なんで……先生にこんなこと……」

「この先生が昼食であることは、今朝決定してたでしょ。まだ満足に食べていないのに、突然、あなたが私の食材を持って行くんだもの。しかたなく後回しにしていたの。意見も聞けたし。残りはこれから食べるわ」

 お嬢様が針が引き抜いた後、キャスター付きのテーブルを運び込んで来たメイドたちが、意識のない先生を抱え、テーブル上に横たわらせる。

 味方を失ったからか、間近でお嬢様の異質さを見せつけられたからか、松山は、顔を真っ青にしていた。

「続きをどうぞ」

 お嬢様は、自分の席へと戻ると、笑顔で会議を再開させる。

 あの麻酔は厄介だ。

 やっぱり、一筋縄では勝てそうにないと、改めて実感した。

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