■CASE4 立花陽一
助かる可能性
最悪だ。
僕としたことが、携帯の存在を忘れるなんて。
あのときは頭も混乱してたし、携帯を拾う余裕もなかった。
通話中にしていたことも忘れていたわけだけど、それはどうやら、五樹も同じだったようだ。
僕に代わって、状況を理解しきれていない統司に、五樹が説明してくれた。
「事情はわかりましたけど、俺たちのさっきの会話が、全部筒抜けだったなんて……」
「そうは言っても、俺の携帯はポケットに入ってたし、スピーカーにしてたわけでもないから、そこまで声は拾ってないと思う。あの先生のところに来た女の子……統司の同級生だよね。その子の相手をしている最中は、聞いてなかったみたいだし」
「僕がやらかしちゃったことには違いないんだけど……問題は、あの先生を結構たくさん食べてるせいで、お嬢様の人間レベルがあがってるってことだよ」
濡れたタオルで右目を押さえながら、2人を窺う。
2人は僕を見て頷いてくれていた。
「この先、どんどんお嬢様は力をつけるだろうし、こっちの戦力は削られていく。早く対策しないと……」
「りっかの言うこともわかるけど、あれとどう戦うんだ? さっきの攻撃スピード、不意打ちってことを抜きにしてもやばかっただろ」
「うん。マジで躊躇なかったね。こっちも躊躇してらんない。とりあえず3時までにお嬢様を壊すか、それが無理なら、次の犠牲者を選ばないと誰かが狩られるわけだけど。誰を推す?」
僕が尋ねると、五樹は当然、困ったように顔を歪めていたし、統司も眉をしかめていた。
「全員で決めるべきだよな?」
「本来ならね。でも、まずは事情をわかってて、話が通じそうな僕たちである程度、考えを共有しておいた方がいいんじゃない? 早い方がいいにしろ、3時までに絶対、倒せるなんて保証もないし。いまさらだけど、五樹……まだお嬢様を救いたいなんて思ってないよね?」
「……救ってあげたいなんて考えてないけど、壊すとか、自分で手を下すのは、ちょっと……」
「まあ、それがまともな人間の考えだよねー。統司もそんな感じ?」
「俺は、お嬢様を壊すことについては……あの虫みたいなハサミでりっかさんを攻撃した姿を見てますし、拘束くらいなら、抵抗なくいけると思います……」
「なるほど。犠牲者については? あの教師、すでに食べられたみたいだけど」
「狂った状態で世間に晒されるのがいいのか、ここで消えてもらうのがいいのか、迷ってます」
「自制心を無くした先生が帰れば、ボロを出して、そうとう追い込まれる事態になりそうだもんね」
「自分の手を使わず、お嬢様の力でそうなることを望んでるんだから、俺も最低なんですけど」
「いいよ。誰だって罪は被りたくない。ここで先生を消すことがお嬢様を壊すうえで有効だったら、そっちも考えよう」
五樹がまた顔を歪める。
ああ、わかってる。
さすがに人道的じゃないって?
自分でもサイコパスじみてると思う。
「……2人に言っておきたいんだけど。僕だってわかってないわけじゃない。心が枯渇するってことは、命に関わることだし、お嬢様が帰す気がないって言った以上、換えのパーツなんか使わないで、全部、食べられてしまうかもしれない。まあ、あの先生は、いまのとこまだ生かされてるみたいだけど、少しでも長く生かしておけば、新たな心が芽生えて別の味の食にありつけるとか、そんなんじゃないかな。えーっと、何が言いたいかっていうと、軽々しく考えることじゃないよねって、僕も一応、ちゃんとわかってるってこと。わかってんだけどさー」
僕はひとつ、ため息をついた後、難しい顔をしている2人に向けて、言葉を投げる。
「心が動かないんだよ。作業効率みたいなことしか考えてない。というか、考えられなくなってる。これ、やばいなーってわかるのに、あいにく危機感はないんだよね。もとからこんな冷たいやつだったんじゃなくてさ。言い訳みたいだけど、恐怖心以外にも、なんか失って るっぽい。いや、マジで『心欠けたんで冷たくても大目に見てね』なんて言うつもりはないけど。心が欠けるって、こういうことなんだよ」
きっと残念で悲しいことなんだろうけど、やっぱり、どうでもいい。
というか、悲しまない分、ラクな気もしてる。
「りっか……」
「同情とかしなくていいからね。いまの僕の特性を、うまく生かす方法を考えよう。人道的に抵抗ある仕事は僕がする。お嬢様は化け物だから、壊しても罪にはならないし。もうなってもいいんだけど。壊す。殺す。そのための手段を考える」
殺意ばかりが募っていく。
たぶん、容量の問題だろう。
はじめから殺意はあったけど、他の心が減ったせいで、殺意が占める割合が増えてしまったみたい。
「ひとまず時間稼ぎって意味なら、昨日食べられた少年が、第一候補だと思う」
「なんでだ?」
五樹に理由を求められ、おそらく人として冷たいかもしれない考えを口にする。
「すでにだいぶ頭がお花畑なっちゃってるでしょ。今の時点で、彼はお嬢様を壊すための戦力にはならない。お嬢様が彼を食べたところで、お嬢様に与える影響も、おそらく少ない。本当に、ただの時間稼ぎだよ」
「けど、これ以上食べられたら、あの子は……」
もう生きてはいられないだろう。
「じゃあ、どうする? 心が有り余ってる人間が、少しだけわけてあげる? どれだけ食べるかなんて交渉できないし、お嬢様次第。結局、たくさん食べられたら終わりだよ。たとえば……殺意を持った人間を食べて、その心がお嬢様に宿ったら?」
五樹は、なにも答えられなくなっていた。
「もちろん、どう心に影響するのかはわかっていない。でも『おいしくないものから、食べた方がいい』って言ってたことには、なにか意味がある気がするんだ」
最初に自殺志願者の子が選ばれたのも、その次が僕だったのも、向こうにとって都合がいいからだ。
僕がなにか探っていることは、おそらくバレていただろうから、僕を選んだのは抑止力のつもりだったんだろう。
「もしかしたら……」
なにか思い当たったのか、統司が口を開く。
「おいしいもの……善人を食べることで、善人の心が宿ったら、人を食うことに罪悪感を覚えて、食事をやめてしまう……とか」
「なるほど。お嬢様にその判断能力はなかったのかもしれないけど、父親は、そうならないように食べる順番を指示してたってこと?」
「ですね……。なるべく多く食べて、多くの心を手に入れることが目的だとすれば『食事をやめてしまう』原因になりうる心は、後回しにしないと。先に善人の心を手に入れるわけにはいかないのかなと」
もしお嬢様が、善人の影響でお人よしにでもなってくれたら、口止めする契約書でも書かせて、みんなを帰してくれるかもしれない。
つまり、壊すにしろ逃げるにしろ、善人が犠牲になれば、僕たちが助かる可能性が跳ね上がる。
当然、そのことに統司も気づいているだろう。
レイカと父親が恩人だと考えている五樹が、おそらく一番、可能性のある善人だということも。
「……今の段階で、あの教師たちがこの結論に行きつくとは思えないけど。もし気づいたら、五樹を食材にしようと企んでくるかも」
「そんな……」
「事情を説明せずに、1度すでに食べられている自殺志願者の少年を推すのは、難しくないですか? 納得させづらいというか。かといって、下手に事情を説明すれば、善人の犠牲がカギだとバレてしまいそうですが……」
五樹のおかげで自分が助かったというのもあるし、一応、協力関係みたいなものだから、なるべく2人は守りたい。
「制服の子は、なにか知ってるみたいだったよね。あのお嬢様のお友達らしいし、こっちにつくのか、お嬢様側につくのか、それすらわからない子だけど。とりあえず、五樹が食材として突き出される前に、やっぱり、とっとと壊すことを考えた方がいいかも」
僕は、持ってきていたリュックから、取り出したスタンガンを五樹に手渡す。
「え……」
「ナイフで刺すのは無理でも、致命傷にならないスタンガンくらいなら使えるでしょ」
「こんなの、使ったことないし」
「それでなにも持たない気? 自覚した方がいいよー。五樹は、お嬢様からも、他の奴らからも狙われる存在なんだから」
五樹がちゃんと理解しているのかどうか、それはわからなかったけど、僕からスタンガンを受け取ってくれた。
「りっかは、他になにか持ってるのか?」
「もちろん。持って来たのは、これだけじゃないよ。統司、ロープとナイフ、どっちがいい? 拘束ならできそうなんだっけ? 貸してあげる」
リュックから、2メートルほどのロープと、折りたたみナイフを取り出す。
「ちゃんと使いこなせるかわかりませんけど、それじゃあ、ロープで……」
「もちろん、押さえこんだりするのは手伝うよ。そしたら僕が、ナイフでお嬢様を刺す。それで壊れてくれたらいいよねー」
おそらく壊れない。
その先はまた考えるとして、もし拘束できたらかなり大きい。
「……昼食で、みんな集まることになる。そのときお嬢様の次の食事を決めよう」
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