お嬢様の訪問

 あまりにも唐突で、俺たち3人は息をのむ。

「え、誰……?」

 りっかさんが不思議そうにドアを見る。

「誰がどの部屋かって、昨日、交流してるとか、部屋に入るところを見ていない限り、わからないですよね」

「うん。一応、みんなと話したけど、交流ってほどのことはしてないしなぁ。一番話してるのは五樹だし」

「りっかが、投票で決めるとかなんとか言ったから、その話し合いでもしようと、誰かが来たんじゃないか? りっかの部屋だってわかってないにしても、みんなの部屋を訪ねてるとか」

 楠は捕まってるだろうし、自殺志願者の少年は、すでにお花畑だ。

 松山なら、ありえるか?

「ちょっと出てみるよ」

 りっかさんが、ドアへと向かう。

 ちなみに、覗き穴みたいなものはない。

「誰ー?」

 恐怖心を持たないりっかさんは、とくに警戒する様子もなくドアをガチャリと開けた。

「私よ。レイカ。落とし物を届けに来たの」

 そこに立っていたのは、ついさっき、壊すことに決めた相手、お嬢様だ。

「わざわざ届けてくれたんだ? でも落とし物って……?」

 平静を装うようにして尋ねるりっかさんに、お嬢様が携帯を差し出した。

「外部と連絡を取るつもりなら、預かっておくけど」

「取らないよ。やだなぁ」

「あなたもよ」

 お嬢様が視線を向けたのは、五樹さんだ。

「……取らない」

「それならいいわ。ずいぶん楽しそうな会話をしてらしたのね。食事をしながら聞いてたわ。私を壊すとかなんとか」

「冗談に決まってるじゃん。壊すなんてさー」

「冗談? 冗談ってなにかしら?」

「……わかってて言ってるよね。なに、どんだけ食った? ずいぶん饒舌になってるけど」

 りっかさんの声から、怒りを感じ取る。

 お嬢さまが、それに気づいているかどうかはわからない。

「朝ご飯、少なかったから、少し休んだ後、あの人の腕を切り取ったの。ああ、ちゃんと換えのパーツもつけてあげたわ。そう、それでいざ、食べようとしたら女の子がきて『先生を解放してください』とかなんとか。もうパーツは馴染み始めていたし、大事な昼ご飯だったけど、いったん引き渡したの。そしたらどうなったと思う?」

 あの人というのが楠で、やってきた女の子は松山に違いないだろう。

 腕なら、りっかさんの手だけに比べて、だいぶ影響は大きいはずだ。

「わかんないなぁ。どうなった?」

 りっかさんが、冷静を装いながら尋ねる。

「女の子は、眠ったままの男をなんとか1階の標本室まで運んでいたわ。私は、自分の部屋で1人、食事をしながら、途中、途切れてしまったあなたたちの会話を、また聞いてたわけだけど。なんだか騒がしかったから標本室を覗いたら、男が少女に覆いかぶさって交尾を始めていたの。すごい本能ね。虫みたい」

 ……最低だけれど、想像できてしまう。

 楠の頭がバカになったら、それくらいしそうだ。

「知能も失うのか……?」

 思わず口をつく。

「失ったのは、自制心じゃないかしら。もしくは羞恥心? 昼前だっていうのに、結構つまみ食いしちゃったわ」

 お嬢様はそんなことを言いながら、ニヤリと俺たちを見て笑った。

「お嬢様ってば、いつの間にかそんな風に笑えるようになったんだ?」

「おいしい食事のおかげね。ねぇ、次に食べられる人、3時までに選んでおいて。それと――」

 お嬢様はハサミになった手を見せつけるように取り出す。

「画面越しじゃ、よくわからなかったでしょ。見せてあげる。あなただけ、見てなかったものね」

 りっかさんの目の前に差し出されたハサミが、そのまま突き出され――

「危ない!」

 飛び出した五樹さんがりっかさんの腕を引く。

「いったぁあ……!」

「……失敗しちゃったわ。あなた、誰でも助けるのね」

 そういえば、五樹さんはお嬢様のことも助けていたんだった。

「りっかになにを……!」

「目玉を抜き取ろうとしただけよ。間食にちょうどいいものね」

「なっ……」

「でも、あなたが助けたせいでくり抜けなかったし、くり抜けなかったものに仮のパーツは入れられない。入れたら傷も治ったのにね」

 どういうことだ?

 りっかさんの左手が、傷跡ひとつなく残っているのは、仮パーツのおかげか?

「私、いつでもあなたたちを壊せるのよ」

 お嬢様はそう言い残し、ドアを閉めた。


 動けずにいたが、慌てて2人のもとへと駆け寄る。

「大丈夫ですか!?」

「くっ……刺された。マジで痛い。でも抜かれずに済んだよ。ありがとう」

 どうやら、ケガをしたのは目の周りのようだ。

 目玉を刺されたり、くり抜かれるよりマシだが、それでも流血している。

「レイカのやつ、抜かれて、仮パーツが入れられたら、傷も治ったのにって……。もしかして、そっち方が……」

「ううん。その分、心も持ってかれるよ。傷くらいいい。それより携帯……切らないと……」

 五樹さんは慌てた様子で、いつの間にか落ちていた携帯を拾って操作する。

「圏外……? くそっ、SIMカード抜かれてる。ああ、ごめん、統司。わけわかんないよね。実は、俺とりっか、通話したまま……いや、いつの間にか切れてはいたんだけど」

「と、とりあえず目の傷、診ておきましょう。冷やせば少しは痛みも和らぐかと」

「……ありがとう」

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