もう1つの理由

「……自殺志願者がここに集まる理由、もう1つあるみたいなんですけど、知ってますか?」

 五樹さんは首を横に振っていたけれど、りっかさんは、なんとなく予想出来ているのかもしれない。

 俺は、言葉を続ける。

「いつからか、ここが心霊スポットだって言われるようになったみたいですけど、少し先が、自殺の名所なんです。この先、山を登っていくと崖になっていて、そこから飛び降りたら、助からないし見つからないって言われてるみたいで……」

「そこへ行くには、道になっていない山道を通るか、私有地だってわかってて、ここを通らせてもらうしかないってことだよね」

 五樹さんの言葉に頷く。

「自殺しようとしている人からしてみれば、最後に1回、私有地を横切らせてもらうくらい、どうってことないんだと思います。そうして、館を経由するようにしてやってきた自殺志願者を、家に招き入れて、食事して……家に帰すか、あるいは……」

「まあ、もともと自殺する気で来た人なわけだし、そのままふらふら崖まで行っちゃいそうだよねー」

 そうして行方不明になった人が、後を絶たない可能性もある。

「自殺志願者を待ち構える館かー。蜘蛛の巣みたい。中心にいるのは、蜘蛛よりやばい化け物だけど。僕が思うに、お嬢様は肉を食う人形なんだよ。食べたら食べただけ、人間らしい心や知性を持つようになる」

 普通ならありえないりっかさんの見解を、否定する気にはなれなかった。

 それが妥当だからだ。

「りっかの知り合いが食べられる前と後とで、レイカは、だいぶ変わったんだよな?」

「うん。人形だったのが、ちょっとおかしい人間になったって感じ? 心を奪ってるのはたしかだよ。奪われた心がそのままお嬢様に反映されるのかどうかはわかんないけど、なにかしら影響与えてんだよね。知り合いは、少し短絡的で、無茶をするところがあったから、その心が宿ってるんだとしたら、お嬢様、ちょっとめんどくさい感じになっちゃってると思う」

 りっかさんの分析には納得するし、感心もするけれど、正直、心配だ。

 それは五樹さんも感じていたのか、

「りっかは……食べられて大丈夫だったのか?」

 なんとなく聞きづらくなってしまっていたことを、尋ねた。

 りっかさんは、左の袖をまくり上げて、俺たちに腕を見せてくれる。

 切られたのは手首のはずだが、つなぎ目みたいなものはどこにもない。

「お嬢様から聞いたと思うけどけど、僕の左手の指、変な風に曲がってたんだ。昔、骨折してね。それがいまはこんな綺麗になっちゃった。しかもちゃんと動かせる。元の手と心をあげたお礼なのかなんなのかわかんないけど……」

「それで心は、奪われたのか? わりと普通に見えるけど」

 五樹さんの言うように、それは俺も感じていた。

 いたって冷静だし、酷く落ち着いている。

 りっかさんは、俺たちを見て、また自分の見解を語ってくれた。

「知り合いのこともあるから、だいたいなにをされるか予想は出来てたんだよね。正直、めちゃくちゃ怖かったけど、あえて眠らないようにした。怖い状況に自分を追い込めば……奪われる心を『恐怖心』に出来るんじゃないかって」

「あえて恐怖心を……?」

「一応、本当にやばいときは助けてって、五樹には言っておいたけど。それでも恐怖心は拭えないからね。恐怖心があったら、あいつには立ち向かえない。いまの僕には必要ないし、与えた方がいいと思ったんだ。恐怖心を持たない化け物って、怖くない?」

 それを聞いて、背筋がゾッとした。

 あのお嬢様が、恐怖を抱くことなく人を食べてたり、心を食べたりする化け物で、俺たちに敵対するのなら、もうどうしようもない。

 そんなどうしようもないものを、いままで相手にしていたことになる。

 それでいて、りっかさんは、そんなのに立ち向かう気なんだろうか。

「いまは僕が恐怖心を持たない人だけど。化け物ではないよ」

「お嬢様は、恐怖心を持ってくれたんですか?」

「さあね。まだわかんない。それも含めて、探ってる段階かな」

「りっかさんは、いま、なにも怖くないんですか」

 りっかさんは、深く頷く。

「たぶん感じてない。不安はあるよ。これでいいのかなーとか、この先どうしようとか。でも恐怖とは違う気がする。あんな怖い目にあっていうのに、自分でも変だなって思うくらい冷静なんだよね。まあ、恐怖心を抜かれたとか関係なく、僕はいま、一番、安全な気がするってのもあるんだけど」

「そうか。りっかは見ていないことになってるし、一度食べられたから、たぶんすぐに次のターゲットになることもない。その上、こっちで食事の順序をある程度、コントロールできるように誘導済みだ」

「そういうことー。だからといって、アレが怖くないのは、おかしいんだけどね」

 かなり計算していたようだけど、おそらく、みんながアレを見てしまったのは誤算だろう。

 恐怖で助けを求めてしまう気持ちもわかる。

 あそこにみんなが集まったのは、偶然だ。

 どうして集まったかって、りっかさんに助けを求められた五樹さんの呼びかけに、みんなが応じたから。

 その時点で、お嬢様がすでに食事を終えていたり、ハサミを隠していた可能性だってあった。

 けどもし、これが偶然ではなく、りっかさんがわざと、お嬢様のアレをみんなが見るようにしむけていたとしたら?

 ……自分だけ安全圏にいながら、お嬢様を観測できる。

「りっかさん。1つ確認していいですか」

「なに?」

「お嬢様の食事シーンを見て、俺たちは帰れなくなりました。見たきっかけは、あなたが助けを呼んだからです。わざとじゃないですよね……?」

「それは、ないだろ」

 りっかさんに代わって、五樹さんが答える。

 りっかさんは、少し間を置いてから、口の端をあげて笑った。

「本当に五樹は優しいなぁ。お嬢様が欲しがるのも納得だよ」

「え……」

「見せたかった気持ちもあるけど、帰らせないためじゃない。こうして話せる相手も欲しかったからね。アレを見る前だったら、人を食べるなんて話、絶対、信じないでしょ」

「そのせいで俺たち帰れなくなったんだぞ!?」

「ごめんって。でも巻き込むのは五樹だけのつもりだった。お嬢様に気に入られてる五樹は、そもそも最初から、帰らせてもらえないんじゃないかなって思ってたし。だって、捕まえたお気に入りの食材を、いちいち手離す理由なんてないでしょ」

 あのとき、五樹さんについて行かなければ見ることもなかっただろう。

 りっかさんが助けを求めたのは五樹さんだけで、俺たちは、なんの事情も知らない五樹さんに声をかけられただけ。

 ここで誰かを恨んでも、もうどうしようもない。

「だいたい、隠したいってわりには、いろいろ詰めが甘いんだよね。自己肯定感強めの配信者、食っちゃってるせいかな。表向き隠してるけど、気づかれたいみたいな。僕が襲われてたとき、ドアの開く音とか、階段をおりてくる音がしてたよね。僕は見えてなかったけど、あの手を隠す時間くらいはあったんじゃない?」

「たしかに……わざと気づかれるように、俺も足音立ててたよ」

「お嬢様は『見られてもいい、見られちゃえば、帰さない正当な理由ができる』なんてことを考えていたかもしれない。五樹には悪いことをしちゃったけど、もともと僕の目的は、お嬢様を壊すことだから。壊して帰るよ。五樹は僕が帰す。あ、統司もね」

 もし見ていなかったら、警戒心を持つこともなく眠らされて、脳みそお花畑状態にされていたかもしれない。

 心が欠けた自覚もなく家に帰されていたかと思うと、恐ろしい。

 俺は、楠がそうなるように考えてここに連れて来たけど、俺も、やつにとって食材であることには変わりない。

 こんな方法が取られているだなんてわかっていたら、もう少し慎重になっただろう。

 いまさら悔いてもしょうがない。

「それじゃあ、協力してお嬢様を壊しましょう」

「壊さないと、無事に帰れないのはわかったけど……レイカは、悪いことしてるつもりなんだよな」

 五樹さんは、お嬢様を壊すことにためらいがあるようだ。

 見た目は人間なのだから、躊躇するのも当然だけど。

「もー、そう言うと思ったから、見せたのに。ねぇ、やばかったでしょ。普通じゃないんだよ。なんとか左手だけで済んだけど、五樹が来てくれてなかったら、腕とか足も食べられてたかもしんない。あそこで僕、バカになっちゃってたかもしんないんだよ?」

「なんでそんな危ない橋渡ったんだよ。そんなに俺のこと信用されても困る!」

「でも実際来てくれたし。それだけ僕も本気だってこと。あいつに恐怖心を与えて、僕から恐怖心が無くなれば、戦いやすい」

 いまのりっかさんは、恐怖心を無くしたことで、立ち向かう強さを得たということか。

「あいつを倒すことには俺も賛成です。けど、俺は楠……あの教師をどうにかしたいと思って、ここに来ました」

「そうだったね。でもそれはもう、どうにかなるんじゃない? 昼食に決まったからさ。どれだけ食べるかは、お嬢様次第だけど」

「あいつがどうなったか、確認した後、対策を考えませんか? 帰すつもりのりっかさんとは違って、帰さないと決めた状態でどれくらい食事するのか……」

「そうだね。そうしよう」

 納得した様子のりっかさんに対し、五樹さんは複雑な顔をしていた。

「他に、なにかいい方法ありますか?」

「……いや。統司の言う通り、いまの状況でどれくらい食事するのか、どう変わるのか、わかった方が対策しやすし、いまなにが出来るのか、思いつかないけど。助ける気はないんだよなって思って」

 俺は楠に恨みがあるし、最低な男だと思っているけど、りっかさんや五樹さんからしてみれば、初対面である俺が言ってるだけで、真実かどうかもわからない状態だ。

 戸惑うのも無理はない。

「助けに行ったら、あなたもやられるかもしれません。りっかさんのとき救えたのも、あのお嬢様の気まぐれですよね」

「食材が決まってる状態なら、こっちは安全だったりしないか? 本当にただの気まぐれで救えたのか、どこかに隙はないか、探れるかもしれない」

「食事中は無防備とか? 僕は一応、見てないことになってるし、逃がしても他の人に比べてそこまで影響はないって思われてるだろうから、動きやすいけど……」

 そもそもりっかさんは、誰かを助けることより、お嬢様を壊すことを重要視していそうだ。

 そんなことを考えていると、突然、コンコンとドアがノックされた。

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