情報交換

 計画通り、物事は進んでいくはずだった。

 それなのに、見ていけないものを見てしまったせいで、俺の計算は狂ってしまう。

 ひとまず話が通じそうな相手を探すしかない。

 当然、楠と松山はパスだ。

 俺が恨んでいるのは楠で、松山のことはどうでもいいが、教師と付き合う時点で、頭が弱いのかと思ってしまう。

 姉もそうである以上、あまりバカにする気にはなれないが、すべての元凶は楠で、姉も松山も被害者だと思うことにした。

 とはいえ、姉を捨てて選ばれたのが松山なわけで、当然、好きにはなれない。

 高校生じゃなくなったときにでも、姉のように捨てられるのだとすれば、少しは同情する。


 館に来ていたうちの1人は、自殺志願者だろうと察しがついた。

 おそらく俺にとって大きな害はないが、まともに話ができるとは思えない。

 そいつは、いつか突然、声をあげて泣き出すんじゃないかと思えるほど、あからさまに病んでいる状態で、食事をしていた。

 ほとんど、食べていないようだったけど、最後の晩餐のつもりだったのかもしれない。

 にも関わらず、そいつは翌日、微笑みを浮かべていた。

 情緒不安定なだけとも考えられるが、それならそうで、関わるのは面倒だ。


 制服を着た少女は、お嬢様の食事シーンを見てもあまり動揺していなかった。

 それどころか、なにを思ったか『ずるい』と口走っていた。

 おそらく、いろいろ事情を知っていそうだが、裏がありそうだ。

 とんだジョーカーである可能性を考慮し、こいつもやめておく。


 残す2人のうち1人は、派手な髪色の少年だ。

 いろんな人から事情を聞き出そうとしていたみたいだし、案外、話して得られるものがあるかもしれない。

 もう1人の男は、おそらく年上だろう。

 派手な髪色の少年に付き合わされているところを見ると、断れないタイプか、お人よしか。

 情報を持っているようには思えないが、一番まともそうで、とりあえず話は通じそうだ。

 見た目だけなら、黙っていれば楠もまともそうには見えるし、すぐに信用するわけではないけど。


 昼のお嬢様の食事が楠に決まった後、俺と、派手な髪色の少年と、お人よしだと思われる男と、3人で話すことになった。

 幸いにも、話をしたいと考えていたのは、俺だけじゃなかったようだ。


 誘われるがまま、派手な髪色の少年の部屋へと招き入れられる。

 促されるようにして、鏡の前にあるイスに座らせてもらった。

 2人はベッドに座って、こっちを見る。

「ひとまずさー、なんて呼べばいいかわかんないし、名前聞いていい? 僕は立花……んー、まあ、五樹もりっかって呼んでくれてるし、りっかでいいや。高3ね」

 どうやら年上らしい。

 お人よしの男が、五樹なのだろう。

 りっかと名乗った少年が、答えを求めるように俺を見る。

「八谷統司です。高2で、野外学習の下見……ってテイで、ここに来ました」

「ふぅん。それで、なにか知ってるわけだね。その前に、五樹も!」

「ああ。五樹です。大学1年で、そこのキャンプ場でバイトを始めたばかりだよ。いきなり知ってることを教えて欲しいなんて言っても、信用できないだろうし、まずは俺のことから話すよ」

 願ってもない提案だ。

「招待状をもらったって話でしたよね」

「ああ。その経緯なんだけど……バイト先の施設内を見て回っていたとき、お嬢様……レイカが、小学生くらいの男子数人に囲まれて、からかわれてたんだ。気持ち悪いとか、なんとか言われてて、いじめられてるみたいな異様な雰囲気で……」

「それで、助けた?」

「ちゃんと注意したわけじゃないけど、その小学生たちを追い払うことはできたよ。レイカからしてみれば、たぶん、俺に助けられたってことになるんだと思う」

「へぇ、やるじゃん! お嬢様にとっては恩人だね」

 やっぱり、この人はお人よしなんだろう。

「ただ……レイカは、瓶にたくさん虫を集めてて……正直、小学生の男子たちが、気持ち悪いって思う気持ちも、わからなくはなかったよ」

「瓶……? なにそれ。虫かごとかじゃないんだ?」

「俺も虫かごを勧めておいた。それ以上、関わることもないだろうって思ってたんだけど、その後、父親とレイカ2人で、食事会の招待状を持ってきたんだ。食費も1食分浮くし、軽い気持ちで参加したんだけど……」

 五樹さんの言うことが本当なら、ただレイカに気に入られただけか。

「五樹は本当に、なにも知らずに来たんだね。僕が知ってる噂は……ここが、自殺志願者の集まる場所だってこと」

「え……」

 まったくの予想外だったのが、五樹さんが驚いた様子でりっかさんを見る。

「俺も、いろいろ調べて、それに近い情報に辿り着きました」

「だよねー。ちなみに僕は自殺志願者じゃないよ。五樹と統司も違うしょ。統司と一緒に来た2人もそうは見えないね」

 俺と五樹さんは、当然だというように頷く。

「噂は、たぶん創作も混じってて、めちゃくちゃだった。自殺志願者は救われるとか、ラクに死ねるとか、主人が自殺志願者を集めてるとか。あと、人形みたいなお嬢様が虫を集めてて、それを食べるんだって話もあったよ。これに関しては、変な要素つけたしてきたなぁって、書き込みバカにしてたんだけど。あながち、間違ってなかったのかもしれないね」

 五樹さんは、実際に虫を集めているのを見ているし、俺たちも、標本を目にしていた。

 食べるというのは疑問だが、正直、ありえなくはない。

 人を食べることに比べたら、普通だろう。

「それで知り合いの配信者が、自殺志願者のフリをしてここに乗り込むことにしたんだ。フリじゃなくて、本当にそうだったかどうかまではわからないけど。1ヵ月くらい前だったかな。非公開のライブ中継のURLを僕に教えてくれて、僕は潜入の様子を少しだけど見た。あの動画で見たお嬢様は、もっと『人形』だったよ」

 りっかさんは、一呼吸すると、今度は俺の方を見た。

「統司はこういうの、知ってた?」

「……動画を見たりはしていないけど、その噂については知っていました。『救われに行った友人が、脳みそお花畑になって帰ってきた』なんて書き込みもありましたよね」

「それね。洗脳とか脳いじられてんじゃないかって書かれてたけど、実際ここに来て、黒髪の男の子を見ていたら腑に落ちたよ。あの子、自殺志願者でしょ」

 りっかさんの言うように、1人、自殺でも考えていそうな少年がいた。

 その子が、昨日とは打って変わってヘラヘラしている。

「まあ、洗脳でも脳をいじられたわけでもなく、食べられたみたいだけど」

 普通なら、りっかさんの推理を鼻で笑うとこだが、実際、それが妥当な考えだ。

「ねぇ、統司は、それを知ってて、なんでここに来ようとしたの? それも教師と同級生? 連れてさ。野外学習の下見ってテイで……ってことは、下見以外の理由があるんだよね?」

 考えていないようで、案外ちゃんと聞いているらしい。

 少し躊躇したが、俺は打ち明けることにした。

「あの教師は、自分の教え子に手を出すような最低な男なんです。俺は軽蔑してます。自殺志願者の心が救われるくらいなら、あの教師が改心する可能性もあるんじゃないかと思って……」

「統司は、あの先生を改心させたいの?」

 五樹さんが、不自然だとでも言うように指摘する。

 りっかさんも、疑っているようだ。

「……まあ、脳みそがお花畑になればいいと思いました」

「そういうことねー。いいよいいよ。相手が最低人間なら、誰だってそれくらい思うし」

 りっかさんは、そう俺をフォローしてくれた。

「でも、お花畑になっちゃったら、もっとやりそうだよねー」

「改心とは真逆になりますが、歯止めがきかなくなれば、世間にバレるのも時間の問題です」

「そうなったら、あの先生、社会的に終わるね。すでに終わってることしてるから、自業自得だけどさ」

 あいつが社会的制裁を受ければ、それに越したことはないけれど、それですっきりできる気もしない。

「実は……前もってここに相談をしにきていたんです」

 そう告げると、さすがに意外だったのか、りっかさんも五樹さんも、驚いた様子で俺を見た。

「相談って、なにをどう相談したんだ?」

 五樹さんが尋ねる。

「心を無くして欲しい人がいる、そういうことはできるのか、ここのメイドに聞いてみました。メイドはそのあと、館の主人に取り次いでくれて、主人……お嬢様の父親なんだろうけど、その父親に、どうしようもない教師がいることを伝えたところ、連れて来てくれたら、対処を考えると言ってくれました」

 りっかさんは、少し考えるような素振りを見せた後、

「お嬢様も食事が必要だろうし、食材提供しますって統司が来てくれたわけだよね。集める手間が省けるし、父親やお嬢様にとっても、ラッキーだと思うよ」

 そう見解を述べてくれた。

「やっぱりレイカは、人を食事だと考えてるのか?」

「それは、確定だね。知り合いの動画で、いまより人形みたいなお嬢様が、淡々と食事について語ってた。知り合いが、うまいことお嬢様から聞き出したりしてたんだけど。『絶対見ない。目隠しするから、食事してみて』なんて、お嬢様を煽ったんだ。目隠ししても、ポケットに入れた携帯のカメラでライブ配信してたから、僕は見てるんだけど……」

「じゃあ、りっかさんも、知ってるんですね。あのお嬢様の食事姿……」

 りっかさんは、小さく頷いた。

「マジで怖かったよ。指先から針が出て来たかと思えば、次はそのまま、手がハサミになるんだもん。画面越しだったから、作り物だと思ったね。でも、ライブ中継だったし、申し訳ないけど、知り合いにそんな編集能力あるとも思えない。だからあれは本物だったんだ。あいつは眠らされて、その間に、お嬢様は、片腕を切り取って食べてたんだ。もう片方の腕も食べて、足も……」

「そんなに……?」

 五樹さんが、眉をしかめながら口を押える。

 まるで吐き気を我慢しているみたいに見えた。

「その後、父親が来て、これはちょっと食べ過ぎだねって、お嬢様を注意してた。あのころのお嬢様は、そういう加減がわからなかったんだよ。こんなにたくさん一気に食べたら、心が枯渇してしまう……みたいなこと言ってたかな。つまり、お花畑通り越して、なにも感情を持たない人間……人形かな。そういうのになっちゃったんだと思う」

 それで、りっかさんの知り合いは、心が枯渇した状態で消息不明ということか。

「ライブ配信は途中で終わったよ。まあ、充電切れかな。あいつのアカウントでログインすれば、非公開の状態で残ってるのが見れるかもしんないけど、お嬢様の父親があいつの携帯使って消してるかもしんない」

 りっかさんの言っていることが正しいかどうか、たしかめることはできないが、嘘だとは思えなかった。

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