■CASE2 桃井詩音
秘めた恋心
1ヵ月半前、6月に入ってすぐのこと。
野外学習で施設に泊まりに来ていた私は、普通じゃない出来事を経験した。
悲しみを、忘れることが出来たのは、彼女の……レイカのおかげだろう。
高校生活にも少し慣れて来た頃、私は中学時代からの親友、春香に、うっかり話してしまった。
今思えば、それが間違いだったのかもしれない。
ただ、レイカと出会えたきっかけは、間違いなくソレだ。
多様性だとかいろいろ言われている世の中だし、偏見を持つような子ではないと思って、それでも一応、慎重に考えて、考えて、考え抜いて。
5月のゴールデンウイーク明け、親友……春香に彼氏が出来たのきっかけに、自分が同性愛者であることを告げた。
『男より女の子といる方がラクだし、女の子の方が好きかも』くらいのニュアンスで、正直、そういう意味じゃないと、言い逃れできる余地は作っていた。
春香も軽く流していたし、本気で受け取ってくれたのか、冗談だと思ったか、定かではない。
いちいち、他の人には言わないで欲しいなんてことは言わなかったけど、それ以来、その話題に触れることはなかった。
タイミング的に、春香が彼氏と付き合い出した後だということもあって、休みの日に会う機会は減ったけど、彼氏に親友を取られたなんてこともとくに思わなかったし、別に構わない。
中学3年間、ずっと友達で、高校も同じで、運よく同じクラスで仲良くしている春香と、休みの日に会わないくらい、どうってことないから。
6月になってすぐ、1泊で野外学習が行われた。
クラス単位で決められた時間に、大浴場で入浴することになっていて、私は春香と一緒に向かった。
脱衣所で、みんなが裸になる中、春香はバスタオルで自分の体を隠す。
私は気にしていないフリをしていたけれど、近くにいたクラスメイトが、それを指摘した。
「洗い場にバスタオル持ってく気? そういうのだめじゃない?」
「浴槽には入れないし、拭くためのタオルは別で用意してるから」
「女子同士なんだし、そんな隠さなくても……」
「でも、女の子が好きな女の子だっているじゃん」
春香のその言葉に、私はぎゅっと胸を掴まれた気がした。
春香は、冗談として、受け取ってなかったのかもしれない。
そのこと自体は、別に問題じゃない。
春香になら、知られてもいいと思っていたから。
でも、春香の行動は、少なからずそういう存在を拒絶しているように感じた。
別に、女同士でも恥ずかしいから見られたくないて言えばいいのに。
春香が体を見せたくない対象は、同性愛者である私だろう。
「……先、行ってるね」
私は、春香たちを置いて、先に洗い場へと向かった。
体を洗っていると、私の隣に春香が座る。
バスタオルで、体は隠したまま。
私の隣になんてこなければ、隠さなくて済むのに。
「ごめん……」
春香が私に謝る。
「なにが?」
私は、春香には目を向けないで、体を洗いながらそう聞き返した。
「彼氏に……私の友達、女の子が好きかもしれないって伝えたら、野外学習で、体、見られんなよって……。私はいいと思ったんだけど」
なにそれ。
そう出かかった言葉をなんとか飲み込む。
「……そんなこと言ったんだ?」
「束縛、強いかな」
「そうじゃなくて。私が気になってるのは、春香の方。それ……彼氏に言う必要あった?」
「名前は出したりしてないよ! それに、信用できる人だし……」
春香の彼氏は、春香がマネージャーをしているバスケ部の先輩だった。
春香が信用している人でも、私が信用してる人じゃない。
名前は出してないにしろ、同じタイミングでお風呂に入る……つまり、同じ学年で同じクラスだってことまで、たぶんバラしてる。
そもそも私は口止めしてないし、かもしれないなんて曖昧な言葉にしてくれてるけど。
なんとも言えないやるせなさが、私を襲う。
本当に、春香が平気だと思ったなら、そもそも彼氏にそんな話題を振る必要ないし、言うことを聞く必要だってないだろう。
「……いいよ。裸も見ないし、そういう目で見たりもしないから。でも……もう、そういうの誰かに言ったりしないで」
「うん……ごめんね。でも、詩音以外にも友達いるし、特定されるようなことは言ってないから」
「うん……」
そういえばそうだった。
春香はかわいいし、明るいし、話もうまくてすごく優しい。
私以外にも友達はたくさんいる。
同じクラスの友達だってところまで割れたとしても、そのうち誰かまでは特定できないってことだろう。
「なにかあれば、相談乗るからね。好きな子の話とか」
彼女の優しさが、トゲとなって、私の胸を刺す。
友達だと思ってた。
それ以上のつもりはなかったし、そういう目で見たりしないと言ったのは自分だけど。
当事者には決してならないんだって、思っている春香の態度に、少なくとも私は傷ついていた。
それなのに裸を隠すなんていう、矛盾した拒絶。
なにが本当なのかわからない。
相談に乗るなんていうのは、私にそういう目で見られないための牽制なのかもしれないし、彼氏を優先しただけで、裸くらい、本当は構わないのかもしれない。
わからないけど、冗談だと誤魔化せる余地はなくなってしまった。
春香が本当はどう思っているかなんて、知らない方がいいのかもしれない。
私が知ろうとしない限り、友達でいてくれる。
友達か。
ああ、胸が痛い。
私、傷ついてる?
傷つくってことは、そういうことなのかと自覚する。
私、春香のことが好きだったんだ。
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